採用において、企業の知名度は重要な要素です。人材の採用を成功させるためには、「採用ブランディング」によって自社のファンを増やし、応募を喚起する取り組みが必要となります。採用ブランディングを行うメリット、実践方法、成功のポイントについて、組織人事コンサルティングSegurosの粟野友樹氏に解説していただきました。
採用ブランディングとは?
「ブランディング」とは一般的に、自社の商品やサービスについて、他社の類似商品・サービスと差別化した個性や魅力を打ち出す活動を指します。例えば、デザイン、ロゴ、キャッチフレーズなどで独自性を演出し、消費者が目にしたときにすぐに認識されることを目指すものです。「ブランド」というと「高級品」がイメージされがちですが、「消費者に価値・魅力を認知される」という観点で捉えれば、低価格商品やBtoBの商品・サービスにおいてもブランディングは重要です。
では「採用ブランディング」とはどういうものかというと、求人市場における自社のブランド力の向上を目指す活動を指します。求職者に「この会社なら面白い仕事、価値ある仕事ができる」「この会社なら楽しく働ける」などと感じてもらえるように、自社の特徴や魅力をアピールするのです。採用ターゲットとなる人材に向けて、自社の理念、パーパス、ビジョン・ミッション・バリュー、事業戦略、組織体制、風土・文化、ワークスタイルなどを発信するのが、採用ブランディングです。
採用ブランディングのメリット
採用ブランディングがうまく運んだ場合、得られるメリットとしては次のようなものが挙げられます。
母集団形成に活かせる
より多くの応募者を集めることができ、母集団の拡大につながります。候補者が増えるだけ、自社が求めているターゲット人材にも出会いやすくなるでしょう。また、母集団の「人数」だけでなく「質」の向上も期待できます。自社を理解し、魅力を感じた人が応募してくるため、自社にマッチする応募者の割合が高まります。
選考プロセスを効率化できる
自社の魅力を理解したうえで応募してもらえれば、会社説明会や面接などで企業情報を一から説明する時間と手間を省くことができます。ミスマッチによる辞退も起こりにくいため、内定~入社フェーズでのフォローの負荷も軽減されると考えられます。
人材の定着化が図れる
応募者は、自社のファンになってから入社するため、定着率が向上する傾向があります。ただし、自社を良く見せるため実態から外れたブランディングを行ってしまうと、入社後にギャップを感じて離職につながる可能性があります。適切なブランディングによって「ファン」になり、入社に至った人であれば、生き生きと活躍してくれることが期待できます。
採用コストを抑えることができる
採用ブランディングによって、自社のサイトやSNS経由、ダイレクトリクルーティング、リファラル採用などでの応募が増えれば、求人メディアへの出稿や採用支援サービスの利用を抑えることができ、採用コスト削減につながります。採用活動期間の短縮により、採用担当者の人件費も抑えられるでしょう。
採用ブランディングのやり方
採用ブランディングをどのように進めていけばよいのか、6つのステップに分けてご紹介します。
1.募集背景を整理する
どういった理由で人材を求めているか(欠員、事業拡大に伴う増員、マネジメント力強化の幹部候補採用、新規事業に向けた採用など)を整理し、採用目標を明確にします。
2.ターゲットを設定する
採用ターゲットを明確に設定していないと、訴求するポイントやメッセージの方向性を決めることができません。求める人材の経験・スキルだけでなく、「どのような志向や価値観を持っている人か」「何にやりがいを感じ、何に不満を感じる人か」など、人物像も具体化しましょう。そうすれば、「このメッセージを送れば、ターゲット人材に刺さりそう」といった判断がしやすくなります。
社内にモデルとなる人材がいる場合は、その人にヒアリングを行って参考にしてもいいでしょう。
3.自社の事業や待遇などを整理する
自社の魅力として打ち出す「素材」を準備します。自社の事業、商品・サービス、組織体制、社風、働き方、待遇などを整理し、ターゲット人材から見て魅力を感じてもらえそうなポイントをピックアップしてください。
以下に項目の一例を挙げます。参考にしてください。
- 成長率
- シェア
- 顧客ラインナップ
- プロダクトの先進性
- 裁量権
- 昇進スピード
- 経営陣や同僚の経歴
- 年収アップ
- 副業
- 教育プログラム
- 資格取得支援
- リモートワーク
