「評価への不満」を理由に転職を考える人は少なくありません。従業員の納得感やモチベーションアップのためにも、持続的な成長を促すためにも、適切な人事評価制度を設けることが重要です。人事評価制度の目的・役割、種類、運用のメリット・デメリット、導入手順などについて、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
人事評価制度の導入目的・役割とは
人事評価制度とは、従業員の行動や成果、情意(意欲・姿勢)、能力などを評価する仕組み・基準を定めた制度を指します。上司や人事担当者の主観で評価するのではなく、評価項目・評価基準・評価プロセスなどを明文化して客観的に評価することで、従業員が公平感や納得感を持てるようにします。
評価制度の適切な運用によって、従業員の成長や企業文化の醸成、最終的には経営戦略・経営計画の実現につなげていきます。目的・役割をさらに具体化すると、次のようなものが挙げられます。
経営理念・方針・ビジョンの浸透
企業理念・方針・ビジョンから人事理念へ、さらに人事評価制度へと落とし込んで明文化することで、経営理念・方針・ビジョンを組織に浸透させます。それにより、経営の目的の達成や企業文化の醸成を目指します。
人材育成・組織の生産性の向上
自社の従業員をどのように育成し、どのような組織を目指すかを明確化します。一人ひとりの現在のレベルを確認し、目指す水準、身に付けてほしい能力などの道筋を示すことで、従業員は自身の努力目標を認識できます。
また、組織の人材マネジメント力強化やマネジメント側の成長にもつながります。
人材配置・待遇・報酬の指標
報酬(賞与・昇給)、異動・昇進・昇格などの判断に明確な指標や透明性があれば、従業員が公平感・納得感を持てるため、人材マネジメントを円滑に行うことができます。
従業員のモチベーション向上
従業員が「公平に評価される」「努力の成果が得られる」という安心感を持てることで、仕事へのモチベーションが向上し、成果を出しやすくなります。
人事評価制度の種類
人事評価制度にはさまざまな種類があります。行動・成果・情意・能力など、評価においてどのポイントを重視するかが異なります。
目標管理制度(MBO)
主に「成果」に注目する制度です。MBO(Management by Objectives and Self-control)は、経営学者であるピーター・ドラッカー氏が提唱したマネジメント手法。本来は業務管理や生産性向上を目的としており、人事評価のフレームとしても活用されるようになりました。
組織としての目標・要望と、従業員個人の目標・意向をすり合わせ、目標設定・管理を行います。その目標達成の度合いに応じて自身の成果を評価し、自己マネジメントしていくのが本来の形です。
ただし、日本では会社から目標・要望をトップダウンで与える「ノルマ管理型」で、「自己マネジメント(and Self-control)」の観点が抜けているケースも多く見られます。
目標管理制度(OKR)
MBOを進化させた、「成果」に注目する制度がOKR(Objective and Key Results)です。Objectives(目的)とKey Results(主要な結果)を設定することで、組織や個人が目指したいゴールや達成度合いの測定を明確化するものです。
業務管理や生産性向上というより、会社と従業員が目標を共有し、モチベーション高くチャレンジしていくことが主な目的です。個人の目標をオープンにしており、上司や人事に限らず同僚からも見られるのが特徴的といえるでしょう。
変化のスピードが早い業界・組織や外資系企業などで取り入れられています。
360度評価(多面評価)
「行動」「情意」「能力」を多面的に評価します。一般的な人事評価においては、上司が部下を評価しますが、360度評価は評価対象者の周囲にいる複数の立場の従業員が行います。
つまり、同僚や部下からも日々の仕事ぶりについて評価されることになります。さまざまな視点を取り入れることで、より納得度が高まると期待できます。
コンピテンシー評価
「コンピテンシー」とは、組織が期待する成果を安定的に出す高業績者(ハイパフォーマー)が、共通して持っている行動特性・情意・能力などを指します。それらを分析し、成果に結びつく「行動」「情意」能力」を指標として評価するのが、コンピテンシー評価です。
なお、よくある間違いとして、「行動特性」を評価項目にしてしまうことが挙げられます。高業績につながる行動特性は時代や状況変化に応じて変わり、行動特性の項目が膨大であるためメンテナンスや更新に手間を要し実効性が低くなってしまいます。
そのため、時代や状況によって変わる「行動」ではなく、そのときの状況や課題に応じて最適な行動と判断ができる「動機」(何を軸に行動するか)や、「どのようなことを意識して仕事に取り組んでいるか」などを指標とするのが有効です。つまり、「情意」「能力」を軸に行動を評価することで継続できると言えるでしょう。
バリュー評価
「情意」「行動」を重視する評価です。企業が掲げている「ミッション・ビジョン・バリュー」をベースに、求める人材像や行動規範(バリュー)に基づいて評価を行います。
この評価制度を運用することで、自社が大切にしたい価値観などを従業員に浸透させやすく、一体感を高める効果が期待できます。組織文化を創り、醸成していく目的でも活用されています。また、企業の価値観にマッチしている人材の採用や、定着率の向上にもつながります。
その他の評価
上記に挙げたほか、基礎能力・個人的特性を測るための適性検査、資格試験、技能テスト、昇進試験(課題、面接、試験など)なども評価に使われています。
人事評価制度を運用するメリット
