採用競争激化などを背景に、採用活動にマーケティングを取り入れる「採用マーケティング」が注目されています。この記事では、採用マーケティングを行うメリットや、取り入れる際の具体的なステップなどについて、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
目次
採用マーケティングとは?
採用マーケティングとは文字通り、採用活動にマーケティングの手法を取り入れることです。
採用活動のプロセスごとに、ターゲットとなる人材の認知度を向上させ、応募意欲を上げるための戦略を考え具体的な施策を実行することで、ターゲットの応募促進とマッチング度向上を目指します。
採用マーケティングが注目されている背景
近年、採用マーケティングに注目する企業が見られます。
なぜ注目されているのか、背景を解説します。
生産年齢人口減少による採用競争の激化
まず挙げられるのは、少子高齢化などに伴う生産年齢人口の減少です。
内閣府の『令和4年版高齢社会白書(※)』によると、日本の15~64歳の生産年齢人口(生産活動を中心となって支える15〜64歳の人口)は、1995年をピークに減少傾向にあり、2020年には7,509万人と、1995年の8,716万人から約1,200万人も減っており、2065年には4,529万人と全体の約5割まで減少する見込みにあります。
そのため、目先の人材不足に対応するだけでなく、転職潜在層へのアプローチや、採用後の取り組みに関する発信など、中長期的な視点で採用戦略を組み立てる必要性が高まっています。
(※)出典:内閣府「令和4年版高齢社会白書」
採用に関する情報の多様化
一昔前に比べると、求職者が得られる情報手段は格段に多様化しています。
以前は転職サイト、転職エージェント、スカウトサービスなどの転職支援サービスがメインでしたが、現在はSNSやオウンドメディア、リファラル、アルムナイ(退職者)、ミートアップ(交流会)、転職フェア、口コミサイトなど、求職者が多様な方法で転職に関する情報を得ることができるようになっています。そのため、採用手法を一つに絞ったり、思いつくままバラバラに行ったりしていては、ターゲットに自社の発信が届かない可能性があります。
そこで、キャンディデイトジャーニー(求職者が入社に至るまでの一連の体験)を設計して、採用手法ごとの役割や発信内容を分けるなど、自社の採用活動に一貫性を持って戦略的に行うという、採用マーケティングの必要性が高まっています。
例えば、求職者が自社の求人に興味を持ってくれても、転職サイトや転職エージェント経由の情報だけだと詳しい情報が収集できず、応募に躊躇してしまうというケースもあります。多くのターゲットから応募を集めるためには、多様な情報源を用いて求職者の興味を喚起し、さらに興味を深める採用マーケティングのプロセスが求められています。
求職者のキャリア観の多様化
リモートワークの拡大や、副業・兼業、時短勤務などといった働き方の多様化を受け、求職者の「働く上で大事にしていること」も個別化・多様化の傾向が見られます。
そのため、求職者が採用企業に求める情報も個別化・多様化しており、企業側もそれに応えて、自社の魅力や独自性を伝えることが求められています。
働き方の多様化を受け求職者のキャリア観も多様化しており、よりミスマッチを減らすためにも、採用マーケティングの手法を取り入れながらある程度の時間をかけて丁寧に、段階を追いながら、自社のことをより深く理解してもらう必要性が増加していることも考えられます。
採用マーケティングを行うメリット
企業が採用マーケティングを取り入れるメリットについてご説明します。
ターゲット人材からの応募増加
採用マーケティングでは、転職することを考えている転職顕在層だけでなく、今は転職を考えていない潜在層、アルムナイ(退職者)、過去の採用選考参加者・辞退者などにも広く情報発信を行います。従来の採用手法ではアプローチし切れなかったターゲットにも認知されることで、より多くの応募が期待できます。
採用マッチングの精度向上
採用マーケティングにおいては、ペルソナの設定やキャンディデイトジャーニーの設定が採用成功のカギになります。それにより、ターゲット人材の解像度が高まり発信する情報の精度が高まることが予想されます。
また、求職者の認知、興味喚起、応募、選考、内定、内定承諾の各行動ステップに分け、より適したアプローチ方法やチャネル設定をすることで、求職者の自社理解が深まり、マッチング精度が向上すると期待されます。
採用効率化によるコスト削減
ターゲット人材からの応募増加やミスマッチの低減、離職率の低下などにより採用コストを減らせる可能性があります。
