
去る11月28日、サントリーホールディングス代表取締役社長の新浪剛史氏を招き、人材の未来を語るセッションイベントが開催されました。リクルートホールディングスの瀬名波文野COOとともに、コーポレートからビジネス、経営など、多彩な視点で人材論を語っていただきました。ファシリテーターは、NewsPicksの初代編集長であり、現在はPIVOT株式会社代表取締役社長の佐々木紀彦氏。人材の未来を存分に語った本イベントの模様をレポートします。
新浪剛史
ハーバード大学経営大学院を修了。三菱商事入社、その後、ローソン代表取締役社長CEOを経て、2014年より現職であるサントリーホールディングス株式会社代表取締役社長を務める。
公職では、2014年から経済財政諮問会議の民間議員、2019-2020年に全世代型社会保障検討会議、2020年に未来投資会議、そして2023年4月からこども未来戦略会議、2023年5月から新しい資本主義実現会議に参画。2023年4月より経済同友会代表幹事を務める。
Asia Business Council Chairman、三極委員会アジア太平洋委員長、米日財団副理事長に加えて、世界経済フォーラムInternational Business Council、米国外交問題評議会Global Board of Advisors、米国The Business Councilのメンバーとして、グローバルに活躍。
瀬名波 文野
リクルートホールディングス入社。経営企画室を経て、2008年HR領域にて大手企業の営業を担当。
2012年ロンドンに赴任、2014年買収直後の人材派遣会社ADVANTAGE GROUP LIMITEDのManaging Directorに就任。
2018年よりリクルートホールディングス執行役員、Indeed, Inc.のChief of Staffを歴任し、グループのグローバル化を牽引。
2020年取締役就任、2021年より取締役兼常務執行役員兼COOとして人事・総務本部、ファイナンス本部、リスクマネジメント本部、経営企画本部を担当し、グループ全体のガバナンスや、サステナビリティ推進をリード。
Georg Fischer社外取締役、AIガバナンス協会 (AIGA)の理事を務める。
佐々木 紀彦
「東洋経済オンライン」編集長を経て、NewsPicksの初代編集長に。動画プロデュースを手がけるNewsPicks Studiosの初代CEOも務める。スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。
「自分のキャリアを考えたことがない」ビジネスパーソンはどうしたらいいのか?
――日本は人手不足と言われています。日本経済全体を見られているお二人に、まずは人材市場を超予測するうえでのポイントを伺っていきたいと思います。
新浪:
人材は「足りないまま」が続くのでしょう。問題は、人材が一定のところに滞っていることで、流動化を図らないといけない。しかし、日本においてなかなか実現しないことが大きな問題です。一刻も早く手を打つべきだと思っています。
モデレートなインフレの中で、果たして賃金水準はどうなるのか。当社は消費財メーカーとして率先して賃上げを行い、「賃金は上がっていくもの」というノルム(社会通念)をつくりたいと考えています。なかなかすぐには進まない面もありますが。でも、賃金を上げなければ、人は集まりません。

――採用できる企業とできない企業、明暗が分かれてしまうということですね。
新浪:
人手不足なので、人材はどこかに必ず行けるところがある。そういう時代に大きく変化したのに、企業がそれを見誤ると経営判断そのものを間違える可能性があります。
――中途採用ニーズが増えていると聞きますが、実際に増えているのでしょうか?
瀬名波:
増えています。リクルートワークス研究所の「中途採用実態調査(2023年度実績、正規社員)」によると、「次年度に中途採用割合を増やす」企業が、「新卒採用割合を増やす」企業を上回りました。比較可能な3年間で、初めて中途が新卒を上回るという結果になっています。
また、リクルートエージェントのデータによると、転職市場における求人数も右肩上がりで過去最高水準にあります。転職者にとってはとてもいい状況であり、売り手市場が到来しているとデータからも読み取れます。大きな波が来ているので、転職を検討している人はこの波に乗ったほうがいいのではないかと思います。
新浪:
当社の場合は現在、入社者の約4割が中途入社者です。サントリーは文化が濃い会社で、外部からの採用を増やすことは簡単ではありませんでしたが、新しい技能や新しい発想を持った人にたくさん来てほしいと思っており、中途入社者の割合を増やしました。世の中の企業も、中途採用へ注力する傾向は続いていくと思います。
瀬名波:
求人数は増えていて、転職したい人も増えていますが、一方で他の国と比べると、日本の転職市場はまだ未成熟だと感じます。
さまざまな国のワーカーに「どれぐらい先のキャリアまで考えていますか?」と聞いたデータがあるのですが、「考えたことはない」という回答が、日本は断トツで高いんです。他の国に比べて、顕著に高い。
このトークイベントに参加してくださっている皆さんは当てはまらないでしょうが、実際はかなり多くのビジネスパーソンが自分のキャリアについて考えたことがない。これが日本の「今」を象徴しています。迎え入れたいという企業が増えている中で、転職者側の意識ももう少し変えていく必要があると思います。
新浪:
将来に対して夢が持てない30年があったから、先のキャリアなんて考えても仕方がないというあきらめ感があるのかもしれないですね。30年間デフレというモンスターと戦う中で、残念ながら根付いてしまった感があります。それをどう変えていくのか考えることが重要。賃金などいろいろ基本的な要素もありますが、根っこに流れているものをどう変えるかが重要なのだと思います。
バブル崩壊後、日本企業が最初に行ったのが人材育成費のカットです。このような歴史の中で、将来のキャリアをデザインできるか?ここから変えていかないといけない。

――もっと自律的に自分のキャリアを考える人を増やすため、企業はどうすればいいと思いますか?
