2022年にdentsu Japan(電通グループの日本リージョン)のコーポレートプラットフォームとして設立された電通コーポレートワン。大企業の財務諸表をつくる現場で、キャリアを積むとはどのようなことなのか。同社のファイナンス部門である経理オフィス経理1部の部長をつとめ、電通の単体決算業務をとりまとめ、メンバーのキャリア支援も行う伊賀知子氏にお話を伺いました。
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伊賀 知子氏
大手総合電機メーカーに入社し、経理業務に従事。その後、公認会計士試験に合格し監査法人にて監査業務に従事。2010年に電通に転職し連結決算を担当、2016年から単体決算を担当。2023年に電通コーポレートワンに転籍。日本公認会計士協会東京会DE&I推進委員会副委員長。

専門知識をもって、活躍したい――高校生のときに描いた夢
―これまでのご経歴をお教えください。
伊賀:私は大学で会計学を専攻していたことから、新卒で総合電機メーカーへ入社し、本社の経理部門に配属されました。入社3年目のとき、自ら希望して製作所の経理部門へ。その後、公認会計士の資格を取得し、監査法人に入所しました。5年ほど働いた後、電通へ転職。2023年に電通コーポレートワンに転籍し、今に至ります。大学時代から会計分野でキャリアを積んできたというのが私のこれまでの経歴になります。
実は私が会計士になろうと考えたのは、高校生のとき。当時、海外に留学していたのですが、英語の壁を感じて…語学でネイティブと対等に渡り合うのは厳しいと痛感し、世界に出ていくためには専門知識を身につけたほうがよいと、大学では、会計学を専攻しました。とりわけ印象的だったのは、簿記の授業で、調達した資金をどのように活用しているかをみる「貸借対照表」を学んだときのこと。資産と負債・純資産の貸借バランスが取れたときに、スッキリしたんです。その爽快感がやみつきになって、会計学にはまっていきました。
―公認会計士の資格を取得しようと思われたのはなぜですか?
伊賀:新卒で入社したメーカーでは、本社の経理部門から製作所の経理部門に異動した後に、激務で体調を崩し一時、休職。資格をもっていたほうが復帰しやすいと考え、公認会計士試験に挑みました。振り返ってみると、このときに資格を取得したおかげで、自分の興味のある分野で仕事を続けることができるようになっていったと思います。

