「ビジネス」+「学び」に特化した映像コンテンツを配信するビジネス映像メディア企業、PIVOT株式会社。三菱商事、電通を経て、同社の立ち上げから関わっている取締役副社長COOの木野下 有市氏に、これまでのキャリアやスタートアップ企業の立ち上げに踏み切った理由、そして今感じている仕事のやりがい・醍醐味などについて伺いました。
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木野下 有市氏
三菱商事を経て電通入社。メディアコンテンツ領域の企画・投資を専門とし、電通米国子会社の代表を務める。 帰国後、電通とニューズピックスの合弁事業「NewsPicks Studios」を設立起案し、取締役COOに就任。 経済領域の映像コンテンツの制作・プロデュースに従事。
2021年、ビジネス映像メディア「PIVOT」を共同創業。 サービス開始から2年でYouTubeチャンネル登録者は200万人を超え、日本有数のビジネスチャンネルへと成長。 200社以上の広告主ともタイアップを実施。
趣味はNetflixでの海外ドキュメンタリー鑑賞、最近飼い始めた子猫と戯れること。

コンテンツビジネスに関わりたくて、三菱商事から電通へ
―木野下さんは共同創業者としてPIVOTを立ち上げる前は、長らく電通に勤務されていたそうですが、新卒で就職したのは三菱商事で、すぐに電通に転職されたとのこと。そのいきさつを教えていただけますか?
木野下:学生時代から、「コンテンツビジネスに携ってみたい」と思っていました。当時読んだ『エンタテインメント・ビジネス』という本で、東京ドームに外国人アーティストやスポーツ興行を誘致するプロジェクトの話を読み、インパクトのある面白そうな仕事だなと思ったんです。
通常ならば、コンテンツビジネスがやりたいなら、映画会社や放送局、広告代理店への就職を目指すのが王道なのでしょうが、ちょうどその頃、三菱商事がスタジオジブリに投資するなどコンテンツビジネスに参入し始め、話題になっていたんです。「ちょっと異端で面白そうだな」と興味を惹かれ、三菱商事に就職しました。
ただ、当然ながら総合商社の本流とは異なるため、配属はコンテンツ事業とは全く異なる「物流部門」でした。
実は、配属が決まる前に、コンテンツ部門の部門長に話を聞きに行ったんです。すると、「たとえ配属されてもコンテンツビジネスのど真ん中に関われるわけではないから、本気でやりたいならば電通とかに行ったほうがいいよ」と言われてしまって…落胆しましたね。
それでも初めは、頑張って前向きに仕事に取り組んでいたんです。そんなある日、満員の通勤電車の中で日経新聞を読んでいたら、「電通が秋採用を開始、22~26歳であれば新卒扱いで採用する」という記事が目につき、「これだ!応募するしかない!」と。若干名の採用枠でしたが、運よく電通に拾ってもらうことができました。
結局、三菱商事に勤務したのはわずか7カ月。翌年の春からは、再び新入社員として電通に入社した格好です。
―電通入社後は、どのような仕事に携わったのでしょうか。入社後のご経歴を教えてください。
木野下:コンテンツビジネスがやりたくて入った会社ではありますが、まずは広告代理店の「本流」である広告営業を学ぶべきだと考え、4年ほど大手飲料メーカー担当としてCM制作やイベント制作などにみっちり携わりました。自分は経験の浅い下っ端の社員でしたが、CMに出演いただくのは名だたる俳優さんや国民的アイドル。そして仕事でご一緒するクリエイターもスタイリストもメイクアップアーティストもすべて超一流。広告業界の一番華やかな部分を体感し、勉強させてもらいました。
その後、コンテンツ事業に携わるきっかけを作りたくて、アメリカのフィルムスクールに留学。プロデュース学科に入学し、映画のプロデュースやコンテンツビジネスに必要なファイナンスや法律などについて2年間じっくり学びました。卒業後、帰国する2週間前に上司から「戻ってきたらコンテンツ部門に配属する」との連絡が来たときは、念願がかない本当に嬉しかったですね。
帰国後に配属となったコンテンツ部門では、アニメのグローバル事業を担当。電通が幹事となり、欧米企業と一緒にグローバル向けのアニメを制作するというプロジェクトに携りました。主にアジア市場担当としてアジアの国々を飛び回り、ライセンスビジネスなども実地で学ぶことができました。
そして、米ロサンゼルスのエンタメコンテンツ子会社への駐在も経験。そこでは日本のコンテンツを海外に持って行き、アニメ作品化するビジネスを手掛け、カプコンの「ロックマン」や、人気フィギュア「ベアブリック」の現地アニメ化に注力しました。
その後、電通社内での合弁会社設立を経て、今に至ります。

電通でやりたいことはし尽くしたから、スタートアップへの転身に不安はなかっ
―電通の中で、実にさまざまな経験を積まれたのですね。PIVOTにはどのような経緯で参画されたのでしょうか?
