
採用目標を立てて募集を開始するにあたり、最初の課題となるのが「母集団形成」です。この段階で方向性を誤ると、採用効率が落ちるばかりか、採用目標の達成も難しくなる可能性があります。母集団形成の重要性、適切な母集団形成を行うメリット、各種手法の活用法、母集団形成のステップ、課題と解決策などについて、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
母集団形成とは
採用活動における「母集団」とは、「自社への応募者の集団」「採用候補者の集団」を意味します。「母集団形成」とは、応募者を獲得する活動です。 しかし、ただ人数を集めれば良いわけではありません。自社の採用ターゲットにマッチする応募者を集めることが、「母集団形成」の目的であるといえます。 「量」と「質」、いずれかに偏りすぎると計画通りに進みにくくなります。多くの応募が集まったものの、ターゲット層とずれていて採用に至らなければ、選考に費やした時間とパワーがムダになってしまうかもしれません。。逆に、質を高めることにこだわりすぎると、要件を満たす人が少なく応募も集まりにくくなるでしょう。「量」と「質」の双方のバランスをとることが大切です。
母集団形成の重要性が高まってきた理由
近年、母集団形成の重要性が高まっている理由として、以下が考えられます。
企業の人材獲得競争の激化
内閣府の調査(※1)によると、日本の生産年齢人口(15~64歳)は平成7年に8,716万人でピークを迎え、その後減少に転じ、令和5年には7,395万人と、総人口の59.5%となりました。こうした背景から、従来と同じように募集を行っても、以前のように応募が集まりにくいというケースが多く見られます。 採用競争が激しくなる中、ただ応募を待つだけでなく、自ら積極的に動いて求職者にアプローチして応募を喚起する必要性が高まっています。
(※1)「令和6年版 高齢社会白書(内閣府)」(https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2024/zenbun/pdf/1s1s_01.pdf)
転職市場の活性化
近年、あらゆる業種・規模の企業で、DX(デジタルトランスフォーメーション)などの事業変革に取り組む動きが活発化しています。各社は新たな取り組みをけん引する人材を求め、採用を強化しています。 一方、働く個人も、「終身雇用」が当たり前ではなくなってきていることから、自身でキャリアを構築するために転職を検討するケースが増えており、転職市場が活発化しています。 総務省が2023年12月に発表した調査(※2)では、就業者のうち転職者は325万⼈と、1年前に比べて12万人増加。また、転職等希望者は1035万人で、78万⼈増加(2013年調査結果から過去最高)したという結果が報告されています。
(※2)総務省統計局ホームページ(https://www.stat.go.jp/info/kenkyu/roudou/r5/pdf/21siryou4.pdf)
以前の人材募集は、「求人サイトに募集広告を出稿」「転職エージェントに依頼して人材紹介を受ける」といったスタイルが主流でしたが、スカウトサービスやSNSを活用するなど、採用手法が広がってきました。求職者も多様な方法で採用情報の収集を行っているため、企業はターゲット人材の動きをつかみながら募集活動を幅広く展開していく必要があるといえるでしょう。
母集団形成のメリット
母集団形成を適切に行うメリットとしては、次のポイントが挙げられます。
計画的に採用活動ができる
母集団形成を意識しないまま募集を始めると、「応募が来たら随時対応」という進め方となり、採用活動期間が想定より長引く可能性があります。母集団形成を行うことで、事前に立てた採用スケジュールのとおり、計画的に採用活動を進めやすくなるでしょう。
採用活動を最適化できる
採用ターゲットに合わない応募者が多く集まると、「書類選考や面接に時間とパワーをかけたが、採用に至らない」という結果を招きがちです。採用ターゲットにマッチした母集団形成を行うことで、選考通過率が高まれば、採用活動の効率化につながるでしょう。
採用コストを軽減できる
母集団形成の工夫によって採用活動を効率化できれば、採用に関わる人員・採用業務の工数・採用コストなどの削減につながる効果も期待できます。
自社にマッチした人材を採用できる
採用ターゲットを明確化して母集団形成を行えば、その中からより自社にマッチする人材を絞り込み、求める人材の採用を達成できる可能性が高まります。入社後のミスマッチも起こりにくくなり、定着につながりやすくなるでしょう。
事業の生産性向上や成長につながる
母集団形成を適切に行われたことで、自社にマッチした人材や自社に必要な経験・スキルを持つ人材の採用に至った場合、その人材が早期に活躍し、事業の生産性向上や成長につながることが期待できます。
母集団形成の方法・ツールと活用ポイント
母集団形成には、さまざまな手法があります。13種類の方法について、それぞれの特徴をご紹介します。
