企業間紛争を未然に防ぐために。AIを活用したクラウドサービスで、中堅・中小企業の法務を強くしていく。

「法務に十分なコストをかけられない中堅・中小企業などが、契約のリスクにさらされる」という課題を解決したいーー。こうした思いから、2018年に設立されたのが株式会社リセである。契約書のレビューや作成を迅速に行えるAI 契約書レビューサービス 「LeCHECK(リチェック)」を開発・提供し、導入企業は4000社を超える。(2025年5月時点)

代表取締役である藤田さんは、大手法律事務所出身である。そこではどのようなキャリアを歩んできたのか。起業したきっかけはなんだったのか。法務×テックに着目したのはなぜなのか。さらに、求める人財や、会社の展望について聞いた。

藤田 美樹

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大手法律事務所での駆け出し時代

── リセを起業する前は、大手法律事務所で18年間のキャリアを歩んでいました。そもそも、なぜ法律の道を志したのですか?

大学に進学して法律に触れたときに、衝撃を受けたんです。法律があるから、我々はいろんな自由を享受しながら、この社会の中で生きていけるんだ。もうちょっと学んでみたいな、けっこう面白いな、やっぱりこれを職業にしたいな、と気持ちが変化していきました。

司法試験合格後の司法修習では、裁判官にも興味を持ちました。何か揉め事があった時に、法律の枠組みを当てはめて、事件自体を処理していくプロセスに魅力を感じたからです。ただ、いろんな弁護士の先生から、こう言われました。

「事件が起こって裁判所に持ち込まれる時には、ある程度弁護士によって整理されている。そのため、元の混乱した状態を整理し、権利をしっかりと守り、社会の生の声に触れられるのは、裁判所よりも弁護士のほうなんじゃないかな」

私はどちらかというと、中立な立場で物事を見るより、「そのお客様のために」というスタンスで仕事するほうが性に合っていると思い、弁護士を選んだのです。

── 四大法律事務所と言われる、西村あさひ法律事務所で弁護士としてのキャリアをスタートされました。

大きな案件が多い事務所ですから、新聞に載るような大きな影響を持つ事件をやってみたいという気持ちがありました。当時はかなり厳しい事務所だと聞いていましたから、そういう環境で実力を身につけていくのがいいだろうという考えもありました。

入所してまだ1年半という駆け出しの頃に長女を出産したので、想像以上に大変な毎日でした。夜中まで働く日も少なくない状況で、子育てと両立しなければならない。当時はまだテクノロジーが発達していませんから、リモートワークもできません。いまなら、もっとうまくやれるのに、と思いますね。

── 駆け出しの頃の、印象に残っている案件はありますか?

先輩の案件の手伝いで書類のドラフトを出すと赤だらけで返ってくるところからはじまって、2年目、3年目ぐらいから、チャレンジングな難しい部分と簡単な部分が織り混ざってきます。徐々に赤が入る割合が減ってくると、任される範囲も広がっていき、早い段階から自分で取り組んでいく形に切り替わっていきました。

印象に残っている案件はいくつかありましたけど、法律通りだったらこっちの結論になるはずなのに、社会的信用を考えたらこうしなくちゃいけないといった社会の仕組みなどを、実地で学べたのは本当に良かったです。ある程度いろんなことを任せてもらい、インパクトのある案件にも関与できたのは貴重な経験になりましたし、大変ではありましたが、とても充実していました。

── 裁判にも立たれたわけですよね。

証人尋問では、私が簡単なところを任され、難しい部分を上の人が担当するという手分けをしながら、一人前になれるよう徐々に育ててもらいました。重要なやり取りは、責任者でなければ、その紛争の処理方針を決められません。自分はこのやり方でいきたいと思っても、上の人が方針を決めるわけです。だから、弁護士になって5年、6年、留学から帰ってきたぐらいのキャリアになってくると、自分で進めたいという気持ちが高まってくるため、みんな、自身の案件を求めていくようになります。

ニューヨーク留学で触れた、法務×テックの兆し

── 入所から6年目に、ニューヨークに留学されました。大手法律事務所では、パートナーになる前の通過儀礼になっているようですね。

そうですね。4、5年目頃に「そろそろ行ってもいいよ」と事務所から言われるので、そのタイミングで行く人が多いと思います。日本とは違った視点も学べますから、弁護士にとっては貴重な機会です。私の担当案件は、訴訟と国際仲裁、外国企業と日本企業の紛争、日本企業間の紛争が大半で、将来的にもこの分野に絞っていこうと考えていたので、より専門性を高めることが留学の大きな目的でした。夫も弁護士をしていて、当時ニューヨークの事務所で短期的に働くことが決まっていたので、私もそれに合わせて留学しました。

