人材流動化が加速してきた近年、「エンプロイアビリティ」が注目されています。自社従業員のエンプロイアビリティ向上に取り組む企業も増えてきました。エンプロイアビリティの定義、注目される理由、種類や要素をはじめ、企業が自社従業員のエンプロイアビリティを向上させることのメリット・デメリット、従業員のエンプロイアビリティの高め方などについて、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
目次
エンプロイアビリティとは
まずは「エンプロイアビリティ」の定義、意味するところを理解しておきましょう。
エンプロイアビリティの意味
「エンプロイアビリティ(employability)」とは「Employ(雇用する)」と「ability(能力)」を組み合わせた経済学用語であり、働く人が企業などに「雇用され得る能力」や働く人の「就業能力」を意味します。
「エンプロイアビリティが高い」ということは、労働市場における価値が高く、転職を検討する際に「転職がしやすい」と言えるでしょう。
エンプロイメンタビリティとの違い
エンプロイアビリティと近い言葉に、「エンプロイメンタビリティ(employmentability)」があります。
これは「企業の雇用能力」を指します。エンプロイアビリティは、「労働市場における個人の価値」を指すのに対し、エンプロイメンタビリティは「働く人から見た企業の価値」を意味しており、「働きたいと思える企業であるかどうか」ということです。
エンプロイアビリティが注目されている理由
エンプロイアビリティが注目されている理由として、「終身雇用」の制度が見直されつつあることが挙げられます。人材の流動化が進み、働く人が「転職」を検討することが一般的になってきました。
2001年、厚生労働省は「エンプロイアビリティの判断基準等に関する調査研究報告書」(※1)を公表しました。そのなかで以下の指摘がされています。
近年、産業構造の変化、技術革新の進展や労働者の就業意識・就業形態の多様化に伴い、労働移動が増大しつつあります。労働者に求められる職業能力として企業内で通用する能力から、企業を超えて通用する能力が問われるようになってきたといえるでしょう。
社会の変化により、個人が仕事や会社を変えることは珍しくなくなりつつあります。そこで、一企業のみで通用する能力だけでなく、さまざまな企業で通用する能力を身に付けることの重要性が増しています。個人は自身の労働市場での価値を高めるため、能力を磨いていこうとする意識が高まっているのです。
(※1)出典: 厚生労働省「エンプロイアビリティの判断基準等に関する調査研究報告書について」(2001年7月)
企業がエンプロイアビリティの向上に取り組む理由
上記のように、働く個人は自身の市場価値を高めるため、能力を磨きたいという志向が強くなっています。そして、それができる環境を提供してくれる職場を求めるようになっています。
つまり、企業にとっては、従業員がエンプロイアビリティを高める支援をすることで、従業員の定着率アップや採用力アップにつながる可能性があります。もちろん、従業員の能力が高まることによって、自社の生産性や競争力も高まるため、企業と働く個人の両方にメリットがあり、好循環を生むことができると期待できるでしょう。
なお、厚生労働省でも、企業が従業員の自律的なキャリア形成を支援することを推奨しており、規範となる取り組みを行っている企業を表彰する「グッドキャリア企業アワード」(※2)を実施しています。
(※2)出典:厚生労働省「グッドキャリア企業アワード」
エンプロイアビリティの種類
エンプロイアビリティには複数の種類があります。それぞれの特徴をご紹介します。
相対的エンプロイアビリティ
「相対的エンプロイアビリティ」とは、労働市場における需給バランス、あるいはテクノロジーの進化など時代の変化に応じて価値が変化し得る能力を指します。
絶対的エンプロイアビリティ
「絶対的エンプロイアビリティ」とは、労働市場のニーズや時代の変化の影響をほとんど受けることなく、市場から求められる能力を指します。AIやロボットでは代替できないような専門的な知識・スキルがこれにあたります。
外的エンプロイアビリティ
「外的エンプロイアビリティ」とは、自社内に限定せず、社外でも求められる能力を指します。外的エンプロイアビリティが高いということは、あらゆる業界・企業で活躍できる可能性があるでしょう。
内的エンプロイアビリティ
「内的エンプロイアビリティ」とは、現在在籍する企業や組織で求められている能力を指します。特定の組織内で高く評価され、長く活躍し続けられる可能性があります。
エンプロイアビリティの要素
エンプロイアビリティには、具体的にどのような要素が含まれているのでしょうか。個人の能力の定義はさまざまですが、ここでは厚生労働省が公開している「エンプロイアビリティチェックシート」(※3)を参考にしてみましょう。
このチェックは、大きく「就職基礎能力(職業人意識)」と「社会人基礎力」に分けられています。それぞれの要素は以下のとおりです。
就職基礎能力(職業人意識)
- 責任感──社会の一員として役割の自覚を持っている
- 向上心・探求心──働くことへの関心や意欲を持ちながら進んで課題を見つけ、レベル UPを目指すことができる
- 職業意識・勤労観──職業や勤労に対する広範な見方・考え方を持ち、意欲や態度等で示すことができる
社会人基礎力
社会人基礎力としては、主に以下が挙げられます。