ハローワーク(公共職業安定所)
国が運営する総合的雇用サービス機関であり、無料で求人情報を公開できます。各都道府県に設置されていることから、「○○地域に住む人を採用したい」など、地域を特定した採用に適しています。
自社ホームページ・オウンドメディア
自社ホームページ内に採用情報ページを設けるほか、採用専門サイト・ブログ・SNSなどの「オウンドメディア(自社が保有・運営するメディア)」を通じて募集を行います。 掲載できる情報内容・量に制限がある求人サイトなどと比較し、自由な内容・表現方法で自社の魅力を発信できるため、「自社らしさ」が伝わりやすく、社風にマッチした人材が集まりやすいと期待できます。 ただし、転職潜在層や自社を知らない採用ターゲットの目に留まりにくいため、他の募集方法と組み合わせて活用すると良いでしょう。
求人誌
求人誌に求人広告を掲載します。求人の紙媒体は地域限定のものが多く、地元人材の採用に適している場合が多いようです。ただし、インターネットでの求人検索が一般的になっているため、多くの応募者は集めにくいと考えられます。
転職サイト
転職サイトに求人情報を掲載し、サイトの登録者からの応募を待ちます。多様な業種・職種の求人が揃う「総合型転職サイト」と、業界・職種・特定領域の求人を専門的に扱う「特化型転職サイト」があります。 未経験者も対象とした大量採用を行う場合は、閲覧者数が多い「総合型」が適しているでしょう。一方、特定の経験・スキルを持つ人材を少数採用したい場合は「特化型」を利用、あるいは「総合型」と併用するのが有効といえそうです。
求人検索エンジン
「求人検索エンジン」とは、求人情報に特化した検索エンジンです。求職者が入力したキーワード(業種・職種・勤務地・希望条件など)に合致する求人情報が検索結果に表示される仕組みになっています。無料掲載できる場合もあり、サービスを利用しやすい一方、多くの求人に埋もれてしまう可能性があるため、キーワードの工夫が必要になるでしょう。
有料プランを選択し検索画面の上位に求人票を表示させる方法もあります。
人材紹介(転職エージェント)
人材紹介(転職エージェント)は、求める人材の要件を伝えておけば、マッチする人材の紹介を受けられ、採用に至れば成功報酬を支払う仕組みです。 自社にマッチするかどうかを判断する「一次スクリーニング」の役割を任せられるため、効率的な母集団形成ができるでしょう。 「転職サイト」と同様、「総合型」と「特化型」がありますので、採用ポジションごとに使い分けることをおすすめします。
技術勉強会や著名人セミナーなどのイベント
技術勉強会や著名人によるセミナーといったイベントでは、他の参加者と交流する時間が設けられることも多くあります。エンジニアなど、採用競争が激しい職種の人との出会う機会として活用できるでしょう。 転職を考えていない人でも、交流を通じて自社に興味を持ってもらえれば、応募につながるかもしれません。
スカウトサービス
転職サイトのデータベースに登録している人材に対し、自社から直接スカウトする方法です。公開されている経歴や希望条件を確認し、自社が求める要件にマッチしている人材を選定した上でアプローチすることができます。
ヘッドハンティング
ヘッドハンターに依頼し、自社が求める人材のサーチとアプローチを代行してもらう手法です。経営幹部など、ハイクラス層の人材採用で使われるケースが多く見られます。
ソーシャルリクルーティング
SNSで自社の情報を発信し、「ファン」になってもらうことで応募を喚起する手法です。転職を考えていない人も含め、幅広い人材にアプローチでき、自社とマッチ度の高い人材をターゲットとした情報発信ができるというメリットがあります。
会社説明会(転職希望者向け)・転職イベント
合同説明会や転職フェアに出展する、あるいは独自で会社説明会を開催します。複数社が集まる転職イベントに参加することで、自社を知らない求職者とも接点が生まれ、アプローチのチャンスを得ることができます。
リファラル採用
自社社員が、自身の友人・知人を採用者候補として紹介する方法です。大量採用は難しいものの、社員が「自社に合う」と判断した人に声をかけるため、ミスマッチが起こりにくいと考えられます。
ミートアップ
入社を検討している人を自社に招待し、社内見学や社員との交流の機会を提供。入社意欲を高めてもらう手法です。ただし、「イベント」としての要素が強く、自社への理解は深まっても、応募につながるとは限りません。
アルムナイ採用
自社を「卒業した人(アルムナイ)」を再度雇用する方法もあります。自社での勤務経験があるため「即戦力」を獲得できるのがメリットです。退職後、関係を継続しておくことが重要です。
母集団形成のステップ
母集団形成は、どのような手順で進めていくのかをご紹介します。
採用計画・目標を立てる
事業戦略に基づいて人員計画を立て、採用が必要な職種・ポジション・人数を設定します。いつまでに採用を完了する必要があるのか、目標時期を設定し、スケジュールを立てましょう。また、採用予算も確保しておきます。