瀬名波:
転職市場は基本的に売り手市場であり、企業と個人は対等な関係にあります。そういう感覚がない企業は、いい人材を採用できなくなり自然に淘汰されてしまうのではないかと思います。いい人材に選んでもらうためには、報酬やさまざまな制度面を整備することが大事。今は、「働く環境を整えないと淘汰される」との危機感を持たないといけないぐらいの、人手不足なのだと理解してほしいですね。
――一方で、AIも台頭しています。本当に売り手市場が続くのか、少し疑問なのですが。
新浪:
当社もAIは活用していますが、AIをどう使うかを考えるのは人間です。今こういうことをやっているから、次は何をやろう?と考えていくためには、人間ならではの知恵が必要であり、AIにすべて置き換わることはないでしょう。
ビジネスにおいて、クリエイティビティはとても重要です。当社で言えば「やってみなはれ」なのですが、やってみてたくさん失敗してそこから学んで活かしていくことが大切。AIはもちろんすごいですが、人間のすごさも馬鹿にはできません。
瀬名波:
「テクノロジーにすべて代替されて仕事がなくなる」というケースは意外に少ないと思っています。でも、「テクノロジーを使いこなす別の人間」には代替されるでしょう。上手にテクノロジーを使い、もっと新しいこと、もっとクリエイティブなことができる人が、そうではない人をリプレイスしていく。今はそんな流れにあると思います。
70代でも働ける時代。若いうちに自分の人生を真剣に考えるべき
――先々のキャリアを考えている人が少ないということは、同じ会社で働き続ける人が多かったということもあるのでしょうが、例えば「45歳定年制」などを導入すればもっと人が動くのでは?
新浪:
いまは70歳を過ぎても働ける時代です。日本の76歳は、世界平均の65歳と変わらない健康度を保っているというデータもあります。「75~6歳まで働く」となると、誰しも1つの会社でずっと働こうとは思わないでしょう。したがって、40歳ぐらいで「ここから先どうしようかな」と一度将来のキャリアを考えたほうがいい。自分の人生は自分でどんどん考えていったほうがいいんじゃないかと思います。
瀬名波:
私も、動きにくくなってからキャリアを考えるよりも、若いうちから考えておいた方がいいと思いますね。どのように生きていきたいかが、薄ぼんやりとでも見えていないと、次の一歩を踏み出すのが難しいですから。
私は今、40を超えたところですが、40代になってわかる自分のことってあるんですよね。人生の優先順位とか、あきらめとか、これは得意でこれは得意じゃないとか。
新浪:
大きな会社の大きなうねりの中にいると、ましてやそれがメインストリームだったりすると、自分で決められない要素が多すぎるんですよね。自分で決められる要素を、いかに増やすかが大事だと思います。
アウェーな環境に敢えて飛びこんだほうが、学びは大きい
――お二人の、キャリアのターニングポイントを伺いたいです。新浪さんは、給食事業を手掛ける会社の社長になったことがターニングポイントでしょうか?
