採用コンプライアンス

近年、社会全体で「コンプライアンス」への意識が高まっています。採用活動においても、コンプライアンスは重視されます。採用コンプライアンスを徹底させる目的、採用選考で問題になるポイント、採用面接でしてはいけない質問、採用コンプライアンス徹底のための対策などについて、弁護士の木野綾子氏監修のもと、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。

採用コンプライアンスとは?

「採用コンプライアンス」とは、企業が採用活動を行うにあたり、法令で定められた規則や社会的な信義則を遵守することを意味します。採用選考を公正に行い、採用に対する企業の姿勢を示すための基本となる取り組みといえるでしょう。

採用コンプライアンスを徹底する目的

近年、採用活動に限らず、世の中全体でコンプライアンス遵守への意識が高まっています。コンプライアンス違反をした企業は厳しく批判され、さらにSNSなどを通じて世に広く知れ渡れば、企業への評価を落とすことにつながります。

採用活動においても、こうしたリスクを回避するため、企業は採用コンプライアンスを徹底する必要があります。その具体的な観点・目的としては、主に以下が挙げられます。

法令遵守

前提として「法令」は必ず守るべきものです。採用活動に関わる法令としては「雇用対策法」「男女雇用機会均等法」「職業安定法」などが該当します。また「個人情報保護法」にも関わるでしょう。

公正な採用選考の実現

厚生労働省では「公正な採用選考の基本」を公表しています。「応募者の基本的人権を尊重すること」「応募者の適性や能力に基づいた基準により行うこと」を基本的な考え方として、公正な採用選考のあり方や採用選考時に配慮すべき事項などを示しています。

参考:厚生労働省ホームページ「公正な採用選考をめざして

そもそもコンプライアンスとは「世の中に存在する法令を遵守したうえで、社会規範に従い、公正で健全な採用(経営)を行う」ことです。法令に限らず、社内規定や社会一般の規範なども含めた概念であるため、「公正な採用選考」を目指すことがコンプライアンス遵守には必要不可欠です。

公正な採用選考のあり方については、厚生労働省が積極的にガイドラインの周知徹底に取り組んでおり、求職者の認知も高まっています。面接でのどのような質問や対応が「就職差別」につながるか、選考を行う企業側がしっかりと理解し、差別を撲滅する対策が必要となっています。

レピュテーションリスクの回避

「レピュテーションリスク」とは、企業の悪評が広がり、企業の価値や信頼の失墜、経営への支障を招くリスクを指します。インターネット・SNSの普及に伴い、レピュテーションリスクに注意を払う企業が増えているようです。

例えば、面接の場で就職差別につながる質問をした場合、質問を受けた応募者がSNSや口コミなどで拡散し、「適切な採用活動をしていない企業」「応募しないほうがいい企業」といったレッテルを貼られる可能性があります。

このように、これまでの採用広報・採用ブランディングなどの成果を挙げられなくなる可能性があるため、リスク回避の対策が不可欠です。上記に示した厚生労働省の「公正な採用選考をめざして」項目に記されている以外にも、近年は「LGBTQ」「ジェンダー平等」への配慮も重要となっています。

例えば、「一家の大黒柱として、家族をどのように養っていこうと考えていますか?」「結婚したら家庭に入る意向はありますか?」などといった入社後の業務遂行に関係のない事項については、公平な採用選考において不適切と言えます。人事担当者だけでなく、面接に関わる全ての従業員に対する周知徹底が必要です。

採用で不適切な6つの質問

面接の場で応募者にする質問で業務遂行能力に関係がないため不適切と考えられるものを6種類を紹介します。

まず「本籍・出生地」に関する質問は、部落差別などを禁止する観点から控える必要があります。

「住居とその環境」「家族構成や家族の職業・地位・収入」「資産」は、応募者の適性・能力を評価する選考には不必要な質問です。本人の努力で解決できない問題を採否決定の基準とすることになり、予断と偏見が働く恐れがあるとされています。

「思想」の質問もNGです。思想・信条や宗教、支持する政党、人生観などは、信教の自由、思想・信条の自由など、憲法で保障されている個人の自由権に属します。それを採用選考に持ち込むことは、基本的人権の侵害につながります。

また、性別を理由(または前提、背景)とした質問は、「男女雇用機会均等法への抵触」という観点で控えるべきものです。面接担当者に悪気はなく、緊張を和らげようとする雑談のなかで聞いてしまうケースが多数見られますので、注意が必要です。

以下、具体的なNG質問例をご紹介します。

1. 本籍に関する質問

  • あなたの本籍地はどこですか
  • あなたのお父さんやお母さんの出身地はどこですか
  • 生まれてから、ずっと現住所に住んでいるのですか
  • ここに来るまでどこにいましたか

2. 住居とその環境に関する質問

  • ○○町の△△はどのへんですか
  • あなたの住んでいる地域は、どんな環境ですか
  • あなたのおうちは国道○○号線(○○駅)のどちら側ですか
  • あなたの自宅付近の略図を書いてください
  • 家の付近の目印となるのは何ですか