- フルフレックス
- ワーケーション
- オフィス内の福利厚生
- 部活動 など
4.競合他社の採用活動を研究する
上記で抽出した要素が、事業競合他社や採用競合他社と比較したとき、訴求ポイントになるかどうかを検討します。例えば、自社では売りになると思っていることも、他社と同じであればアピール材料として弱いといえます。他の要素を探したり、推す要素を変えたりしましょう。訴求ポイントの絞り込みだけでなく、他社の訴求を分析することで、気づきを得られることもあります。
5.全体のブランディング戦略を設計する
「どのような人材に向けて、どのような魅力を訴求していくのか」など、コンセプトを定めます。次に、どのような形で発信すればターゲットに届きやすいかを考え、手段・媒体を選定します。
情報発信の手段としては、「自社サイトの採用ページ」「自社SNS」「求人メディア」「採用イベント」「会社説明会」などがあります。特に自社が運営する求職者向けWebサイトやSNSであれば、自由な形式で、継続的に発信することが可能です。また、近年は「動画」の有効性が高まっています。
6.社内の体制を構築する
採用ブランディングは、採用部門だけで完結するものではなく、全社一丸となって行うことが重要です。
採用部門の部門長や採用担当メンバーをはじめ、経営層や広報・PRなど、社外発信を行っている関係者に協力を仰ぎましょう。
また、自社の採用ブランディング方針の社内周知も図ります。自社が打ち出したいブランドイメージを従業員に説明するほか、ディスカッションやグループワークなどの場を設け、「自社で働く魅力」についての声を集めたり、議論を行ったりする方法もあります。
採用ブランディング成功の秘訣
採用ブランディングを成功させるために、どのようなポイントを意識すればよいかをお伝えします。
持続可能な手法を選択する
最初は張り切って採用オウンドメディア・SNSを立ち上げたり、採用向け動画を制作したりしても、長続きしないケースはよく見られます。外部の専門家のサポートを受けてスタートしたものの、自社運用に移ってしばらくするとフェードアウトしてしまうこともあります。「予算が続かない」「自社に知見を持つメンバーがいない」といった状況では、継続は難しいといえます。必ず持続可能な方法を選択し、運用開始後、都度振り返りを行いながら改善していきましょう。
CX向上を大切にする
ブランディングというと、メディア・SNS・口コミサイトやイベントなど使った空中戦がイメージされます。しかし、採用に特化したブランディングにおいては、地道な取り組みも重要です。
その一つが、選考プロセスでの「CX(キャンディデイトエクスペリエンス)」の向上です。CXとは、求職者が企業を知ってから選考を終えるまでの一連のプロセスの間で、企業と応募者がとるコミュニケーションのことを指します。「応募者体験」や「候補者体験」と呼ばれることもあります。応募者から見て「採用関連資料がわかりやすい」「面接日程調整で配慮が見える」「面接での対応が丁寧」など、好印象を持ってもらうことが、「ファン獲得」につながります。
特に、面接でのCXは、応募者の心証を大きく左右します。例えば、ホームページでは「ダイバーシティ&インクルージョン」を強く打ち出しているにもかかわらず、面接担当者が異なる意見をしたとしたら、応募者はギャップを感じるでしょう。採用部署の面接担当者と目線を合わせておく必要があり、場合によっては面接トレーニングを行うのも一つの方法です。
転職エージェントを活用し、密にコミュニケーションをとる
CX向上とともに、日々の地道な取り組みとして大切なのが、転職エージェントとのコミュニケーションです。例えば転職エージェントA社が、1日に1名以上の転職者相談に対応すると仮定すると、年間で240名以上の転職相談者に対応していることになります。転職エージェント10社に依頼したとしたら、年間2400名以上求職者に自社を勧めてもらえる可能性があるわけです。その影響力は、Webやイベントよりも大きいかもしれません。
転職エージェントを活用している場合、もしくはこれから活用しようと検討している場合は、タイムリーかつ丁寧に情報提供を行う、あるいは経営者と対話する機会を設けるといった働きかけも重要です。転職エージェントにも自社の「ファン」になってもらうことができれば、紹介も増えることが期待できるでしょう。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。