新浪:
そうですね。現場に飛び込んでみて、わかりやすく伝えないと人は動いてくれないのだと学びました。丸の内の常識は、実は非常識だと気づいてから、「人の上に立つとはどういうことか、経営はどうあるべきか」を考えるようになりましたね。
瀬名波:
私は20代後半で、自ら手を挙げて海外事業に移りました。そして29歳の時にロンドンの現地法人の社長になりました。これが大きなキャリアの転機になりましたね。
でも、それまで管理職になりたいと思ったことはなくて、入社6年目ぐらいの時に研修である経営者の話を聞いて、雷で打たれたように「経営者ってかっこいい!」と思ったんです。どうすれば自分も近づけるだろうかと考えていたら、たまたま社内公募で海外のポジションの募集を見つけて、チャレンジしました。実は、4つぐらい応募要件があったのですが何一つ満たしていなかったんです。でも、面白がってくれたのだと思います、買収直後の会社に1人で送り込まれました。
現地の人からすれば、よくわからない極東の会社に買収されて、よくわからない20代の女性社員が来た、という状況。そんなアウェーのなかで揉まれました。

――お二人に共通する点は、海外に乗り込んだ点ですね。
新浪:
私はサントリーがM&Aを行った米ビーム社に、株主として乗り込んだ形です。ビーム社はバーボンを手掛けていますが、バーボンもサントリーのウイスキーもでき上がるまでに非常に時間がかかります。時間をかけてモノを作る世界は、一朝一夕では変えられない。でも、借金が大きいから、そんな中でも一朝一夕にやらなければなりませんでした。
よかったことは、私が全く業界を知らなかったので、常識がなかった点です。へたに知識があったら、知っていることがバリアになって思い切った行動ができなかったかもしれません。
知らないことは決して悪いことではなく、何よりパッションが重要だと実感しました。アウェーの環境に行っても、それに情熱を燃やせるかどうかが重要だと。
――なるほど。でも瀬名波さんの場合は、はじめの3~4カ月は暗黒期だったと聞きました。
瀬名波:
250人ぐらいの会社で、買収直後で赤字すれすれ。赤字からの回復はシンプルなテーマであり、やることを決めるのはそんなに大変ではありませんでした。でも、「あれをやろう、これをやろう」と提案しても、何も通らない。そもそも、経営数字も何も開示してもらえない。人間って、嫌いな人に正しいことを言われると腹が立つものですが、私がまさにそうだったんだと思います(笑)。
でも、このままでは会社が本当に潰れてしまう。そこで私は、その事実をメンバー全員に伝えようと提案しました。社長は「無責任だ、重要なタレントから辞めていってしまう」と怒りましたが、このままだと何人もリストラしなければならず、メンバーは何も知らないまま会社を去っていくことになってしまう。言うリスク、言わないリスクどちらもあるけれど、会社を立て直すには皆で変わらなければならないから、「皆に言った方が勝率が高い」と説得しました。
――どんな反応でしたか?
瀬名波:
メンバー全員を集めて、スライドを投影して会社の現状を共有しながら「なぜ変わらないといけないのか」をプレゼンしたのですが、スライドが映った瞬間に息をのむ音が聞こえました。このとき初めて、ここにきて4カ月目にしてようやく1つ仕事ができたと思いました。
そこからは、「この人はお客さん扱いしても、冷たくしても日本に帰らないし、まあまあ事業のことを本気で考えてくれているみたいだし、末席に加えてやるか」という雰囲気に変わりました。
――お二人ともアウェーの環境で戦う経験をされたということですが、ビジネスパーソンにとって転職はアウェーの環境に飛び込むということ。お二人のように厳しさを感じることもあると思うのですが、そういう環境を自分から求めるべきなのでしょうか?

新浪:
きつい環境を選んだほうが、能力開発にはなると思います。人間は弱いから楽な方に流れがちですが、自ら心がけて「きついほう」を選んだほうがいいと私は思います。
ローソンに行ったときは、年上の方も多くいる組織の上に立たなければならず、ためらいもありました。でも、きつい道をえらんだからこそ、得るものも大きかった。サントリーのCEOになった時は、すでに三菱商事は辞めていたので戻る道はありませんでしたし、大変なのは目に見えていましたが、現会長の佐治(信忠)がとても好きで、何かあればこの人にぶつかればいいと思い決断しました。
こう考えると、私は人との出会いで自分の人生を決めてきたような気がします。「この人と一緒にやりたい」と思ったから、大変な環境にも飛び込めた。大変でも飛び込んで、前向きに改革していい会社にしたほうがヘルシーだと思いますね。

瀬名波:
私の場合は、アウェーだったところがホームになるという感覚を体験できました。振り返れば、人種もカルチャーも違う環境に飛び込み、私とは全然違う人たちと仲間になれたことが、私の人生にとってとても大きな経験になりました。
