採用担当者が抱える悩みの一つに「採用した人材がなかなか活躍できない・早期に離職してしまう」というものがあります。この課題を解決するために、新卒、中途にかかわらず、新たに入社した社員の受け入れから活躍までのサポートを行う「オンボーディング」を強化する企業が増えています。オンボーディングを実施する目的・メリット、実施プロセス、成功させるポイント、実施事例などについて、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
目次
オンボーディングとは
「オンボーディング」とは、航空機や船に乗り込むことを意味する「on-board(オンボード)」から派生した言葉です。人事用語としては、新たに入社した社員が早く仕事や職場環境に慣れ、活躍できるように支援する取り組みを指します。
オンボーディングが注目されている背景
オンボーディングが注目されている背景として「労働力人口の減少」「人材の流動化」が挙げられます。
近年、労働力人口の減少により人材採用の難易度が上昇。さらには、新卒採用の新入社員の場合は3割が3年以内に離職すると言われています(※1)。終身雇用が崩れたことで、年代問わず転職市場が活発化しています。
※1出典:厚生労働省「新規学卒者の離職状況(令和2年3月卒業者)」令和5年10月発表
(https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00006.html)
そこで、入社した社員の早期即戦力化、定着率のアップが大きな課題となっているのです。時間とコストを投じて採用・教育を行った人材が、活躍できないまま短期間で離職してしまわないように、オンボーディングの重要性が注目されています。
オンボーディングとOJTの違い
一般的な「OJT(On The Job Training)」の主な目的は、実際の仕事を通じて業務知識をキャッチアップし、即戦力として活躍できるようになることです。
一方、「オンボーディング」は、業務内容そのものというより、「組織になじむこと」を重視する意味合いがあります。OJTでは業務遂行に関する指導や情報提供が行われるのに対し、オンボーディングでは組織のルールやカルチャーになじみ、人間関係を築けるようにするサポートも行われます。
オンボーディングを企業が実施する目的・メリット
オンボーディングを実施する目的は企業によって異なりますが、実施することで得られると期待できるメリットについてご紹介します。
新入社員の早期戦力化
オンボーディングにより、入社から早い段階で即戦力化できれば、業績の向上につながります。新入社員本人も「業績に貢献できている」という実感を得ることで、自信を持って意欲的に取り組める可能性があり、定着にもつながるでしょう。
実際、株式会社リクルートが行った「転職者に聞いた転職後実態調査(転職後半年~1年の方対象)」によると、転職後に「いきいきと働くことができている」と回答した人は、「上司が適切な業務支援をしてくれる」「職場の同僚が自分の持ち味を理解してくれている」「周囲と協働できている実感がある」と捉えている傾向が見られました。
出典:株式会社リクルート「転職者に聞いた転職後実態調査(転職後半年~1年の方対象)」(2023年3月実施)
社員の定着率の向上
入社後、早期に離職してしまう大きな要因として「希望とのミスマッチ」が挙げられます。入社前の認識や期待とのギャップを感じると、モチベーションが下がってしまいかねません。また、慣れない環境で相談できる相手がいなければ、孤立感を抱いて不安になるでしょう。
そうしたギャップや不安をオンボーディングによって解消できれば、早期離職を防ぎ、定着率アップにつながる可能性があります。
離職率を低く抑えることは、社外からの評価にもつながるほか、新たな採用活動において安心して応募してもらいやすくなるという点でメリットがあります。
人材育成の促進
オンボーディングが適切になされると、入社者の本来の力が発揮され、周囲から評価されることでモチベーションが高まり、さらに自律的に仕事に取り組めるようになることが期待できます。
チーム力・エンゲージメントの向上
オンボーディング施策は組織全体で取り組むことになるため、社員同士のコミュニケーションが活性化し、人間関係を築きやすくなります。結果、チーム力の向上やエンゲージメントの向上につながる可能性もあります。
採用・研修のコスト削減
入社者に早期離職されてしまうと、その人材を補充するための採用・教育をやり直さなければなりません。オンボーディングによって早期離職を防止できれば、採用活動や研修にかかるコストを抑制することができます。
オンボーディングの実施プロセス
オンボーディングを導入する場合、どのような手順で進めていけばよいか、一般的な例をご紹介します。
目標設定
まず、自社においてオンボーディングを行う目的を明確化しましょう。「どのような知識・スキルを習得してほしいか」「どのように活躍してほしいか」「同僚とどのように連携・協力してほしいか」といったイメージを描きます。
プラン作成
入社後どれくらいの期間でどのレベルまで達してほしいのか、「1週間」「1ヵ月」「3ヵ月」「半年」「1年」など、時間軸で目標を設定し、具体的なプランに落とし込みます。