また、自社の採用マーケティングの取り組みが軌道に乗りフォーマット化され、「自社ならではの採用のロジック」ができると、今後の採用活動がスムーズに進むでしょう。多額の費用を掛けなくても、自社である程度採用できるノウハウが蓄積できる可能性もあります。
採用マーケティングを取り入れるための6つのステップ
採用マーケティングを新たに取り入れる際の具体的なステップについて、それぞれ解説します。
ステップ1:自社の分析・魅力の定義
自社について改めて分析し、自社の強みや弱み、働く社員にとっての魅力などを洗い出します。経営理念や経営戦略、中長期事業計画、事業内容、同業他社との差別化ポイント、企業文化や風土など、全体を見直すことがポイントです。
その際、3C分析やSWOT分析などのフレームワークを用いるのも有効でしょう。
ステップ2:ターゲットとペルソナの設定
ステップ1の自社の分析をもとに、自社にどのような人材が必要なのか、求める人材像を明確化します。
その際、「コミュニケーション力」や「論理的に考えられる」など抽象度が高いビッグワードを避けることが重要。例えば「コミュニケーション力」であれば、ロジカルなコミュニケーションがうまい人と受け取る人もいれば、空気を読み周りとうまく交流できる人をコミュニケーション力がある人とイメージする人もいます。ターゲットの軸がぶれることのないよう、一つひとつの言葉を一義的に捉えられるよう掘り下げることも大切です。
そしてターゲットが定まったら、ペルソナを設定します。理想のターゲットを象徴する架空の人物像を具体的に描くことで、ターゲット像がブレなくなり、採用したい人物像の共通認識を持てるようになります。
ステップ3:キャンディデイトジャーニーの設計
ステップ2で設定したペルソナをもとに、キャンディデイトジャーニー(求職者体験)を設計します。
キャンディデイト(求職者)が応募し、入社するまでの行動や思考、感情などのプロセスを考え、それぞれの段階における自社の課題と、課題を解決するためのキャンディデイトジャーニーを設計していきます。
具体的には「認知」「興味」「検討」「応募」「選考・内定」「入社」などの段階に分け、ストーリーを組み立てていくといいでしょう。どのチャネルでどのように求職者と接点を持ち、どのような情報やメッセージを発信すればいいのか、戦略が考えやすくなります。
ステップ4:チャネルの設定・アプローチの検討
ステップ3で設計したキャンディデイトジャーニーに沿って、発信するチャネルを設定していきます。
キャンディデイトジャーニーをファネル図にして、それぞれのフェーズごとに求職者が求めていると思われる情報を検討し、どのような方法で情報提供すればいいのか具体的なアプローチ方法を考えます。
ステップ5:コンテンツの企画
フェーズごと、チャネルごとに、ターゲットに向けたコンテンツを企画します。
例えば、興味喚起のフェーズではオウンドメディアやSNSで自社の文化や社員の働き方を動画発信する、応募喚起のフェーズではイベントを開催したりSNSメッセージでアプローチしたりするなど。よりターゲットが求めているニーズに応えられるコンテンツを用意し、自社の魅力を伝えることが求められます。
ステップ6:施策の実行/効果の計測・分析
これまでのステップで決めた施策を実行し、計測したデータを分析します。
例えばオウンドメディアのPV数、メッセージの返信数、メール開封率、応募者数などを分析し、改善するというPDCAサイクルを回すことで、採用マーケティングの精度を高めることが大切です。
採用マーケティングを行う際のポイント
採用マーケティングの精度を上げるためのポイントをご紹介します。
フレームワークを活用する
自社の分析や魅力を定義する際、そしてキャンディデイトジャーニーを考える際などには、フレームワークをうまく活用すると精度向上につながります。
例えば、Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)の分析から自社の強みを明確にする「3C分析」や、Customer Value(求職者価値)、Cost(求職者の負担)、Convenience(利便性)、Communication(コミュニケーション)という求職者側からの視点による分析で採用戦略の精度を高める「4C分析」、そして自社を取り巻く環境をStrength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(市場機会)、Threat(脅威)に分けて洗い出すことで、自社が置かれている環境を分析する「SWOT分析」などが有効でしょう。