つらいことに引きずられ「ここはアウェーだ」と思っていると、見えなくなることがたくさんあります。異なる環境に飛び込んでも、慌てていろいろ変えようとするのではなく、組織をじっくり見たうえで行動すれば、そこが最高のホームになることがあるのだと伝えたいですね。
キーワードは「自分で考え行動する」「思いついたらやってみる」
――ここで会場の皆さんから、お二人への質問を受け付けたいと思います。
Q「流動性と生産性のグラフ投影がありましたが、日本と同じぐらい流動性が低い英国が、日本よりはるかに労働生産性を上げているのはなぜなのでしょうか?」
瀬名波:
流動性については、他の国と比較するとそんなに高くないだけだと思います。ただ、生産性で大きな差があるのは、産業構造の要因が大きいと感じています。
新浪:
日本経済が良くなるポイントは、約70%の労働力を持っている中小企業にあると私は思っています。この7割の方々の労働生産性が上がれば、日本の生産性は一気に上がるはず。Aという会社は生産性を上げるべく頑張っているのに、B社は補助金をもらっている。これではフェアに競争できるはずがありませんので、そういったところも見直していくべきです。
「IT」(イット)の世界を「IT」(アイティー:情報技術)にするだけで、中小企業はガラリと変わるはずです。日本は中小企業で支えられているのは事実ですが、「良い中小企業」を「中堅企業」にすることが日本の成長につながると私は思います。
Q「社長は孤独と言いますが、実際上に上がるほど同じようなレイヤーが少なくなると思います。お二人には仕事の悩みを相談する相手はいますか?悩んだときにはどう対応していますか?」
――これは私も聞いてみたいですね。でも、お二人とも悩みはないのでは?
新浪:
そんなことはないですよ。悩んでいる時、佐治会長には「悠々として急げ」とよく言われますが、難しいですね。
ただ、トップは悩みがあっても、自分で考えないといけないと思います。私の場合は、歴史を参考にしています。歴史上でこういうことがあり、自分と同じようなミスをしているな、であればこのような手を打った方がいいな、などと考えています。
そもそも、相談できる相手はなかなか見つかりませんね。同じぐらいの年齢の人でも、社長を務めている人であっても、抱えている悩みは全く異なりますから。
よく「経営者は忙しくても自分の時間を持て」と言いますが、実際問題、自分の時間なんて持てないですよ。ずっと働き続けるしかない。でも、その方が問題解決の糸口が見つかったりします。自分の時間は、海外出張時に飛行機の中で映画を見ているときぐらいでしょうか。あとは、運動は43歳の時から週2回は必ずやっています。この時だけは仕事を忘れています。…うまい答えになっていないかもしれませんが、これが私なりの対応方法ですね。
瀬名波:
私は、よく相談はしますけれど、たとえすべてを共有しても同じ方向を見て考えてもらうのは不可能なので、私が見落としていることとか、明らかに間違っていると思うことを指摘してもらうようにしています。悩みの解決にならないアドバイスもありますが、逆にそういうアドバイスのほうがドキっとする気付きを得られることもあります。
新浪さんは1981年に三菱商事に新卒入社したとのことですが、私はその翌年の82年生まれ。こういう(年齢差のある)人たちが混ざり合い、意見を言い合うことが大事だと思っています。先輩もいて、若手もいて、同年代もいる中で、さまざまな視点で意見をもらえる環境こそが多様性のある環境。アドバイスも、普段よく会っていて自分を良く知っている人だけでなく、たまに会う人とか、全く考え方が異なる人にもゆるやかに自己開示していくと「そうか!」と思える意見が得られます。意識的にそういう時間を作り、投資することが大切だと思いますね。

――最後に、「これからの時代を担う人材」というテーマで一言ずついただき、今回のセッションを締めたいと思います。
瀬名波:
これからは「自分で考え行動できること」が大前提になると思います。そして、こんなに話しておいて何ですが、人の言うことなんて聞かないほうがいい(笑)。自分が思うところに行った方がいいし、もし失敗しても絶対学びがあるし、ピポットもできます。自分はどうしたいのか、自分自身に問い続けることが大事だと私は思います。
新浪:
重要なのは「思ったらやってみる」こと。そして、何かやりたいと思ったときに、それを実際にやるために、いろいろな人に話を聞いてみるのはいいことだと思います。
そして、AIの時代だからこそ皆さんにぜひ取り組んでほしいのは、リベラルアーツです。たとえば哲学や歴史は非常に重要なのに、日本の教育では圧倒的に足りていない。歴史を知っていれば、今世界で起こっていることがなぜ起こったのか、その理由や背景がぱっと頭に浮かんできます。
人間は何百万年前に生まれましたが、脳みその構造自体はそう変わってはいません。「やりたい」という思いの礎を作るためにも、それを基に自ら行動に移すためにも、ぜひとも歴史や哲学を学んでほしいですね。
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