天王洲をスタートアップの“実験基地”に。寺田倉庫が仕掛ける、共創型インキュベーション。

創業75年を迎える寺田倉庫は、常に倉庫業の枠を超えた挑戦を続けてきた企業。ワイン、アート、映像、さらには不動産や空間プロデュースに至るまで、多岐にわたる領域で「保管」という価値を再定義し続けてきました。そして今、同社が注力しているのが、スタートアップ支援を通じた「まちづくり」です。2024年に立ち上げたインキュベーション事業「Creation Camp TENNOZ」において、スタートアップを対象とした2年間の伴走支援プログラムを展開。舞台となるのは、寺田倉庫が本社を構える東京・天王洲。この街を“クリエイティブの聖地”としてさらなる価値創造を目指し、街・人・企業を育てる新たな取り組みが始まっています。今回は、そのプロジェクトを運営する「ミライ創造室」で中心的な役割を担う森結紀納さんにお話を伺い、インキュベーション事業の裏側と、寺田倉庫という会社の魅力について語っていただきました。

寺田倉庫株式会社が募集している求人はこちら

天王洲アイルを再び“先端”の街にしたい。

── インキュベーション事業「Creation Camp TENNOZ」は、どんな仕組みで運営されているのでしょうか

「Creation Camp TENNOZ」(以下Camp)は、創業から3年以内のシード期のスタートアップや、これから起業を考えている方を対象にした、2年間のインキュベーションプログラムです。選考を経て採択された企業には、寺田倉庫からの出資を行い、天王洲のオフィススペースを無償で提供しています。また、事業成長に必要な資金調達やメンタリング、勉強会、ピッチイベントなどのサポートを行い、場合によっては当社他事業との協業に発展するケースもあります。現在は、2024年に入居した1期生9社と、2025年に入居した2期生10社の、計19社が入居していて、毎年最大10社の新たな仲間を迎える予定です。

── 寺田倉庫がスタートアップ支援に取り組む背景には、何があるのでしょうか?

社名の通り、寺田倉庫は物流保管を主軸とする倉庫業として創業しました。しかし、大型倉庫を持つ企業との競争が激しくなるなかで、他社との差別化を図るために、ワインやアート、貴重品など「預けることで価値が高まるモノ」に特化した保管事業へと転換していきました。あわせて、倉庫という空間そのものを活用した不動産事業やイベント事業も展開し、現在では、保管事業と不動産事業が大きな収益の柱となっています。

そうした事業の多様化を背景に、2022年に「ミライ創造室」を立ち上げ、スタートアップ支援をスタート。社内外に蓄積されたさまざまなリソースを活かしながら、新たな価値創造に挑む起業家たちの支援に取り組んでいます。もともと寺田倉庫は、アート分野で若手アーティストの支援を継続してきた背景もあり、「価値を生み出す人を応援する」という姿勢は以前から根づいていました。そこから「アーティスト=価値創造者」という視点を拡張して、アーティストと同じく起業家やスタートアップも新たな価値を創造する“クリエイター”として捉え、支援をしていこうと考えたのです。

── 天王洲という場所にも意味があるのでしょうか?

天王洲アイルは、寺田倉庫にとって創業以来の拠点であり、長年にわたりともに歩んできた場所です。1980年代には「水辺とアート」を開発テーマに掲げ、最先端のカルチャーが集まる街として注目を集めていました。しかし2000年代以降、六本木や品川などの周辺地域の再開発が進むにつれ、天王洲の地価や賑わいは次第に低下。企業の移転も進み、かつての活気が薄れつつありました。

そうした中で、寺田倉庫はこの状況を逆にチャンスと捉えました。「Isle of Creation TENNOZ」というビジョンを掲げ、アーティストや起業家など、価値を創造する“クリエイター”たちが集まる街として、天王洲を再構築していく構想です。主要ターミナル駅や羽田空港に近く、水辺に囲まれた非日常を感じる環境というこの土地ならではの特性を活かしながら、街全体を再び創造の最前線へと押し上げていく。そのまちづくりこそが、寺田倉庫の次なる挑戦となっています。

起業家を育てて、新しい価値、新しい可能性を社会に届ける。

── 支援するスタートアップの選考には、寺田倉庫とのシナジーも考えているのでしょうか?

実は、私たちがスタートアップを採択する際、寺田倉庫との「事業シナジー」は選考基準に設けていないんです。というのも、Campは、起業家の想いや解決したい課題にしっかりと向き合い、その熱量を応援したいというところから始まっているからです。採択基準として掲げているのは、大きく3つ。1つは「創業前もしくは創業間もないシード期であること」、2つ目が「代表が40代くらいまであること」、そして3つ目が「創業メンバーが1人ではなく、チームで挑戦していること」。加えて、私たちの出資を受け入れていただけることも前提となります。ただ、それはあくまでスタートアップの可能性を一緒に信じて、成長を後押しするための関係性づくり。だからこそ、私たち自身も「この人を応援したい」と思えるかどうかがとても大切で、業種や領域にとらわれることなく、広く多様な挑戦を受け入れています。

── 業界・業種の異なるスタートアップに対して、寺田倉庫だからこそできる支援とはどのようなものでしょうか?