木野下:ロサンゼルスに駐在して4年が経った頃、当時の日本の上長に「そろそろ帰国を見据え、日本でやりたいことを考えるように」と言われたのが、そもそもの発端です。
ちょうどそのころ、大学時代の同級生であり当時「NewsPicks」初代編集長だった佐々木 紀彦(現・PIVOT代表取締役CEO)と食事をする機会があり、「NewsPicksは活字がメインの媒体だけれど、これを映像にしたら面白そうだ」と盛り上がったんです。
それを新規ビジネスとして上長に提案し、電通が出資してNewsPicksのようなコンテンツを映像化するというプランをプレゼンしたところ、「面白い!チャレンジしてみろ」と。トントン拍子で話が進み、合弁会社「NewsPicks Studios」を設立することになりました。
…こういうところが、電通の素晴らしいところなんですよね。社員のやりたいという意欲、熱意を尊重し、チャレンジを応援してくれるんです。実は、先の留学には会社を休職して行きましたが、当時電通には休職制度がありませんでした。しかし、上長が私の思いを汲んで会社に交渉し、休職扱いにして帰る場所を用意してくれたんです。電通だからこそ、コンテンツビジネス、海外赴任、合弁会社設立と、やりたいことにどんどん挑戦し続けられたのだと思います。
そして「NewsPicks Studios」を始めて3年が経ったころ、代表を務めていた佐々木が「映像に100%コミットしたい、自分でチャレンジして起業したい」と言い出しました。そして、2021年にビジネスメディアを手掛けるPIVOTを立ち上げたんです。
私は「NewsPicks Studios」に残りつつ、しばらくPIVOTの企画出しや資金集めの手伝いをしていたのですが、半年が経ったころ資金調達のめどが立ったことから「自分もチャレンジしてみよう」と共同創業者としてジョインしました。
―電通という超大手企業から、立ち上げたばかりのスタートアップに参画することに、不安はありませんでしたか?