世の中を明るくしたいという理念に魅かれて
ー監査法人で経験を積まれているなかで、なぜ電通の経理担当へキャリアチェンジしようと思われたのですか?
伊賀:監査法人は、資格をもって新卒で入社してくる方々ばかり。30歳を過ぎて資格を取得した私にとって、体力的に厳しかったというのもありますが、なにより電通の事業は、世の中を明るくする仕事。そういう企業の経理に携わることで「社会を元気にするお手伝いをしたい」と思ったのが一番の理由です。
入社してからは、連結決算業務を担当しました。電通グループ各社からあがってくる財務諸表をとりまとめて、連結財務諸表に仕立てていく業務に携わっていました。会計知識を活かせる仕事にやりがいを感じていたのですが、2013年の出産を機に、私にとって試練の日々が始まりました。9カ月間の産休・育休を経て復帰し、1年間は時短勤務で業務にあたっていたのですが、当時、電通はイギリスのAegis社を買収し、IFRS(国際会計基準)の導入に向けて動き出していたタイミング。英語での業務や海外の会社とのやり取りなど、時差の関係から夜遅い時間の勤務も対応しなければなりません。しかも当時、夫は単身赴任をしていて、子育てはワンオペ状態。限られた時間内で最大限のパフォーマンスを出すならば、英語より日本語の方が圧倒的に有利だと思い、担当変更を希望し、2016年からは単体決算を担当することになりました。
日々の営業活動が、数字にあらわれるおもしろさ
―現在のお仕事について教えてください。
伊賀:現在、担当しているのは、電通の単体決算業務です。各社の数字をとりまとめる連結決算とは異なり、企業活動がそのまま数字にあらわれるというのが特徴です。そのため、日々の営業活動について把握しておく必要があります。例えば、同じ経理部門の現場出身者の方に体験談を聞いたり、日々のニュースやイベントにアンテナをはったり、社内の議事録をみて、気になることがあったら、関係者と打ち合わせをして情報を拾いにいったり…。会計以外の分野においても、自ら意識的に情報を採りにいくことが大切だと思っています。経理は、集まった伝票や財務諸表を処理すればいいという「待ち」のイメージがあるかもしれませんが、決してそんなことはありません。「攻め」の姿勢で、自らの引き出しを増やしていくことで、正確な財務諸表の作成を実現できると思います。
―決算業務における難しさや大変さは?
伊賀:決算業務は、決められた期日に間に合わせなければならないというプレッシャーのなかで、決して間違ってはいけないという緊張感が常に伴います。そのため、決算発表が終わった瞬間に、「今回も、クリアできた!」という達成感と安堵感で満たされます。日々の積み重ねが最終的な達成感につながるものの、定量的な目標が設定しづらいというのが私たちの業務かもしれません。だからこそ、「昨年よりもこの知識が身に付いた」「プレゼンがうまくなった」「資料づくりの腕があがった」など、昨年と比べて成長した点を評価し、1on1などを通して、メンバーにもフィードバックするようにしています。
子育てをきっかけに変化した価値観とは?
―これまでのキャリアの中で最も転機となったことは、どのようなことですか?
伊賀:やはり子育てと仕事の両立ですね。2013年に産休・育休を取得し復帰したときは、電通勤務。当時、まだリモートワークもスーパーフレックス制度もありませんでした。仕事をするためには出社しなければいけないなかで、子育てと仕事の両立は大変でした。子供の発熱で急に早退することなどで職場の仲間に迷惑をかけてしまいますし、出産前のように業務をリードする立場ではなく、指示されたことをただこなす立場になってしまったような感覚もあって、情けない気持ちにもなりました。「会社を辞めようかな」と何度も思ったのですが、当時の女性先輩社員に、「仕事が充実していないと自分が情けなくなるけれど、仕事が充実すると子どもに対して申し訳ないと思ってしまう。いまは仕事だけに専念できないけれど、いつか子どもは成長する。細く長くでも続けていったほうがいい」と諭されて…なんとか続けてきたというのが本音です。子どもはまだ小学生なので、いまなお悩み続けながら仕事をしています。
―人生の節目にあわせて働き方を変えてこられましたが、働き方に対する価値観は変わりましたか?
伊賀:子どもが生まれる前は、仕事と自分のことだけを考えていればよかったのですが、育児がスタートすると、家庭のウェイトがあがり、仕事に割ける時間は当然ながら減ってしまいます。限られた時間内で成果をだすためにどうしたらいいかを常に考えて動くようになりました。そうしたなかで、見えてきたのが「本質を見極めること」。日々、さまざまな要望やタスクが発生しますが、何がポイントなのかを見極めて、最短で最適解に到達できるように常に意識していますね。このように、細く長くでも働き続けてきたことで効率的な成果の出し方を意識できるようになったと思うと、子育てとの両立に悩んだ時期も必要な時間だったのかなとも思います。
これまでのキャリアを、新しい挑戦の糧に
ー今後の目標についてお教えください。
伊賀:私が所属する経理オフィスとしては、生成AIを業務に取り入れることを検討しています。私たちの年代の方にとっては「リスキリング」かもしれませんが、若い人にとっては、チャンスなのではないかと思っています。率先してスキルをマスターして先輩方にも教えてあげるぐらいの気持ちで、一緒に取り組んでもらいたいと思っています。
ーご自身としては、今後どのようなキャリアを目指されていますか?
伊賀:決算業務が好きで、経理の仕事を続けてきましたが、今後は、これまでの経験を活かしながら、一段上の目線をもって働きたいと考えています。例えば、近年ニーズのある女性の社外取締役など、会計士の資格を活かしながら、世の中のニーズに応えていくこともひとつだと考えています。そのために、今後は経理だけでなく、他の部署での経験も積んで、知識の引き出しを増やしていきたいと
多様な働き方を尊重してくれる仲間たち
ー電通コーポレートワンの魅力・キャリアアップを支援する風土についてお教えください。
伊賀:電通コーポレートワンは、dentsu Japan(電通グループの日本リージョン)のコーポレートプラットフォームとして設立されました。いわば、コーポレートのプロフェッショナル集団です。そのため、社員の個々の能力を最大限発揮できるように多様な働き方をサポートすることを大事にしています。例えば、制度としてはフルリモートやスーパーフレックス、遠隔地勤務など。「介護のために実家で働きたい」「配偶者の転勤に合わせて地方で働きたい」など、この制度を活用される社員が多くいます。また、成長を後押ししてくれる制度もあります。例えば、資格取得支援制度では、資格を取得すると奨励金が出たり、資格を維持するための年会費についてもサポートをしてくれたりします。経理だけでも、簿記の1級から税理士、FAAS検定などさまざまな資格があるので、キャリアアップを支援する制度がしっかりあるというのは魅力ですね。

―風土としての魅力は?
伊賀:私が最も魅力的だと感じているのは、多様な考えや働き方を尊重する雰囲気があること。私は現在、子育てのためフルリモートとスーパーフレックスをフル活用していますが、介護やご自身の病気が理由で柔軟な働き方ができる制度を活用している社員もいます。けれど、そうした制度を使わない社員も、多様な働き方を尊重してくれます。そうした自分とは異なる立場の人を受け入れる雰囲気が、働きやすい風土をつくりあげているのではないかと感じています。
深い専門知識と、広い視野をもったプロフェッショナルへ
ー電通コーポレートワンの経理職として活躍するために、必要なスキルや能力はありますか?
伊賀:大きく2つあると思っています。それは、向上心とコミュニケーション能力です。私たちの仕事は会計をはじめとする専門知識がどうしても必要になります。それは時代とともに絶えず変化していきます。ですので、自己研鑽や知識のアップデートはどうしても必要です。また、つくりあげた数字を役員や監査法人などの人たちに説明し、スピード感をもって交渉しなければならないときも。例えば、数字を訂正しなければならない場合、必要な情報をすぐに集めて、会計処理に落とし込んで、監査法人とも交渉しながら社内の上長や役員に報告し、対応することが求められます。自分たちが作った数字がどの部署の誰に影響するかを抑えておかないと、大迷惑をかけてしまうので、日々のコミュニケーションは欠かせません。ですので、向上心とコミュニケーション能力の両方持っている方のほうが活躍しやすいのではないかと感じています。
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