起業家たちが直面する悩みや挑戦に、私たちは投資家という立場を越えて寄り添っています。たとえば、月に一度は当社の代表との壁打ちの機会を設けるほか、私たちミライ創造室メンバーも日々同じフロアで働きながら、スタートアップと気軽に会話を重ねています。資金調達や営業先の相談、マーケティングの課題など、リアルな悩みに対し、社内の繋がりを活かし大企業との橋渡しをすることもあれば、ときには営業活動に同行することも。会社の看板を貸すだけでなく、私たち自身もスタートアップにとって必要と感じた場合は手となり足となって伴走する。そんな支援ができるのは、事業や利益だけに縛られない立場だからこそ。2年間という限られた時間の中で、私たちにできる最大限を届けたいと思っています。

── さまざまなスタートアップが1箇所に集まることで生まれる価値もありそうですね。

それはすごく感じています。ワークスペースは部室をテーマにデザインされ、間仕切りのないフラットな空間です。「スタートアップの課題の9割はスタートアップ同士で解決できる」と言われているように、事業領域が違っていても、起業家たちは似たような壁にぶつかることが多いんです。だからこそ、たとえば2期生が「投資家にこんなこと言われたんですけど…」と1期生に相談したり、誰かが「こういう領域の人、知らない?」と声をかけたり。そういう日常的な会話が、自然とこのオープンな空間の中で生まれています。

また先ほど、事業シナジーを前提にしていないと言いましたが、寺田倉庫は多彩な事業を展開しているので、その先のお客様や業界へ自然と関係性が広がっていくこともあります。たとえば、アニメ業界を支援するスタートアップに対して、当社の映像保管事業とアニメ制作会社とのつながりを活かして現場課題を直接ヒアリングしに行く機会を設けたり。そうした偶然のつながりが次の仕事や開発のヒントになります。意図していないところで、結果的には寺田倉庫ならではの支援になっていることもありますね。

── これまでにどんな企業が入居されているのでしょうか?

入居している企業の業種は本当に幅広く、AIを活用したアニメ制作のサポートを行う会社や、音楽の原盤を共有・二次利用するプラットフォーム、更年期に特化したオンライン診療サービス、赤ちゃんのミルクを自動で人肌に温める調乳機の開発、伝統工法を活かした家具づくりなど、領域もアプローチもさまざまです。成長スピードも企業によって異なり、資金調達を重ねて急成長を目指す企業もあれば、自分たちのペースを大切にしながら社会課題を解決していくソリッドベンチャーを目指す企業もいます。昨年には、1期生の2社が、国内最大級のピッチイベント「IVS KYOTO」で300社中15社に選ばれました。さらに1社は見事入賞しました。ほかにも、建築家が立ち上げた家具スタートアップが大阪・関西万博のフィリピン館に納品を決めたり、新しいプロダクトの販売や大企業との協業が実現したりと、確実に前進を続けています。みなさん進み方は違っても、それぞれのペースで着実に成長しているのを日々感じますね。

── プログラム修了後にも、継続してサポートをしていくのでしょうか。

2年間のプログラムが終われば、Campは卒業になります。ただ、私たちとしては、その後も「天王洲に拠点を構え、街を一緒につくっていく仲間であってほしい」という思いがあります。だからこそ、卒業後の受け皿として、現在はシェアオフィスプロジェクト「Creation Hub TENNOZ」の準備を進めています。Campで培った関係性は引き継ぎつつ、他の地域からスタートアップを誘致して新しい関係性を築いたりしながら、面白いコラボレーションが生まれていく場にしたいと考えています。「Creation Hub TENNOZ」を起点に新たな人や企業がつながって、また次の挑戦が生まれていく。そんな循環をこの街で育んでいきたいですね。

トライ&エラーを繰り返しながら、部活のように、みんなで成長し合う。

── 働き方についても教えてください。スタートアップ企業とはどのような関わり方をしているのでしょうか。

私たちミライ創造室のチームは、現在5名体制で動いています。主な業務は大きく3つ。まずは、Campの運営と、入居スタートアップへの支援。次に、寺田倉庫が出資しているスタートアップの投資先管理。そして3つ目が、Campの卒業企業や天王洲の地権者も巻き込んだ“まちづくり”の推進です。新たな拠点の開発や、スタートアップの開拓・営業活動などにも注力しています。2年間で10社ずつ採択・支援するサイクルを続けていて、毎月の壁打ちや相談対応はもちろん、採択・卒業のタイミングにはそれなりの業務負荷もかかります。でも、私たちのチームには「全員野球」の文化が根づいていて、誰か一人に仕事が集中しそうなときは、自然とみんなでサポートに入るんです。たとえば私が台車を押して荷物を運んでいる一方では、役員が椅子を並べていたり。そういう役職の垣根みたいなものが本当にないんですよね。繁忙期になると部署を越えて人が集まってくれて、みんなが手を差し伸べ、知恵を出し合う。その感じがまるでお祭りみたいで。どんなに忙しくても、最後は「いやー大変だったけど、楽しかったね」って笑い合える。そんな雰囲気が、このチーム、そしてこの会社の一番の魅力だと思っています。

── 寺田倉庫ならではのユニークな文化や制度などはありますか?