木野下:よく聞かれるのですが、不安は感じませんでしたし悩みもしなかったです。海外留学に踏み切った時のほうが、100倍ぐらい悩んだと思います。
なぜ悩まなかったのか。最も大きかったのは、当面のお金の心配がなかったことです。資金調達のめどがついたので、すぐに潰れることはないだろうし食いっぱぐれもしなさそうだと確信が持てました。
そして、社内起業の形で合弁会社を経営してきたので、経営に関する知識やビジネスメディアの運営に関する知見が貯まってきていたことも、自信になっていました。電通の中でさまざまな仕事を経験させてもらい「ある程度やり尽くした、悔いはない」という感覚もありましたね。
実際、PIVOTにジョインした後も、ギャップを感じることはなかったです。電通は大企業ではありますが、その中で私は留学したり海外駐在したり、社内起業したりと、小さな組織ばかりを経験してきましたから。
実はその過程で、常に「自分はフェアじゃないな」という感覚を持っていました。ロサンゼルスの子会社では、私以外は現地メンバー数人で、本社が「撤退する」と言ったらすぐになくなるような小さな会社でした。でも、たとえ潰れても私は電通に戻ることができます。
合弁会社時代も同様です。合弁会社で社員を何人か新規採用しましたが、彼らの所属は「NewsPicks Studios」で、取締役の私は電通の社員。万が一、合弁会社がなくなったとしても、私には帰る場所があります。「自分だけ…」と後ろめたさを感じる場面が多かったのです。
遡ればフィルムスクールへの留学もそうでした。同級生はみんな会社を辞め、退路を断って一から勉強しに来ている人ばかり。でも自分は休職扱いにしてもらうことができた。もちろん、留学中は一から語学を覚えながら毎日の勉強にも臨み、大変な毎日でしたが、一方で会社に守られているような感覚があったんです。だからこそ、PIVOTの立ち上げに伴い、「今こそ会社を飛び出し、チャレンジすべきではないか」と思えました。
異なる領域の経験を持つ「ハイブリッド人材」が必要
―電通を飛び出しPIVOT共同創業者となった木野下さんの、現在の仕事内容を教えてください。

木野下:PIVOTのCOO(最高執行責任者)としてさまざまな業務を担当しています。当社の軸はビジネスコンテンツであり、毎日最低2本、多いときは3~4本、主にYouTubeでコンテンツを配信していますが、そのコンテンツ部門全体を統括しています。
主な収入源は、企業とのタイアップ動画による広告事業ですが、その統括も行っているほか、バックオフィスに当たるコーポレート部門全体も見ています。
業務範囲が広く、大変なように見えるかもしれませんが、それぞれの部署に経験豊富なメンバーがいて皆自走しているので、日々の業務は基本的に任せています。当社はスタートアップにしては年齢層が比較的高めで、前職でしっかり経験を積んできた人が活躍しているので、少人数でもうまく回すことができています。
なお、人材採用も私の担当です。スタートアップに大切なものは資金、そして人材だと、強く実感しているところです。
―人材採用も担当されているとのことですが、PIVOTではどのような経験スキルを持った人を求めているのでしょうか?
木野下:20代はポテンシャル、そして30・40代は「ハイブリッド人材」をキーワードにして採用活動を行っています。
「ハイブリッド人材」とは、異なる経歴を持ち、それをかけ合わせて能力を発揮している人材のことを指します。例えば、JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)と言われるような大企業と、スタートアップの両方を経験している人や、JTC×デジタル、JTC×外資、外資×スタートアップなど。こういう、大きく異なる領域を経験してきた人材は希少価値が高く、ビジネススキルも高いので、非常に魅力的です。
実際、当社で働く人材は、ハイブリッド人材ばかりです。社長の佐々木からして、東洋経済という120年もの歴史ある出版社からデジタルメディアに転職しています。ほかにも、日系メーカーと外資ITを経験したメンバーに経営企画を任せていたり、新聞社とデジタルメディアを経験したメンバーが企画営業として活躍していたりします。
ハイブリッド人材の魅力は、バランスが優れている点です。例えば、大企業ならではのクオリティーと、スタートアップならではのスピード感の両方を兼ね備えていたり、チームワークと個の力の両方を重視しながら業務を進めることができたり。
そしてビジネスパーソンとしての基礎力がある一方で、アンラーンの力がある点も評価ポイントです。例えば1つの会社で長らく経験を積んできた人は、どうしてもその会社の常識にとらわれてしまう傾向がありますが、新しい環境ではアンラーンする場面が多いもの。複数社を経験してきたハイブリッド人材はアンラーンのスピードも速く、かつ的確ですね。
―PIVOT参画に至るまで、実にさまざまな経験を積んできた木野下さんですが、これまでを振り返ってみて「一番の転機だった」と感じるものは何ですか?