── まずは1年間、ロースクールで学んだあと、現地の法律事務所に出向という形で勤務されました。

300人ぐらいの事務所でしたが、アメリカ人の弁護士の仕事の仕方、とくにリサーチの作業を見た時には驚きました。圧倒的に日本よりも進んでいたのです。条文はどう書いてあるか、裁判例はどうなっているか、学者や専門家はどう解釈しているか……。それを調べる方法は、日本の大手事務所の場合、ウェブで検索できるサービスも一部ありましたが、事務所内の図書室なしでは仕事ができない状況でした。一つ一つ調べるために外に出て行くのは大変ですから、法律関係の蔵書が何万冊と揃う図書室にこもって、目的に合った書籍や資料をくまなく探して、読み漁って……という作業をひたすら繰り返していました。

ところが、アメリカの弁護士は、そんな作業は一切やりません。PCに論点を入力するだけで、ウェブサービスで全部の情報が出てくるからです。関連する法律も裁判例も、文献情報もPDFでパーッと出てきて、あとは、それを読み込んでいくだけ。書籍や資料をわざわざ探す必要はありません。

── いままでの自分はなにをやっていたんだ、という気持ちになりますね。

ええ。図書室に行って見当を付けた書籍をめくっていっても、「違う、これには載ってない」という無駄足も少なくありません。判断材料になる情報探しに費やす時間がかなりあったわけです。そこに時間をかけず、パッと出てきた情報を読んで判断するところだけやればいいというのは、ものすごく羨ましいな、と思いました。

これはほんの一例で、これまでの自分たちの仕事の進め方に対して、非効率だと 感じる場面も少なくありませんでした。日本でマンパワーをかけていることの大部分がアメリカではテック化されていて、3分の2ぐらいの時間で同じ仕事ができる。そう感じたのをいまでも覚えています。

とはいえ、「テックがあって、アメリカはいいな、日本もいずれはこうなるだろうな」程度にしか思わず、帰国後も日々の業務に追われていました。 ニューヨークでの経験が、のちに起業という選択につながるとは、想像すらしていなかったのです。

法律事務所という枠組みでは、手の届かなかったところへ

── 起業へのきっかけとなった出来事について、聞かせてください。

帰国してパートナーになった頃だったと思います。テクノロジーによっていろんな職業の何パーセントかが代替されていく、リーガルの業界も例外ではない、とアメリカのあるコンサルティングファームが予測を出していました。マンパワーによる時間単価で稼ぐモデルではなくなっていく、というわけです。それを初めて目にしたときは、「本当にそんなことが起きるのかな」と懐疑的でした。

なぜなら、留学中に見たのは、あくまで資料や判例の検索をテック化したものにすぎません。弁護士の本来の業務というのは、相手方の関係性や文章のニュアンスなど定性的な側面も絡んできますから、簡単にテクノロジーに取って代わられるものではないと思っていたのです。

ところが、パートナーになって5、6年経った頃、たまたま海外のリーガルテック企業から「こんなサービスがありますが、導入しませんか」と、弁護士向けのツールを見せられたとき、意識が一変しました。

── それは、どんなものだったのですか?

たとえばM&Aの取引の時に、買収対象の会社を調べます。重要な取引先との契約がすぐ切れるような契約がないか、気になる違約金がないかと、洗いざらいチェックしていく。その作業をすべてテクノロジーが代替するサービスだったのです。かなりのマンパワーがかかる部分ですから、「あの分析は本当だったんだ」「こんなにもツールによって変わっていくんだ」と、大きな衝撃を受けました。

そして、こう思ったのです。

これから先、時代の激変は避けられない。自分はちょうど40歳を過ぎていて、あと20年30年と働いていく間も、法務の現場が変わらないなんてありえない。変わらなくちゃいけないのなら、変える側をやってみたい。

── 法律事務所の内側の業務を変えるのではなく、企業の法務業務という外側にフォーカスしたのはなぜですか?