前に踏み出す力(アクション)
- 主体性──物事に進んで取り組む力
- 働きかけ力──他人に働きかけ巻き込む力
- 実行力──目標を設定し確実に行動する力
考え抜く力 (シンキング)
- 課題発見力──現状を分析し目的や課題を明らかにする力
- 計画力──課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
- 創造力──新しい価値を生み出す力
チームで働く力(チームワーク)
- 発信力──自分の意見をわかりやすく伝える力
- 傾聴力──相手の意見を丁寧に聴く力
- 柔軟性──意見の違いや立場の違いを理解する力
- 状況把握力──自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
- 規律性──社会のルールや人との約束を守る力
- ストレスコントロール力──ストレスの発症源に対応する力
(※3)出典:厚生労働省「エンプロイアビリティチェックシート(総合版)」
従業員のエンプロイアビリティを高めるメリットとは
企業が自社従業員のエンプロイアビリティを高めることによって得られる可能性があるメリットをご紹介します。
メリット
メリットとしては、以下が挙げられます。
従業員の成長が企業の業績向上につながる
個々の従業員がスキルアップ・成長することで、企業組織全体にもプラスの影響がもたらされる可能性があります。例えば、既存業務の効率化や生産性の向上、イノベーション・新規事業の創出などです。
また、組織の中核となるリーダー・マネジメント人材の育成が進むことも期待できます。それにより、組織の競争力向上や業績拡大につながっていくでしょう。
成長意欲が高い人材が集まる
労働者個人(求職者)の目から見て、スキルアップや成長を支援してくれる制度・環境がある企業、自分の市場価値を高められそうな企業は魅力的に感じられるかもしれません。採用活動を行った場合、成長意欲が高い人材から選ばれ、人材獲得の成功につながる可能性があります。
人事評価・配属の判断材料の一つに活用できる
エンプロイアビリティで設定した指標は、人事評価や配属に活用することも可能です。昇進・昇格、あるいは配属・異動を検討する際の判断材料の一つになるでしょう。
デメリット
デメリットとしては、以下が挙げられます。
従業員が転職する可能性が高まる
従業員のエンプロイアビリティを高めるということは、裏を返せば他社でも通用する能力を備えることになります。
その従業員が他社からアプローチされたり、リファラル採用を行っている企業の人から声がかかったりする可能性が高まるでしょう。より労働条件が良い企業、自身が望むキャリア構築が可能な企業に出合った場合、転職に踏み切るかもしれません。
企業としては、従業員が自社への魅力を継続的に感じられるように、「エンプロイメンタビリティ」を高める取り組みが必要といえます。
エンプロイアビリティが高まった従業員に対しては、それに見合った処遇をしなければモチベーションが下がり、離職につながるかもしれません。適正に評価し、報酬に反映する制度整備も重要です。
教育・待遇アップなどのコストがかかる
エンプロイアビリティの向上を図るために、教育・研修プログラムを拡充したり、キャリアカウンセラーによる相談体制を整備したりすると、コストがかかります。
また、能力が高まり、パフォーマンスが向上した社員に対しては昇給などの待遇アップも必要であり、人件費も増える可能性があるでしょう。
とはいえ、従業員の能力が高まれば、売上アップやコスト削減につながる可能性もありますので、「必要な投資」と捉えることも重要です。
従業員のエンプロイアビリティを高めるための方法
従業員のエンプロイアビリティの向上を支援するために、考えられる方法をご紹介します。自社の従業員特性や風土などに応じて取り入れてみてはいかがでしょうか。
人事評価基準に組み込み、報酬還元する
まずは、従業員の意識付けが必要です。自身のエンプロイアビリティ向上が評価アップや報酬での還元につながる仕組みにすることで、能力アップへのモチベーションが高まるでしょう。
キャリア向上につながる研修を提供する
自社の業務遂行に必要な研修だけでなく、例えば「ロジカルシンキング」「プレゼンテーション」など、幅広い業種・職種に活かせるスキルを身に付ける研修プログラムを提供するといいでしょう。
キャリア面談と業務の機会を接続する
従業員が中長期的に活躍できるように、将来的なキャリアを見据えての業務のアサインや成長機会の提供を行いましょう。
上司やキャリアカウンセラーなどとの面談によって個人が希望するキャリアのイメージをつかみ、その実現のために必要な能力を磨く機会を、「業務」と「研修」の両面で設けるといいでしょう。
エンプロイアビリティを高め、組織力を高めよう
エンプロイアビリティとは働く個人のものですが、企業が従業員一人ひとりのエンプロイアビリティの向上を目指すことで、結果的には組織力の強化につながりることも考えられます。労働力不足への懸念から、一般的に人材採用の難易度が年々高まり、人材流出が高まりつつある昨今だからこそ、個人のエンプロイアビリティに注目することが重要です。
一方で、いかにエンプロイアビリティが高い人材を採用するかも課題の一つであり、工夫が必要です。さまざまな採用手法を駆使し、人材獲得へつなげましょう。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。