求職者が入社に至るまでの体験(キャンディデイトジャーニー)を可視化し図にする「キャンディデイトジャーニーマップ」も現行の採用施策の課題を洗い出すことができるでしょう。
振り返りと見直しを行う
たとえ一定以上の成果を挙げた採用マーケティングであっても、それが完璧とは限りません。採用マーケティングでは、各種データが収集できるので、効果検証を行い、各プロセスを振り返り課題を洗い出して、ブラッシュアップすることが重要です。
実際の求職者の動きをもとに、想定したキャンディデイトジャーニーが正しかったのか、各種施策が最適だったのかなどを見直すことも大切です。
マーケティングのプロをチームに入れる
前述のように、採用マーケティングを取り入れるにはかなりの工数がかかります。そして、人事担当者ではマーケティング手法に関する理解やデータの分析・読み取り難易度が高く、ほかの工数にしわ寄せが行ってしまう可能性もあります。
社内のマーケティング部署との連携や、外部からのマーケティング人材の採用など、マーケティングに詳しい人材をチームに入れ協働することで、採用マーケティングの精度が上がり、生産性も高められるでしょう。
さまざまな採用チャネルを活用する
前述のように、現在では転職サイトや転職エージェント、SNSやオウンドメディア、リファラルなど採用手法の多様化が進んでいます。
それぞれの手法の特徴を把握したうえで、フェーズごとに自社にマッチした手法を選択することが重要です。
採用マーケティングを取り入れ、成果を挙げた企業の事例紹介
採用マーケティングを新たに取り入れ、成果を挙げている企業の事例を識者の経験のもと紹介します。自社の採用マーケティング設計の際の参考にしてみてください。
事例1:Web系ベンチャーA社のケース
採用マーケティングを取り入れる前の課題
従業員約100名規模のWeb系ベンチャーであるA社。事業成長に伴いエンジニアを募集していました。ただ、転職サイトと転職エージェント経由で応募数はある程度集まるものの、採用条件に合わない人や自社への志望度が低い人からの応募が多く、1年以上採用に至っていませんでした。
採用マーケティングにおける取り組み
ペルソナ設定を再度やり直し、詳細化。ペルソナが利用するメディアを選定して、自社の採用イベントの告知に注力するとともに、カジュアル面談を強化していること、社員総会やバーベキュー、ボーリング大会などへの参加もできることを発信。その内容をオウンドメディアで具体的に発信することで、興味を喚起しました。
採用マーケティングを取り入れたことによる成果
以前に比べると応募数は減ったものの、ターゲット人材からの応募が確実に増加。その後の選考でも辞退者が減り、採用マーケティング実践後2カ月ほどで1年ぶりにエンジニアの採用に成功しました。
ポイント
ペルソナの設定とそれに応じたチャネルを再設計したこと。人事担当のリソース不足だったことから、社内のマーケティング部門と連携を取ったり、採用選考をアウトソースしたりするなど、社内外の人材を活用しました。面談やイベント対応、オウンドメディア記事の作成などには経営陣も巻き込み、効果的な情報発信を実現しました。
事例2:コンサルティング会社B社のケース
採用マーケティングを取り入れる前の課題
従業員数50名規模の専門コンサルティング会社B社。求める経験や人材像が限られ、「公認会計士やIPO経験者、M&A経験者、かつ起業家精神を持つ人」とターゲットが極端に狭くなっていました。一方で自社の知名度はまだそれほど高くなく、応募が集まらず採用に苦戦していました。
採用マーケティングにおける取り組み
潜在層にアプローチするため、IPO実務やM&A業務についての勉強会や、公認会計士のキャリア相談会などを企画し、業界紙や専門Web媒体などに広告出向や記事広告、社長のインタビュー記事などを出稿することで認知度向上、興味喚起に注力。勉強会や相談会などに参加した候補者に対し、自社の魅力や評価・待遇、募集情報、働く魅力などを伝えることでカジュアル面談に誘導したり、タレントプールに入れて継続的にアプローチしたりしました。
採用マーケティングを取り入れたことによる成果
それまでは年間で約20名応募、2~3名の採用でしたが、採用マーケティング開始から約半年後に軌道に乗り、「毎月約10名の応募・1名採用」の好循環が継続しています。
ポイント
自社の知名度が低いことを認識し、認知度向上に関する取り組みに振り切り、リソースを割いたことが最大のポイント。リファラルやオウンドメディア運用も並行して注力し、認知してくれたターゲットの興味喚起にもつながりました。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。