「入社前研修」について、新入社員に対しては行っていても、社会人経験や業務遂行スキルを持つ中途入社者に対しては必要ないと考える人事担当者もいるようです。しかし、「前職と仕事の進め方ややり方が違う」「社内や業界用語、専門知識が分からない」など、入社直後に戸惑うケースも多いため、中途採用で入社前研修を検討するのも一案です。そこで、入社前研修の目的や実施例、注意点などについて、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
「入社前研修」とは?「内定者研修」とどう違う?
「入社前研修」と「内定者研修」はほぼ同義です。
一般的には、内定から入社までの期間が長い新卒入社者向けに実施しますが、中途入社者に対して実施することもあります。ただし、入社直前まで企業に勤務している人も多いため、「懇親会」などを兼ねて短時間で実施するケースが多いようです。
「入社前研修」の目的
中途採用者向けに行う入社前研修には、次のような目的・効果があります。
即戦力化のための人材育成
配属先で期待されている役割、あるいはその職場での仕事の進め方を正しく認識できていないまま働き始めると、既存社員との軋轢(あつれき)が生じ、早期に活躍できないこともあります。早い段階で即戦力化を図るためには、役割・ミッション・具体的な業務内容を理解してもらうための研修が重要です。また、業務で使用するツールの使い方を覚えてもらうことで、スムーズに業務に入ることができるでしょう。
業界未経験者を採用した場合は、業界の基本知識や慣習、業界用語など、職種未経験者を採用した場合は、仕事の概要や基本スキル、専門用語などをインプットする研修も有効です。
不安やミスマッチの解消
社会人経験があっても、会社が変わればやり方や環境が異なるため、中途入社者は「職場になじめるのだろうか」「ミスマッチではないだろうか」といった不安を抱いているものです。そのような不安を研修によって払しょくできれば、働くイメージが湧き、モチベーション高く入社してもらうことができるでしょう。
研修をすることでミスマッチに気付いた場合も、入社前であれば任せる業務を見直したり、フォロー方法を変更したりするなどの対応がしやすくなります。
内定辞退・早期離職の防止
内定を承諾した段階では入社意欲があっても、実際に入社するまでに2~3カ月ほどの間が空いている場合、迷いが生じることもあります。「別の会社も見てみたい」と転職活動を再開する、あるいは現職で強く引き留められて転職を思いとどまるなど、内定を辞退するケースもあり得ます。その点、入社前研修で社員とコミュニケーションを取り、人間関係のベースができると、入社意欲が醸成され、内定辞退につながりにくくなるでしょう。
また、中途入社の場合、既にでき上がっている組織・人間関係の中に入ることが多く、孤立しやすいとも言えます。入社前から既存社員との交流を持ち、距離を縮めておくことで、早期離職防止の効果も期待できます。
「入社前研修」の種類とプログラム例
中途入社者向けの研修には、複数の種類があります。実施しやすいプログラムもあるので、検討してみてください。
オリエンテーション・面談・懇親会への参加
内定者によっては、面接の場では聞けなかった不安や疑問を抱えていることがあるので、個別面談の機会を設けて対話することで、不安・疑問点の解消を図ります。オリエンテーションと一緒に実施する場合は対面での面談が設けられることが一般的ですが、内定者の希望によっては、面談だけをオンラインで実施することもあります。
オリエンテーションと配属先の上長・人事との面談をセットで実施した後、経営陣、あるいは配属先部署のメンバーとの「食事会」という形式で懇親会が開催することがあります。内定者が複数名いる場合は、内定者だけを集め、会社や業務に関する説明会などと併せて懇親会を開く企業も見られます。
なお、面談相手は人事担当者や配属先の上長だけでなく、経営陣、目指している姿に近い社員、一緒に働くメンバー、属性が近いメンバー(バックグラウンドが近い中途入社者)といったように、内定者が気になっていることを解決できそうな人をセッティングすると良いでしょう。
教育研修の受講
研修プログラムを実施する方法もあります。経営理念や行動指針(ミッション・ビジョン・バリュー)、社内のルールなどについて講義を行う「座学研修」、配属部署で実務をしながら学んでもらう「OJT(On-the-job Training)研修」、自由な時間にオンラインで学ぶ「eラーニング研修」などがあります。
入社者の経験・スキルや配属後の業務内容に応じて適切な研修スタイルを選ぶとよいでしょう。
イベントや合宿などへの参加
タイミングが合えば、社内のイベントに招待するようなケースもあります。例えば、BBQパーティ、クリスマスパーティ、忘年会、新年会、期末の打ち上げなど。業務以外での既存社員との交流によってお互いの距離が縮まり、帰属意識を持ってもらえる効果が期待できます。ただし、強制参加ではなく自主参加とすることが基本です。
内定者が複数いる場合は、内定者を集めて「合宿」形式で研修を行う方法もあります。「同期」のつながりが深まることで、内定辞退や早期離職を防止できる可能性が高まります。
副業やアルバイト
空いた時間に副業やアルバイトとして業務を行ってもらうことで、職場の雰囲気やルールをつかむことができ、入社前研修と同様の効果が得られます。前の会社での勤務が続いている場合は、負担が少ない業務を任せるようにしましょう。なお、副業やアルバイトは、前の会社が副業を禁止している場合は実施することができません。また、労災への対応や契約書の締結なども必要になるので注意が必要です。
「入社前研修」の注意点
内定の段階では、「雇用契約」の効力がまだ発生していない状態であるため、企業側から一方的に労務の提供を求めることはできません。雇用契約の締結前に入社前研修を実施する場合は、任意参加としましょう。もし研修が業務に必要な知識を習得する内容であれば、参加が義務的なものとなり、労務の提供に該当するため賃金を支払う必要があります。対象者が在籍している現在の企業が副業禁止の場合、こういった賃金の発生する業務は副業に該当するため、参加することができなくなります。このように、中途採用の入社前研修は、中途入社者の勤務状況や条件、入社意欲や経験・スキルなどによって対応が異なるため、基本的には「個別対応」となってしまいます。入社前研修を検討している場合は、中途入社者の状況や研修に必要な予算や人的リソースなどを考慮し、実施するかどうかを総合的に判断しましょう。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。