法律事務所のホームページ経由で、日々いろんな問い合わせが来ていました。弁護士倫理上、案件を受任するか否かにかかわらず、速やかに何らか返答しなければならないルールがあり、若手パートナーが担当するのが慣例だったのです。私には紛争関係が回ってくるのですが、ほとんどが案件化には至らないようなケースでした。

たとえば、「海外の業者から仕入れた商品が偽物でした。入金した300万円を取り返せませんか」という個人事業主さんからの相談が来ます。そもそも払ってしまった時点で、もうダメなんです。取り返す手段がないわけではありませんが、そちらのほうがお金がかかるし、取り返せない可能性の方が高いと説明するしかない。あるいは、中小企業からの相談に対して「これからも取引を継続させるのなら、次回から契約書チェックを担当しましょうか」と申し出ても、費用が桁違いに高いという理由で依頼を断念されたこともありました。

── 法律事務所の案件に至らない困りごとへの問題意識が、起業にもつながっているわけですね。

はい。いろんなご相談をいただくなかで、大企業とは違ってお金が潤沢ではないから、もうどうしようもない、もう諦めるしかないというケースをたくさん見てきました。もともとの契約書をしっかりつくっていたら、事前に相談してくれたら。そう感じながらも、費用の問題があるので、弁護士の支援がなかなか行き渡っていない現状があります。ここにテクノロジーを使えばなんとか改善できるのではないか。もっと広い範囲を対象に、良質な法務支援サービスをお届けできたら、社会が少しずつ変わるのではないかと思ったのです。

やるからには、社会にとってプラスになる仕組みをつくりたい。テックでただ効率的に変えればいいというものではなく、自分が課題だと実感しているところに手当てをするサービスを開発していきたいと考えました。

中堅中小企業でも導入しやすい、法務支援サービスを

── 起業にあたって、周囲の人たちの反応はどうでしたか?

弁護士業務を通じて関わったスタートアップの成功率が決して高くないことも見てきていますから、 職場の人たちは大半が反対しました。夫は逆に、「あ、そうなんだ。まあ、好きなことをやっていけばいいんじゃない」と、応援するわけでもないけど反対もされなかったので、「よし、やっちゃえ」と決断しました。ただ、起業のノウハウもありませんし、なにからどうやればいいのか、さっぱりわかりません。学生時代のつてなどを辿って、スタートアップやAIに繋がりそうな人をひたすらランチやディナーに誘って相談していました。

いま我が家には子供が4人いますが、一番下の双子が当時まだ1歳でした。夜中にも起きないといけないという辛い時期で、もう少し手がかからなくなる2、3年後まで待とうかと、そこだけは迷いがありました。でも、相談していた人からこう言われて、吹っ切れたのです。

「なにかをやろうかなと思ったときにすぐやらなかったら、もう一生やらないと思う」

なるほど、そうだよな、と。絶対やりきるためにも、法律事務所を辞める前に、まずは会社を設立しました。例のテック企業のブレゼンを受けた2か月後の2018年6月のことです。12月に正式に法律事務所を退所して、2019年1月から業務を開始しました。

── まずは、どんなことから始めたのですか?

どんな商品をつくろうかという検討からのスタートでした。アメリカのリーガルテックの商品を調べながら、まずは契約書を作成したりチェックしたりするクラウド型のサービスがいいだろうと、プロトタイプをつくっていきました。ところが、その矢先に強烈な競合サービスが出てきたんです。

当時10人足らずのメンバーでしたが、まだ経営としては不安定で何回も倒産しそうになりました。

幸いなことに、競合サービスは大企業向け、我々は中堅中小企業向けだったので、商品性や世界観に違いがあり、必要とされるサービスは異なります。私たちの独自性、サービスの意義を意識しながら、商品の開発を進めていきました。

── 中堅中小企業向けならではの機能というのは、たとえばどんなものでしょうか?

法務の専門スキルを持つ担当者がいない状況が大半ですから、入力された契約書の「ここをこう直す」というところまで、AIで解析して結論を出します。たとえば「禁止」という単語一つにしても、誰に対しての禁止なのかという主語と、そもそも禁止しているのかいないのかという述語を見た上で、どの範囲でどうなるのかと解析していくのです。

元の契約書をしっかり読み込んで、ここはこうすればいいですよという答えだけを出さないといけないのですが、そこまでたどり着く仕組みを組むのが大変でした。でも「これができなければ、まったく売れないよね」と、メンバーたちと試行錯誤して精度を高めていきました。

開発メンバーの中には、大学で統計学を学び直してAIの開発会社をつくったという、起業当初からの強力な助っ人もいました。どうにか正式版をリリースできたのは2020年の12月です。丸2年近くかかったことになります。

揉め事の種を事前に摘み取って、なめらかな社会をつくっていきたい。

── そうして誕生したのが、AI契約書レビューサービス「LeCHECK」ですが、営業活動は順調に進みましたか?