例えば、「研修」「既存社員とのコミュニケーション促進(食事会・懇親会など)」「上司との1on1」「人事との面談」「目標設定とフィードバック」「メンター制度」などを、「誰が」「何を」「どのタイミングで」「どの程度の期間」行うのかを検討しましょう。
オンボーディングを支援するサービスやツールなどもありますので、自社の状況に応じて活用してもいいでしょう。
関係者との共有
オンボーディングプランについて、入社者の配属先の関係者に共有し、理解を得ておく必要があります。新入社員を受け入れる姿勢、体制を整えてもらいましょう。面談や懇親会などを実施する場合は、スケジュールも調整しておきます。
実践
新入社員が入社したら、オンボーディングプランを実践します。新入社員本人や受け入れ部署とコミュニケーションを取り、課題や要望を把握して臨機応変に調整・変更を行っていきましょう。
特に、目標に対するフィードバックは重要です。例えば、若年層や未経験者を受け入れた場合は、入社直後から1 ヵ月程度の間は、週単位など頻度高く目標設定とフィードバックを繰り返すことが望ましいといえます。
振り返り
定期的に振り返りを行い、作成したオンボーディングプランが意図したとおりに進んでいるかどうかをチェックします。直属の上司、新入社員本人、一緒に働くメンバーまで含めてヒアリングを行い、課題があれば改善策を検討してください。
プランニング・振り返り・アップデートを繰り返していくことで、自社によりフィットするオンボーディングスタイルを築き上げていきましょう。
オンボーディングを成功させるポイント
オンボーディング施策が効果を発揮するために、次のポイントを意識してください。
目標設定は「スモールステップ」を意識する
入社直後から大きな目標を設定すると、過度のプレッシャーを感じる、達成できなかった場合にストレスや居心地の悪さを感じる、などの可能性があります。
若年層や未経験者などの場合、最終目標までの段階を細分化し、比較的達成しやすい目標から始める「スモールステップ」方式をとるといいでしょう。小さな達成感を積み重ねることで、モチベーションを維持しやすいといえます。
また、経験者やリーダークラス以上などは、即戦力性に期待して採用したとしても、早期に成果を求めすぎるとプレッシャーとなり、本来の力を発揮できないこともあります。ある程度、中長期視点で目標設定をするといいでしょう。
現場メンバーとのコミュニケーションをとる
オンボーディングでは、「組織全体で受け入れ体制を作る」ことが大切です。人事担当者・現場の上司・メンバーが目線を合わせ、状況を共有しながら進めましょう。
接する人によって、・入社者で期待することや指導方針などにバラつきが生じないように注意してください。
「相談相手」を複数名用意する
入社当初は、「誰に相談すればいいか分からない」と悩むケースも多いようです。直属の上司や同じチームのメンバーには言いづらいこともあるため、相談できる社員を複数人紹介しておくと安心感を持ってもらえるでしょう。「メンター制度」を活用する方法もあります。
オンボーディングの実施事例
今回は「人材業界」と「「Web・インターネット業界」でのオンボーディングの実施事例をご紹介します。自社のプランニングの際の参考にしてください。
【人材業界の実施事例】「中途同期」が集まり、部門責任者や管理職との会食
中途採用の同期を集め、入社時研修、1ヵ月後・3ヵ月後・1年後の振り返り会(食事会含む)を実施。日常でも同期同士がコミュニケーションをとりやすいよう、チャットツールでチャンネルを設定。同期のつながりを深めることで、社内の人間構築、悩みの共有ができるようにしました。
また、入社1ヵ月以内に部門責任者+複数名の管理職とランチミーティングを設定。担当業務に本格的に入る前段階で、役割や期待値について目線を合わせるほか、普段の業務では接点が少ない管理職陣との縦・斜めの関係構築を図りました。
【Web・インターネット業界の実施事例】企業理解を深める冊子作成、経営者との食事会、イベントの企画・運営
創業時からの事業展開、経営状況の変遷、成功・失敗、危機など、企業のストーリーをまとめた冊子を作成し、新入社員に配布。加えて、経営者との食事会も設定し、会社の歩みや想いなどをリアルに経営者から直接伝えることで会社理解を深めました。
ほかには、BBQ大会・スポーツ大会などの社内イベント、ユーザー向けイベントの企画・運営に新たに入社した社員も参加。他部署の人との交流を通じて社内人脈を築いたり、新たな入社者の人となりを早いタイミングで組織内に周知したりする効果を狙ったものです。
オンボーディングを成功へと導くためには入社者の意向を正しく把握することが大切
オンボーディングを適切に行うためには、前提として新たに入社する社員が期待していること、入社後に目指していること、抱いている不安などを把握する必要があります。
面接では言えなかったこともあるかもしれませんので、内定後に入社を控えての思いを聴く面談を設けてもいいでしょう。本人、人事、配属先の上司・メンバーと、関わる人すべてが内容を共有するとよいでしょう。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。