
人材獲得競争が激化するなか、企業はさまざまな採用手法を模索しています。その中で注目を集めている手法の一つに「スクラム採用」があります。スクラム採用が求められる理由、メリット・デメリット、実現するポイントについて、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
スクラム採用とは?
スクラム採用とは、「採用活動を経営陣と人事に閉じたものではなく、現場社員を巻き込んだ形で行うことで、最大の成果を創出していく採用手法」と定義されています。以前修正しました。
からIT系企業では、チーム一丸となって開発プロジェクトに取り組む「スクラム開発」が行われていました。これをヒントにして、採用管理システムを提供する株式会社HERPがスクラム採用を提唱したとされています。
スクラム採用では、基本方針の策定は人事部門が行い、実践については現場の社員に任せるのが一般的です。人事と現場が随時、方向性と情報を共有しながら役割分担をして採用活動を進めます。
スクラム採用が求められる理由
スクラム採用が求められている理由として、次のような時代背景が挙げられます。
採用競争の激化
日本では労働力人口が減少の一途を辿っており、有効求人倍率が上昇。かつては求人企業が求職者を「選ぶ」立場にありましたが、今は求職者から「選ばれる」時代になっています。
特に、IT人材などはニーズが高騰し、採用が非常に難しい状況です。そのため、求職者一人ひとりに合わせて柔軟に、きめ細かく対応する必要がありますが、人事担当者だけでは手が回らないため現場社員の力が必要となります。
専門性が高い人材の採用ニーズの高まり
IT人材を中心に、専門性が高い人材を採用するためには、その人たちの視点や志向性を理解し「共通言語」で話せる社員が対応するのが有効です。
人事担当者より現場で働く同分野・同職種の社員が面接を担当した方が、コミュニケーションがスムーズに運びます。当然、現場のニーズにマッチした人材かどうかも正確に見極められます。
求職者の働き方・価値観の多様化
近年、働き方においてもキャリア形成においても、働く人の志向や価値観が多様化しています。従来のような画一的な選考ではミスマッチが生じやすく、採用機会の損失につながるかもしれません。
このように個々に応じた対応が必要となるため、より多くの社員が採用活動に関わる必要性が高まっているのです。
採用手法の多様化
近年、採用手法が多様化しています。従来型の採用手法である「人材紹介」「求人広告」などのほか、「ダイレクトリクルーティング」など、ターゲット人材に合わせて最適な手法を選択する必要性が高まってきました。
さまざまな採用チャネルを効率的に活用していくためには、多くの社員の参加が有効です。採用を行う部門や職種の社員に、ターゲットとなる人材にアプローチしやすい採用手法の選定やそこで発信すべき情報の判断を任せたいとするニーズが生じています。
スクラム採用のメリット
株式会社リクルート(現・株式会社インディードリクルートパートナーズ)が企業の人事担当者を対象に調査(※)を行ったところ、人材を求めている部門の「責任者」または「担当者」が採用戦略に関わっている方が、「採用が上手くいっている」と回答した割合が14.4pt高いという結果が表れています。 スクラム採用によってどのようなメリットがもたらされるかは、採用企業の状況や課題によっても異なりますが、一例として以下が挙げられます。
採用担当者の負担軽減
前述の通り、採用手法の多様化に伴い採用担当者が多忙になっています。特に採用が難しい専門人材については、特性を理解することが困難であり、複数の採用手法を併行して実施する必要もあるため、大きな負荷がかかります。
そこで、採用活動の一部を現場に任せることで、採用担当者の負担軽減につながります。その分、戦略立案や企画などの業務に集中しやすくなるでしょう。
採用力の向上
求める人材と同分野・同職種の現場社員であれば、志向や情報収集の方法に理解がある可能性があるため、どの採用手法を選択すればよいかの判断がしやすいといえます。 例えば、スカウトサービスを活用するにあたっては、転職サイト登録者のプロフィールを見て求める人材像にマッチするかどうか、どの人にどのようにアプローチすれば良いかも判断することができるでしょう。結果、求める人材の獲得につながる可能性が高まると期待できます。
採用ミスマッチの低減
