企業を退職した人のことを「アルムナイ」と呼びますが、優秀な人材を採用するために退職者を再び自社に招き入れる「アルムナイ採用」を取り入れる企業が増えています。アルムナイ採用は、採用コストを抑えながら優秀な人材を採用できるというメリットはありますが、制度を整えないと周囲の社員にとってはモチベーションが下がる原因ともなりかねません。そこで今回は、アルムナイ制度が注目される理由やメリット・デメリットに加えて、活用のコツも合わせて組織人事コンサルティングSegurosの粟野友樹氏が解説します。
目次
「アルムナイ」とは?
「アルムナイ」に加えて、「アルムナイ採用」「アルムナイネットワーク」のそれぞれについて解説していきます。
アルムナイ
「アルムナイ(alumni)」とは、英語で「学校の同窓生や卒業生」を意味する言葉です。人事領域では、企業を離職した人や定年退職した人の集まりという意味で使用されています。以前は海外を中心に活用されていましたが、近年では日本でもこのアルムナイを活用した採用が注目されています。
アルムナイ採用
「アルムナイ採用」とは、企業を離職・退職した人とも継続的にコミュニケーションを取り、再び企業に招き入れる採用手法です。企業によっては、アルムナイ専用のコミュニティやプラットフォームを開発して、大規模な「アルムナイネットワーク」を構築しているところもあります。
アルムナイネットワーク
「アルムナイネットワーク」とは、企業の退職者で形成されるコミュニティのことを指します。SNSなどでつながったり、交流会を開催したりして定期的に情報交換を行っています。
アルムナイネットワークのコミュニティは、離職者のみの場合と企業の担当者が交流に関わっている場合があります。海外の企業や外資家の企業では一般的なコミュニティで、日本でも少しずつ増えてきています。
アルムナイが注目されている理由
アルムナイが注目されている主な理由として「労働力人口の減少」と「自社にマッチする即戦力人材の確保」の2つがあげられます。
労働力人口の減少
少子高齢化によって労働力人口が減少しているなか、一度企業を退職した人材を再雇用の視野に入れることで、労働力を確保する動きが見られるようになりました。
内閣府が発表している『令和4年版高齢社会白書(※1)』によると、少子高齢化の影響で日本の15~64歳の生産年齢人口は、1995年をピークに年々減っています。2020年の生産年齢人口は7,509万人と、1995年の8,716万人から約1,200万人も減っています。今後2065年には4,529万人まで減少する見込みであり、今後も労働力人口の減少は企業にとって大きな課題と言えます。
そこで昨今では、中途採用を検討する企業の中では、自社サイトや転職サイトでの募集、転職エージェントやスカウトサービスの利用、リファラル採用の活用などと並行して、アルムナイ採用を採り入れる企業が見られるようになりました。さまざまな手法を同時に行うことで、より優秀な人材を採用する機会を増やそうと取り組んでいます。
(※1)内閣府「令和4年版高齢社会白書」
自社にマッチする即戦力人材の確保
日本は長らく終身雇用体制を採り入れる企業が多く見られましたが、近年は人材の流動化が活発になっています。1社のみでキャリアを終えるのではなく、転職をすることで複数社を経験してキャリアを形成する人が増えてきました。
企業は人材の確保が必要となり、他の手法と合わせてアルムナイ採用も活用されるようになっています。もともと自社で働いていた人材のため、アルムナイは自社の基本的な制度や社風を理解しています。かつ、一度退職した人を再度採用しようと試みるということは、以前にも自社で活躍していた人材だからこそ声をかけるケースが多いでしょう。
企業としては全く新しい人材を採用するよりも、自社にマッチする即戦力人材としてアルムナイ採用を検討することで、採用後のミスマッチなどを軽減できる可能性が高まります。
アルムナイ採用のメリット
アルムナイ採用を取り入れる場合のメリットをご紹介します。
採用と育成に要するコストの削減
アルムナイ採用は、退職者に企業が直接声をかけて採用につなげるケースがほとんどです。転職サイトや転職エージェントなどの求人媒体を利用せずに採用できるため、コストを大幅に抑えることができます。また、アルムナイ人材は自社の業務内容やシステムも理解しているため、教育や研修に費やすコストも下げられるでしょう。
新たな知見・スキルを取り入れられる
アルムナイ人材の多くは自社を退職した後に、他の企業や業界を経験していることがほとんどです。そのため、中途採用で入社する人材と同様に、今まで自社に足りなかった要素や他企業・業界で身に着けた知見やスキルを発揮してくれることでしょう。
また、退職者だからこそわかる自社の課題をあげてもらうことも一つのメリットです。競合との差や管理体制を整えるきっかけとなり、自社の強化につなげることができるでしょう。
客観的な意見や情報を取り入れられる
アルムナイから自社の商品やサービスに対して、客観的な意見を聞くこともできます。社内だけだと、どうしても率直な評価や意見を聞くことは難しいでしょう。しかしアルムナイを再雇用することで貴重な意見を聞けるため、自社商品の品質向上につなげることができます。
アルムナイ採用のデメリット
メリットがある一方で、アルムナイ採用には注意点もあります。
在籍社員の意欲低下の恐れ
アルムナイ採用を実施すると、在籍社員のモチベーションが下がってしまう可能性があります。一度退職したアルムナイが好条件で再雇用されると、在籍社員は「1社で頑張り続けるよりも、一度転職した方が給料を上げる近道なのか」「退職してもいつでも復帰できるのか」と感じかねません。もしアルムナイ採用を取り入れる場合は、後述のように制度の周知を広め、社員の理解を得ることが大切です。