採用ターゲットを設定する
採用ターゲットを明確にするために、まずは採用ポジションに必要な経験・スキルを定義します。それだけにとどまらず、「このような志向・価値観を持っている人」「このようなスタンス・マインドで仕事に取り組める人」など、人物像のイメージも描いておきましょう。
最適な手法を選択する
求める人材に自社の求人情報を届けるために、どのような媒体やツールが適しているのか、採用手法を検討します。それぞれメリット・デメリットがあるので、自社に合う手法を選択しましょう。 例えば、若手未経験者の大型採用であれば「転職サイト」や「SNS」、専門職やハイクラス層であれば「領域特化型の転職エージェント」「スカウトサービス」「ヘッドハンティング」などのように、求める人材の母集団形成にマッチした手法を選ぶようにします。
社内の体制を構築する
採用部署の責任者や採用活動を担当するメンバーと、採用方針や選考基準などについて共有します。求人情報で発信していることと面接で話すことにギャップが生じないように、また、面接担当者の主観で評価することのないように、目線合わせをしておくことが大切です。
母集団となる人材の募集をする
求人を公開し、応募の受付を行います。採用活動を進めていく中で、応募者が、当初の狙いから外れていないかを検証しましょう。想定とギャップが生じていれば、採用手法・媒体の変更、募集要件の見直し、発信するメッセージの内容の変更など、調整を図りましょう。
振り返りを行う
採用を終えたら、活動を振り返って、手法・媒体ごとの母集団形成の成果、書類選考・面接通過率などを検証します。例えば、「この媒体経由では○名の母集団形成ができ、うち○名が内定」「この媒体経由での応募者は内定辞退率が○%」というように、結果を数値で確認します。その繰り返しにより、課題や相場観をつかめれば、以降の採用活動計画に活かしやすくなります。
母集団形成における課題と解決策
母集団形成のプロセスで生じがちな課題と解決策をお伝えします。
ターゲットとなる人材の母集団がいない
母集団はそれなりに集まっても、その中にターゲット人材がいない・少ないといったこともあります。 先にもお伝えしたとおり、採用手法は多様化しています。1~2つの手法で母集団が集まらない場合は、より採用ターゲットに合わせた手法に変更する、あるいは採用手法を複数併用することを検討してみましょう。
また、応募条件を細かく設定しすぎていると、該当する求職者の数が限られ、応募者の獲得が難しくなります。一つひとつの条件について「必須」「あれば尚可」を整理することが大切です。採用部門の責任者と相談し、「○○経験は必須だが、△△経験は既存メンバーがサポートするのでなくても良い」「○○スキルは必須だが、△△スキルは入社後のキャッチアップで可」など、条件を緩和することで応募者数を増やせる可能性があります。
加えて、求める人材レベルに見合う給与水準・待遇であるかどうか、相場と照らし合わせて見直す必要もあるでしょう。
企業や事業の魅力が伝わらず、母集団が集まらない
母集団が集まらない原因の一つに、「自社の魅力が伝わっていない」ことが挙げられます。 自社が求めているターゲット人材は、転職や仕事選びにおいてどのようなポイントを重視しているのかを意識することが大切です。自社の同職種の人にヒアリングしたり、転職エージェントから情報を得たりして、ターゲット人材に響く可能性が高い情報を発信しましょう。 アピール材料となり得るポイントの一例をご紹介します。
- 会社・事業の成長率
- 商品・サービスの業界シェア
- プロダクトの先進性
- 裁量権の大きさ
- 昇進スピード
- 人事評価制度
- キャリアパスの多様性
- 一緒に働く上司や同僚の経歴
- 副業が可能
- リモートワーク・フレックスタイム制など柔軟な働き方の制度
- 育児と仕事の両立支援
企業の魅力を伝えるブランディングが上手くいかない
求人情報で自社の魅力を伝える場合、前提として「採用ブランディング」を行うことが重要です。採用ブランディングとは、求人市場における自社のブランド力の向上を目指す活動です。求職者に「面白い仕事、価値ある仕事ができる」「楽しく働けそう」などと感じてもらえるように、自社の特徴や魅力を明確化します。
自社の理念、パーパス、ビジョン・ミッション・バリュー、事業戦略、商品・サービスの強み、組織体制、風土・文化、ワークスタイルなど、さまざまな観点から、自社の採用ターゲット人材にとって魅力的に映る要素を整理してみましょう。
ブランディングを行う際には、採用競合となる他社が発信している情報を研究し、差別化できるポイントを探りましょう。そして、打ち出したいブランドイメージを明確化したら、社内に周知することも大切です。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。
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