現場の社員が情報発信を行うことで、求職者に実際の仕事内容や働き方についての情報が正確に伝わりやすいでしょう。それにより、入社後、「イメージと異なっていた」と離職につながる確率の低減につなる可能性があります。
また、選考段階に現場社員がより深く関われば、応募者の経験・スキルが現場で活かせる可能性をより適切に判断しやすくなり、ミスマッチの防止効果も期待できるでしょう。
エンゲージメント向上
採用活動においては、求職者に自社に関するプレゼンテーションをするため、自社の強みや特徴を理解する必要があります。それによって、現場社員が自社の魅力を再認識し、エンゲージメントが高まる効果も期待できます。「人事」の役割やその重要性への理解も促進され、よりいっそう協力を得やすくなることもあります。
スクラム採用のデメリット
スクラム採用は、場合によってはデメリットをもたらす可能性もあります。注意点を認識した上で適切に対処していきましょう。
現場の負担増加
現場の社員は通常業務に加えて採用関連の業務を担うため、負担が増加するでしょう。通常業務に支障をきたす恐れもあります。人事側が配慮し、本来業務とのバランスを調整することが大切です。
標準化やリスク管理コストの拡大
採用活動に関わる人数が増えれば、採用課題や方針の共有、採用業務の知識の統一化を図る必要があります。情報漏洩のリスクに備え、情報管理体制の整備も欠かせません。これらの対策に関し、ツール導入などのコストがかさむ可能性があります。
人事と現場の意識共有・合意形成の難航
人事が掲げた採用方針を現場に浸透させたり、採用活動に対する意識を統一させたりするのはスムーズには進まないこともあります。意見が食い違い、調整が難航することも考えられ、そうなると人事や現場の責任者の負担が増す可能性があります。全社で意識や熱量を同水準に引き上げるまでには、密なコミュニケーションが必要となるでしょう。
スクラム採用の進め方・実現するポイント
スクラム採用を導入するにあたっての進め方と、実現するために意識しておきたいポイントをお伝えします。
スクラム採用を行う目的を明確にする
まずは、自社がスクラム採用を行う目的、目指すあり方などを明確にしておくことが大切です。明確な目的を伝えることができれば、現場の理解を得やすく、適切な協力につながる可能性があります。
情報共有やマネジメントの仕組みを作る
スクラム採用を実践するにあたり、現場で採用活動に関わる社員のモチベーションを継続させられるような仕組み作りが大切です。
情報共有やサポート体制の整備をはじめ、「現場に裁量権を付与する」「採用活動への関与を人事評価に反映する」「採用活動への取り組みや成果を全社に共有し、称賛する」といった仕組みを検討すると良いでしょう。
現場との協力体制を作る
採用の目的や方針、採用活動の仕組みを現場に説明し、理解を深めてもらい、協力体制を築きます。
スクラム採用では現場社員を「巻き込む」工夫が重要です。社員が積極的な姿勢で関わってくれなければ、成果は得られないでしょう。
例えば、採用活動に対する社員のモチベーションを高めるために、採用実現によってどのような課題解決や自社の成長につながるのか、経営陣から目的を伝えて重要性を共有することも一つです。また、現場社員に負担がかからない方法を工夫し、気軽に参加できる空気を作るのも良いでしょう。
採用ターゲットを具体化する
採用ターゲットとなる人物像について、現場社員の意見を聞きながら具体化しましょう。求める人材とはどのような経験・スキル・素養・志向を持つ人なのかを明確化して設定します。採用部門の風土やカルチャーにマッチするかどうかという観点でも設定しておくと、母集団形成の段階からミスマッチの防止効果が期待できます。
採用情報を一元管理し、共有する
現場社員が採用活動を通じて得た情報は、厳重に管理しつつ関係者が共有できるようにする必要があります。情報共有が不十分な状態では、採用の機会損失につながる可能性があります。システムやツールをうまく活用し、採用情報を一元管理する体制を築きましょう。
改善しながら進めていく
スクラム採用活動を進めるうちに、課題も見えてくるでしょう。それに対し、現場社員のモチベーションの低下を招かないよう、改善を図っていくことが大切です。例えば、面接スキルを向上・平準化させるトレーニング、応募者の評価基準の明確化などもポイントの一つとなるでしょう。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。
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