3. 家族構成や家族の職業・地位・収入に関する質問

  • あなたのお父さんは、どこの会社に勤めていますか。また役職は何ですか
  • あなたの家の家業は何ですか
  • あなたの家族の職業を言ってください
  • あなたの家族の収入はどれくらいですか
  • あなたの両親は共働きですか
  • あなたの学費は誰が出しましたか
  • あなたの家庭はどんな雰囲気ですか
  • あなたは転校の経験がありますか
  • お父さん(お母さん)がいないようですが、どうしたのですか
  • お父さん(お母さん)は病死ですか。死因(病名)は何ですか
  • お父さんが義父となっていますが、詳しく話してください

4. 資産に関する質問

  • あなたの住んでいる家は一戸建てですか
  • あなたの住んでいる家や土地は持ち家ですか、借家ですか
  • あなたの家の不動産(田畑、山林、土地)はどれくらいありますか

5. 思想・信条、宗教、尊敬する人物、支持政党に関する質問

  • あなたの信条としている言葉は何ですか
  • 学生運動をどう思いますか
  • 家の宗教は何ですか。何宗ですか
  • あなたの家族は、何を信仰していますか
  • あなたは、神や仏を信じる方ですか
  • あなたの家庭は、何党を支持していますか
  • 労働組合をどう思いますか
  • 政治や政党に関心がありますか
  • 尊敬する人物を言ってください
  • あなたは、自分の生き方についてどう考えていますか
  • あなたは、今の社会をどう思いますか
  • 将来、どんな人になりたいと思いますか
  • あなたは、どんな本を愛読していますか
  • 学校外での加入団体を言ってください
  • あなたの家では、何新聞を読んでいますか

6. 男女雇用機会均等法に抵触する質問

  • 結婚や出産後も働き続けようと思っていますか
  • 当社は、女性(または男性)は少なく、また長く働き続けられる仕事ではないが、それでも入社しようと思いますか
  • (男性だけに、または女性だけに)残業は可能ですか、また転勤は可能ですか
    ※労働条件の事前確認のため、応募者全員を対象に質問することを妨げるものではありません
  • スリーサイズはどれくらいですか

(※)出典:就職差別につながるおそれのある不適切な質問の例|大阪労働局 (mhlw.go.jp)

不適切な採用選考の実態

実際、採用選考の現場ではどのような「不適切な質問」が発生しているのでしょうか。

令和4年度にハローワークが把握したデータに注目すると、応募者から寄せられた「本人の適性・能力以外の事項について聞かれた」という指摘のうち、「家族に関すること」の質問がなされたケースが4割近く(37.3%)と最多でした。次いで「思想(11.3%)」「住宅状況(10.6%)」「本籍・出生地(6.2%)」「健康診断(1.6%)」などが挙げられています。なお、この調査は応募者の指摘によるものです。一般的に、「健康診断」は業務遂行に確認が必要な場合は不適切とは見なされないでしょう。

令和4年度にハローワークで把握した802件の内訳

令和4年度にハローワークで把握した802件の内訳

(※)出典:厚生労働省ホームページ「採用選考時に配慮すべき事項

採用コンプライアンスを徹底するための対策

採用コンプライアンスを徹底するための対策について、3つのポイントをご紹介します。

マニュアルへの明文化

採用コンプライアンス遵守のために必要な対応について、採用活動に関わる人すべてが理解・実践できるようにマニュアルを作成します。採用活動を以下の段階に分け、それぞれの対応法や「やってはいけないこと」などについて明文化しましょう。

  • 募集…応募要件や求人広告の記載内容
  • 面接…求職者に確認する内容、質問してはならない内容
  • 選考…採否決定における、法律上不適切な判断基準

定期的な研修の実施

マニュアルが整備されていても、採用に関わる関係者全員が熟知していなければ、無自覚のうちに違反行動をしてしまう可能性があります。定期的に研修を行い、教育を徹底することが重要です。

チェック体制の確立

採用活動を終えた後、チェックを行い、「不適切だった対応」「不適切な対応が生じた原因」を検証し、「再発防止のための対策」を検討しましょう。

不適切な対応に気付いた社内外の人が相談できる窓口を設けておくのも有効策の一つです。問題を把握しやすくなるので、早期に対処できるでしょう。

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この記事の監修者

粟野 友樹(あわの ともき)氏

約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。

この記事の監修者

木野 綾子(きの あやこ)氏

裁判官として東京地裁労働部を含め13年間勤務した後、弁護士に転身(第一東京弁護士会)。現在は虎ノ門エリアで独立開業し、専ら企業側の味方として労働紛争やその予防法務に携わる。社会保険労務士登録もしており、人事労務関係の記事執筆、企業向け各種講演・研修、TV出演など幅広く活躍。