木野下:小さな転機はたくさんありましたが、一番大きかったのはアメリカ留学です。
私が学んだフィルムスクールは日本ではあまり知られていませんが、アメリカではナンバーワンと言われる映画専門の大学院です。映画監督やプロデューサー、編集、美術のプロなどを目指して、真剣に学ぼうとする人ばかりが集まっていました。私も「コンテンツ事業に就きたい、そのためにコンテンツについて学びたい」という強い想いを持って飛び込みましたが、今振り返れば英語もほとんどわからない中でよくチャレンジできたと思います。毎日死に物狂いで勉強した経験は、大きな自信になっています。
それまでは、電通で広告事業だけに携わっていたので、留学して初めて「これまでのキャリアにはない異質な経験」ができたことも大きかったです。映画という分野も未知でしたし、ましてや海外に住んだこともありませんでしたから。先ほど挙げたような「ハイブリッド人材」に、自分も一歩近づけたのではないかという実感がありましたね。
日々、会社の成長を実感しながらイキイキ働ける環境がある
―今後のご自身の展望や、成し遂げたいことなどについて教えてください。
木野下:会社としては、「日本をPIVOTする」をミッションに置き、当社のコンテンツの力で今の日本を方向転換させることを目標に掲げています。
一方、私個人としてはそこまで壮大な夢や展望は持っていません。まずはPIVOTを成功させ、IPOを実現して、投資家の皆さんや社員に報いたいというのが目先の目標。その先のことは、IPOを実現したら見えてくるのではないかなと思っています。
もっと大きい会社にして上を目指したいと思うのか、さらに海外にも展開したいと思うのか、それともコンテンツをもっと他分野に拡充して総合コンテンツメディアのような形態を目指したいと思うのか…現時点では全くわかりませんが、一つの目標を達成したときに自分が何を感じ、新たにどんな目標を思い描くのか、今からワクワクしています。
――木野下さんが考える、PIVOTで働く魅力を教えてください。
木野下:PIVOTは今、急速に成長しています。YouTubeのチャンネル登録者数240万人を突破し、ビジネス系メディアでは1位に。月間アクティブユーザーは直近で600万人を超えるまでになっています。
それをわずか40人ほどのメンバーで回しているので、忙しいとは思いますし、クオリティーとスピードを両立しなければならない難しさもあります。ただ、社内は毎日が文化祭のような雰囲気で、「皆で面白いコンテンツを作ろう!そして一人でも多くの人に見てもらおう!」という熱気にあふれています。「自分が会社の成長に貢献している」と日々実感しながら働ける環境は、そうないのでは?と思います。
そして、周りにいる人の多くは、皆さまざまな職場で経験を積んできたハイブリッド人材。そういう戦闘力の高いメンバーたちが映像や広告、プロダクト、コーポレートなどでそれぞれ力を発揮しています。まだまだ全員の顔が見られる規模の会社なので、毎日刺激を受けながら働けるのも当社ならではの魅力だと思っています。
私はコーポレート部門も管轄していますが、伸びているスタートアップのコーポレート部門に身を置くと、成長できると思いますよ。会社としての態勢はまだまだ整っているとは言えないので、自ら整備しながら業務を進めなければならない大変さはありますが、裁量を持って突き進めるやりがいはその分大きいはずです。

木野下:なお、「異なる環境を経験してきたハイブリッド人材を求めている」とお話ししましたが、必ずしも転職でハイブリッドした方とは限りません。例えば、JTCのような大企業の社内でスタートアップやデジタルを担当した方、勤務先とは別の領域の関連会社に出向した経験のある方、新規事業の立ち上げを複数経験してきた方なども、ハイブリッド人材として高く評価できます。
私も18年間電通にいましたが、留学を始め、好奇心を活かしながらさまざまな経験を積んできたことで、ハイブリッド人材になれたのではないかと思っています。
ハイブリッド人材は、当社に限らず、さまざまなスタートアップで必要とされる人材です。私のように、転職せずとも今いる場所でさまざまな経験を積み、希少価値を高めることは可能です。スタートアップ企業への転職に興味を持っている方は、そのような方法で自身の経験の幅を広げるのも一つの選択肢だと思います。