人事評価制度を運用するメリットは、先ほど「人事評価制度の導入目的・役割とは」でも触れたとおり、以下のようなものが挙げられます。
- 企業理念・方針・ビジョンが浸透し、組織文化や一体感の醸成、組織力強化につながる
- 経営陣にとっても、中長期的に目指す姿が明確になる
- どのような人材開発・研修などを行えばよいか、道筋が明確になる
- 人材育成が促進され、組織の生産性の向上につながる
- 現状の把握含め、恒常的に従業員のスキルなどを把握できるため、従業員のスキルアップや適材適所の配置を行えるようになる
- 目標管理制度(MBO/OKR)の導入により、各部門の業績目標も効率的に達成しやすくなる
- 公平性が高いため、従業員の評価に対する満足度や納得度が高まる
- 頑張れば評価されるため、従業員のモチベーションが高まる
- 従業員は身に付けるべき能力やスキル、取るべき行動を理解でき、具体的な目標を持ってキャリア形成を行える
- 上司からフィードバックを受けるなど、コミュニケーションの頻度が高まり、組織全体のコミュニケーション活性化にもつながる
人事評価制度を運用するデメリット
人事評価制度の運用にあたっては、デメリットや注意すべき点もあります。例えば、下記のような弊害が生じることがあるため、対策が必要です。
人材開発の可能性が限定される
評価指標を明確に設定することで、指標から外れた能力や行動が評価されにくくなり、多様性が失われる可能性もあります。同質の人材ばかりにならないよう、制度設計の段階で注意が必要です。
評価以外の業務が停滞する
マネジメント層は、評価の工数が増えることで、他の業務が圧迫されることがあります。特に中小企業などではプレイングマネジャーが多いため、人事評価に手が回らず、不満を抱えるかもしれません。
評価のスパンを短期で設定した場合、メンバー層にも人事評価シートの記入といった作業が増え、負荷がかかります。
評価に不満が発生する可能性がある
いかに公平性の担保を実現した人事評価制度でも、評価される側がどう受け止めるかは主観に左右されるため、不満を感じる従業員も出てくる可能性があります。
また、評価する側との関係性などにも影響を受けることがあるでしょう。評価者も人間ですから、評価エラーを起こさないようなトレーニングが必要です。
導入初期に混乱を招くことがある
導入初期は、制度がうまく機能せず、混乱することもあります。また、評価制度を報酬や昇進・昇格にうまく連動できるとは限りません。評価制度に基づいて高く評価しても、原資不足で報酬を上げられない、昇進させるポストが空いていない、といったケースが見られます。
人事評価制度導入の手順
人事評価制度の導入にあたっては、以下の手順を踏んで進めるとよいでしょう。
1.現状の評価制度の課題を洗い出す
現在運用している人事評価制度がある場合は、従業員へのインタビューやアンケートなどを通じて課題を洗い出します。企業理念や人事ポリシーの方向性と大きな乖離がない場合は微修正を行い、ズレがある場合は評価制度の刷新を検討します。
2.人事理念(人事ポリシー)を策定する
人事評価制度がない場合、あるいは抜本的に作り直す場合は、経営理念・経営計画・ミッション・ビジョン・バリューなどに基づき、人事理念(人事ポリシー)を策定します。
中長期的に必要な人材像を明確にし、現状の人材レベルとのギャップを可視化して、どのような課題があり、どのような評価基準を設けたら目標レベルに到達するかを検討します。
そもそも企業理念やミッション・ビジョン・バリューなどがない場合は、それらを経営陣と共に策定するところから始めましょう。
3.職務内容を把握する
従業員にヒアリングするなどして職務調査を行い、どのような仕事があるかを分析します。それぞれの仕事の手順、難易度、全職務の中での割合、重要度のほか、「今はできていないが、やるべき仕事」も明確化します。
4.グレード(等級)ごとの評価項目を検討する
グレード(等級)を明確化し、それぞれのグレードについて評価項目を設定。グレードに応じて、行動、成果・業績、情意、能力など、どの点にウエイトを置くかを検討します。
5.制度運用の詳細を詰める
システム、評価シート、評価面談の回数や人数、時期など、評価の手順を決めてマニュアルにまとめます。
6.評価制度を従業員に周知する
マネジメント職(評価者)、メンバー層(被評価者)に向け、評価制度の目的・内容を説明します。評価者向けには適切に運用するための研修も実施します。
7.運用開始後、改善・修正をする
運用開始後、従業員へのアンケートやヒアリングを定期的に行い、改善・修正を図ります。
人事評価制度の最新トレンド
人事評価制度は、時代の変化に応じてトレンドが変わっていきます。近年は、ビジネス環境の変化のスピードが早くなっているため、評価スパンを短期化する傾向が強くなってきました。
また、「ノーレイティング評価」(年単位などでの評価をせず、ランク付けもしない評価。リアルタイム評価)が、外資系企業を中心とし、日本国内でも大手企業を中心に導入される事例が増えています。
しかしながら、先進的企業にならって新しい評価方式を導入するだけではなく、上司と部下の良質なコミュニケーションや信頼関係構築に重点を置くことも大切です。
マネジメント層を対象とした、「1on1」や「コーチング」などのコミュニケーションスキルの向上、人事担当者のキャリアコンサルタント資格取得など、従業員のキャリアを支援する側のスキルの向上を図ることで、人事評価制度の本来の目的である「理念の浸透」「従業員の成長」「企業文化の醸成」などの実現につながります。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。