制度の環境を整えなくてはいけない
アルムナイ採用の場合でも、一定の採用基準を定めることが必要です。アルムナイであればいつでも復帰できるという制度では、在籍社員のモチベーションが下がる恐れがあります。
また、採用基準とともに受け入れ体制や配属先、処遇なども定めるとスムーズにアルムナイ採用を進められます。例えば、年収の設定に勤続年数が影響する企業であれば、以前に在籍していた期間を計算に入れるのかなどを決めておきます。
そして、定めた採用基準は採用担当者間で共有することが大切です。採用担当者によって基準にばらつきがあると、在籍社員だけでなくアルムナイからも不満の声があがる可能性があります。
長期的な目線で取り入れる必要がある
アルムナイネットワークで定期的に交流をしていても、自社に戻ってきてくれるとは限りません。また退職から数カ月~数年後に再雇用につながるケースが多く、アルムナイ採用は人材不足をすぐに補いたい場合には向いていません。
アルムナイとの交流は再雇用以外にも、情報交換やパートナーとしての協働など得るものがあります。アルムナイ採用だけを目的とするのではなく、さまざまな観点で考えておくといいでしょう。
アルムナイ採用を活用するコツ
最後に、アルムナイ採用を活用するコツを7つご紹介します。
イグジットマネジメントを行う
アルムナイ採用を活用するためには、「イグジットマネジメント(Exit Management)」を意識しましょう。「イグジットマネジメント」とは、直訳すると「組織の出口(exit)管理」を意味します。「採用」を雇用の入り口とすると「退職」は出口となりますが、イグジットマネジメントは、退職者との関係を構築しながら、戦略的に計画・管理する人材マネジメントのことを言います。
例えば、退職時に一方的な引き止めなどを行ってしまうと、退職者とのその後の関係は悪化する可能性があります。「辞めて欲しくはないけれど、後押しします。もしまた機会があれば自社に戻ってきて欲しい」と伝えることも今後の関係性の構築のためには一案です。
また起業のために退職する人がいたならば、取引先として関係を続けることもよいかもしれません。できるだけ退職時はアルムナイの意思を尊重して、その後も良好な関係を築けると、アルムナイネットワークにおいても良い情報交換が期待できます。
アルムナイ採用を周知して従業員の理解を得る
アルムナイ採用を実施する際は、社内に制度の周知を行い、従業員の理解を得ることも大切です。企業側がアルムナイを受け入れる体制を整えていないと、アルムナイが再び離職してしまう可能性もありますし、アルムナイ間で「復帰しても働きにくい環境である」という話が広がってしまうかもしれません。
社内でもアルムナイ制度の周知を行い、適切に選考を通った人材だけが採用されているという理解を得るようにしましょう。
短期目線でアルムナイ制度を運用しない
すでにご説明したように、アルムナイ採用にはコストを抑えられるというメリットがあります。しかし、採用コストを抑えたいからといってアルムナイ採用を開始し、「出戻り社員」が増えてしまう場合は注意が必要です。もし新しい文化を構築している最中であれば、昔のメンバーが増えてブレーキがかかってしまったり、過去の上司がアルムナイ採用によって自分の部下になるなど、人間関係の面でもやりづらさを感じたりする可能性もあるでしょう。
アルムナイ採用はメリットもある採用手法ですがそれだけにとらわれないようにしましょう。長期的な運用をし、自社の事業課題にマッチする人材がいたら採用する、というスタンスの方が制度の理解を得るという側面からも良いと言えます。
採用するアルムナイの条件を決める
前述の通り、在籍社員の理解を得るためにも、採用するアルムナイの条件を明確に定めておきましょう。条件に則って選考を行い、自社に迎え入れるようにします。そうすることで、在籍社員も納得した状態であるため、アルムナイにとっても働きやすくなるでしょう。
また、採用条件のひとつに「在籍社員や他のアルムナイからの推薦がある」を入れることも一案です。一緒に働いていたメンバーからの推薦があるということは、そのアルムナイの人柄やスキルなどに定評があると言えます。選考の一つの目安となるでしょう。
アルムナイと定期的にコミュニケーションを取る
アルムナイとの関係を構築するためにも、定期的に連絡を取ることがおすすめです。アルムナイネットワークのイベントを実施する、メルマガやSNSで配信するなど、さまざまなコミュニケーション手段が考えられます。
定期的にコミュニケーションを取っていると、アルムナイ採用を行いたいと思った際にメルマガやSNSなどを通じで募集ポジションを共有することもできます。もちろんアルムナイだけでなく「周囲でふさわしい優秀な人材がいれば紹介してほしい」といった内容で配信することもできます。
アルムナイの受け入れ体制の整備
アルムナイの受け入れがスムーズに進むように、入社前から現場とコミュニケーションが取れる場を用意しましょう。受け入れ先の上司との面談を実施したり、面接担当者を現場社員に任せたりなど、入社前に双方にとって不安がない状態を作っておくことも大切です。
アルムナイ制度を活用してビジネス拡大を実現しよう
アルムナイ採用は、一度自社を経験している優秀な人材を採用できる制度です。それだけでなく、ビジネスの発展や新たな自社の課題を発見できる可能性もあります。しかし短期的な目線で運用してしまったり、社内に周知しないまま始めてしまったりすると、メリットを享受しにくいことも考えられます。制度の理解と社内の周知をしっかりと行い、アルムナイ採用をうまく活用しましょう。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。