文化的な側面になりますが、社員と経営陣の距離が非常に近いのは、寺田倉庫ならではの魅力だと思います。現在の代表・寺田航平で5人目となりますが、私自身が入社してから社長が変わったのは3回。それぞれの社長に共通していたのは、社員一人ひとりに対するフラットな接し方でした。現社長である航平さんも、廊下ですれ違うと気さくに「最近どう?」と声をかけてくれますし、そもそも社長を「航平さん」と呼んでいるくらいなので、それくらい気軽に話せる空気があります。入社数か月後に、社長と少人数でランチを楽しむような機会が用意されているのも、こうした風土をつくっている要因のひとつです。中でもユニークなのが「寺田バー」。3ヶ月に1回ほど、社長主催で軽食とドリンクを楽しむ交流の場が設けられ、部署や役職を超えて社員が集まり、ざっくばらんに語り合える時間になっています。

── そうしたフラットな関係性や風通しの良さのなかで、新しいアイデアや仕組みが生まれることもあるのでしょうか?

たとえば「コミュニケーションコイン制度」という、日々の感謝や称賛をSNSのようなタイムライン上で送り合える独自の仕組みがあります。ちょっとした「ありがとう」「助かったよ」といったメッセージに、100円~1万円相当のコインを添えて送ることができ、半期に一度精算されるようになっています。この制度を含め、社内システムや空間設計などを自社で内製する文化もまた、寺田倉庫らしさのひとつかもしれません。「まずは自分たちでやってみよう」という精神のもと、トライ&エラーを繰り返しながら仕組みやサービスを生み出していく姿勢も、文化として根づいているのだと感じます。

挑戦する人に、必ずチャンスが巡ってくる会社。

── 将来的には、この事業はどこへ向かっていくのでしょうか。

まずは天王洲を、価値を創造する“クリエイター”が集まる街として確立していくことが最優先だと思っています。その先に、他エリアにてこのスキームを展開していく可能性も感じています。実際に、テナントがなかなか埋まらないエリアだったり、地価が下がりはじめている地域にスタートアップを呼び込むという動きは、すでにいくつかの自治体でも取り組まれています。そうした中で、天王洲のモデルがうまく循環しはじめたら、その実績が“まちづくりの新しい選択肢”として広がっていく可能性があると思うんです。

ただ、どこでも同じやり方が通用するとは思っていません。その土地ごとに、文化や歴史、人の流れなど、街の持っている「らしさ」が違う。だからこそ、その地域の特性やポテンシャルに寄り添ったやり方で支援することが大事だと思っています。その土地に合った未来の芽をどう見つけ、どう育てていくか。そこに寺田倉庫が関われたら嬉しいですし、そうしたまちづくりに対するノウハウも、少しずつ蓄積されてきていると感じます。

現時点で、一都三県を中心に拠点があるのですが、そうした既存のリソースを活かしながら、どんな形で地域と関わっていけるかを模索していきたいと思っています。

── これから、どんな価値観を持った方と、一緒に会社をつくっていきたいですか?

変化を楽しめる人。それが一番この会社にフィットする人の特徴かもしれません。もちろん、社会情勢や経済環境の変化って、自分たちではどうにもならない部分も多いですし、ときにはネガティブな状況に直面することもあります。でも、寺田倉庫の人たちは、そうした変化すらも楽しんでしまうというか、ピンチをチャンスに変える力があるんですよね。たとえば、いま私が関わっているCampの取り組みも、もともとは天王洲エリアの空室や不動産価値の低下という課題が背景にありましたが、「だったら今こそスタートアップに入ってもらえるチャンスだよね」と発想を転換し、ポジティブなアイデアに変えていったんです。現状維持を良しとせず、常に「今、何ができるだろう?」と考え続けられる人。枠にとらわれず、新しい視点でアイデアを生み出せる人。そんな柔軟性と挑戦心を持った人には、きっとたくさんのチャンスが巡ってくる会社ですし、そんな方と一緒に会社を盛り上げていけたら嬉しいですね。

── 最後に、読者のみなさんに一言お願いします。

保管やまちづくり、アートまで幅広く展開しているからこそ、挑戦できるフィールドも多彩です。たとえ自分の興味や関心が変わっていったとしても「次にやりたいこと」が、また会社の中にある。それってすごく幸せなことだと思います。そして何より、失敗を恐れずにやってみようとする姿勢を尊重してくれる文化があります。もしうまくいかなくても、「じゃあ、次どうする?」と前を向かせてくれる。ここには、そんな仲間たちと一緒に、何度でもトライできる風土が根づいています。もし、「自分の可能性をもっと広げてみたい」と感じている方がいたら、ぜひ一度、寺田倉庫を覗いてみてほしいですね。

寺田倉庫株式会社が募集している求人はこちら

※文中の社名・所属等は、取材時または更新時のものです。