弁護士時代にも案件をとるための営業はしていまして、例えば大きな訴訟を抱えそうな企業からは、いくつかの法律事務所へ声がかかります。そのときに選ばれる決め手となるのは、弁護費用の額よりも、どんな方針や戦略で裁判に臨むかというプレゼン内容でした。自分たちの強みをアピールする点は「LeCHECK」の場合もなんら変わりません。ただ、弁護士の頃は普通の感覚で出していた請求書に比べると、桁違いの金額なのに、なかなか契約をいただけませんでした。痛感したのは、これまで法律事務所の看板にいかに自分が守られていたかということです。株式会社リセと名乗っても、誰も社名を知りませんから。

会社が徐々に大きくなって、経験豊富な営業メンバーが中途入社してきたおかげで、徐々に導入いただく顧客企業が増えていきました。いまでは4000社以上(2025年5月時点)にご利用いただくまでになっています。

── その間、「LeCHECK」も進化していったのですか?

そうですね。サービス内容や機能もさまざまに増えました。「こういう機能がないと売りにくい」という営業からの声と、既存顧客からカスタマーサポートに寄せられる「こういうサービスも拡張してほしい」という声に次々と応えていったためです。ご要望は集計管理して、ポイントが高いものは多少難しくても優先して対応します。リリースから5年経過しましたが、「もっとこうしたい」「もっとこんなサービスもつくりたい」という思いは尽きません。

サービスが良くなれば、よりお客様に喜んでいただけるわけですし、あとからどんどん改良していける点もSAASの良さだと思っています。

── 創業から7年、会社はいまどんな時機にあると捉えていますか?

振り返ると、ようやく製品を世に出せた3年目が、もっとも大きな転換点だったと思います。これを境に、それまでの投資家に加えて、ベンチャーキャピタルに投資をいただくようになって多額の資金調達ができました。しっかりリターンを返せるような形で会社を運営しなければならないという意味においても転換点だといえます。

おかげさまで顧客も順調に増え、創業当時思い描いていた中間地点には達したと思います。いまはさらにサービスを拡充するような新事業開発に力を入れているところです。弊社の強みは、弁護士資格を持つ社員が多いため、そのノウハウをシステムに覚え込ませてサービス化しやすい点にあります。リーガルという分野からは離れませんが、SAASに限らず事業を拡げていきたいと考えており、これからますます面白い会社になっていくはずです。

中途採用の面接の際には、必ず最後に「3年後5年後、どんなふうに働いていたいですか?」とお聞きしています。なりたいキャリア像に向かって、研鑽しながら近づけるような環境や風土が弊社にあるかどうかを確認するためです。せっかく仲間になってもらうのであれば、個人の描く夢と、会社の目指す方向性が一致していたほうが、お互いに面白く歩んでいけると考えているためです。

── こうしてお話を伺っていますと、法律家としてのマインドが、法律事務所時代の18年間とは大きく変わられたように感じます。

そうですね、確かに法律事務所の頃は大半の顧客が大企業でしたが、先ほど申し上げたように、問い合わせ案件は中小や個人事業主のお客様がほとんどでした。日本の企業の99パーセントは中小・零細です。諸外国と比べても圧倒的に小さい会社が多い社会なのに、そこにしっかりした法的な支援が行き届いていませんでした。グローバリゼーションの波の中において、「中小企業だから法務が手薄になっても仕方ない」というこれまでの意識のままでは立ち行かなくなってしまうのは明らかです。そこを変えていく意義と価値にまったく疑いはないと起業したわけです。

── そうした思いが、フランス語で「なめらか」「スムーズ」を意味する、「リセ(Lisse)」という社名にも込められているわけですね。

はい。中堅中小企業の取引において大切なのは、きちんと事前に話し合っておいて揉め事を起こさないことです。問題が起こってからでは、お互いに面倒な利害が生じかねないため、話がスムーズに進まなくなってしまいます。特に、取引を始める前に「念のためこうなった時にはどうするか決めておきましょう」と明文化しておいたほうが、はるかに建設的に物事が進められるのです。

取り決めが共有されていれば、「書いてあるから、従うしかない」と、多少は不快になったとしても、そのまま取引関係は続けられます。しかしいったん揉めてしまうと皆さん感情的になり、関係が断絶してしまいます。こうした光景を、これまで何度となく目にしてきました。だからこそ「争いのない、滑らかな」社会をつくりたいと願っているのです。

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