2015年5月23日(土)、ジョンソン株式会社代表取締役社長、鷲津雅広氏による「ビジネスの本質に迫る経営者目線でのマーケティング」について学ぶセミナーが開催されました。ジョンソンにおけるこれまでの商品実例をもとに、経営者の視点から「どのような思考プロセス」で、「具体的にはどういうアクションを取るのか」などについて、レクチャーとケーススタディ形式で学ぶというもの。当日は、300名超もの応募者の中から抽選で選ばれた、26名のビジネスパーソンが参加し、皆さん前のめりで鷲津氏の話に聞き入っていました。セミナー後 のアンケートや懇談会では「具体的な事例を挙げていただき納得感があった」「経営トップのマーケティングに対する考え方が直接聞けるチャンスは大変有意義だった」「グループディスカッションでの他の参加者との議論が面白かった」などの声が挙がり、大変満足度の高いセミナーとなりました。
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2015年5月23日(土)、ジョンソン株式会社代表取締役社長、鷲津雅広氏による「ビジネスの本質に迫る経営者目線でのマーケティング」について学ぶセミナーが開催されました。ジョンソンにおけるこれまでの商品実例をもとに、経営者の視点から「どのような思考プロセス」で、「具体的にはどういうアクションを取るのか」などについて、レクチャーとケーススタディ形式で学ぶというもの。当日は、300名超もの応募者の中から抽選で選ばれた、26名のビジネスパーソンが参加し、皆さん前のめりで鷲津氏の話に聞き入っていました。セミナー後 のアンケートや懇談会では「具体的な事例を挙げていただき納得感があった」「経営トップのマーケティングに対する考え方が直接聞けるチャンスは大変有意義だった」「グループディスカッションでの他の参加者との議論が面白かった」などの声が挙がり、大変満足度の高いセミナーとなりました。
大切なのは「Different(差別化)」と「Relevant(共感性)」
ジョンソン株式会社は、カビ取り剤「カビキラー」やトイレ用洗剤「スクラビングバブル」、消臭芳香剤「グレード」など、一般家庭用消費財の製品ブランドを数多く展開しているグローバル企業。どれも日本において長く愛されている商品であり、なじみ深いと感じる人も多いでしょう。
鷲津氏は、新卒で入社したプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社でマーケティング経験を積み、1995年ジョンソンにマーケティングディレクターとして入社。SCジョンソン社の米国本社において、アジアパシフィックのマーケティングディレクターとしても活躍するなど、長くマーケティング畑を歩んできました。2005年に社長に就任した後も、経営者視点でマーケティングを行い、数々の商品をヒットに導いています。
そんな鷲津氏が、マーケティングにおいて大事にしているのは「Different」「Relevant」という2つの視点。すなわち、他の商品と“差別化”できていて、かつ消費者の“共感性”があるかどうか。鷲津氏が社長に就任した2005年、売上、利益ともに苦戦を強いられていましたが、この2つの視点で商品の打ち出し方を考え、業績回復を実現したといいます。この視点の重要性について、2つの事例を通して語っていただきました。
CASE1:「シャット 流せるトイレブラシ」の場合
私が社長に就任した時、当社は売上、利益ともマイナストレンドにありました。この状況を何とか打破して、業績を回復させるのが私の使命でした。
利益を増やす方法はさまざまありますが、一番簡単なのは「売上を上げること」。そして売上を上げる方法は、「マーケットシェアを上げる」「マーケット自体を拡大する」そして「未参入の分野に新規参入する」の3つに集約されると思います。
以上を踏まえて、1つ目の事例をご紹介します。「トイレクリーナー」は非常に大きなカテゴリーですが、当時の当社のシェアは1%程度。なんとかこの分野で勝負して、「マーケットシェアを上げる」ことができないか?と考えました。
当時、発売されたばかりの商品に、「シャット 流せるトイレブラシ」というものがありました。ハンドルと、洗剤成分を染み込ませた使い捨てできる紙のブラシで構成されたもので、掃除後はブラシ部分をそのまま流して捨てられます。
前述の「2つの視点」で見れば、流せる使い捨てのトイレブラシは今までにないものであり、差別化(Different)は十分できています。しかも、既存のトイレブラシは不衛生であるという認識は誰もが持っており、清潔を保てる使い捨てブラシは共感性(Relevant)もあるに違いない。そこで、「使い捨て」「清潔」を前面に推し出したCMを展開しました。
しかし、一向にシェアが伸ばせない。2つの視点はクリアしているのに、なぜだろう?と、改めてカスタマー調査をかけてみたところ、「使い捨てで清潔なのはいいが、それだけでは今使っているトイレブラシから変えようとは思わない」という声が挙がってきたのです。一番のネックになっていたのは、紙ブラシであるという点。今までナイロン製などのブラシでゴシゴシこすっていたので、「紙ではキレイにならない」という印象が強かったのです。また、使い捨てだけに、通常のトイレブラシよりは割高感があるとの結果でした。つまり、差別化は図れていたものの、クリーニング能力に対して共感性を得られていなかったのです。
これを機に、「Different」「Relevant」ともに、それぞれ2つの局面があるとわかりました。単に「他と違う」だけではだめで、①この商品を使う必然的理由や満たされないニーズにおいて差別化できている、②見た目も差別化されている(いくら性能が良くても見た目が同じでは試す気にならない)の2項目が満たされて初めて「Different」なのだと。
また、Relevantにおいても、①そのカテゴリーに求められる便益に合致している、②的外れな差別化になっていない、の2項目が満たされる必要があると気付かされました。
以上4項目で、改めて考えてみると、「Different」においては清潔というニーズによる差別化、見た目の差別化はできていて、「Relevant」においても使い捨てブラシという便益は共感性がある。ただ最後の1項目の「的外れな差別化になっていない」から外れていたのではないかと結論付けました。つまり、清潔、使い捨てをアピールするのではなく、消費者の不安点である「クリーニング能力」をアピールしていなかったから、売上につながりにくかったのではないかと。
トイレ掃除の不満に、「ふち裏の汚れには、トイレブラシは届かない」というものがありました。この満たされていないニーズにフォーカスし、「紙ブラシならば、奥までしっかり届く」ことをアピールしたCMを展開したところ、大反響。同じタイミングで、ブラシの表面にデコボコを入れ、「洗浄力をより高めてくれそう」というイメージ付けも行いました。また、「価格が高い」という声に対しては、お試しパックを用意し、初期投資のハードルを下げて対応し、シェアを急速に伸ばすことに成功したのです。その後10年間、TVCMは打っていませんが、ずっと当時のシェアを維持。当社の主力製品として、支持され続けています。
CASE2:「トイレスタンプクリーナー」の場合
2つ目は、トイレ用洗浄・芳香剤という「未参入の分野に新規参入」して売上拡大を狙った事例です。ヨーロッパでは、便器のフチにケージ型の洗浄剤を引っ掛けるタイプが主流。しかし、1カ月1度は中身の洗浄剤を交換しなければならず、その都度「汚い、触りたくない」という不満が発生していました。
そこでジョンソン社が発売したのが、「フレッシュディスク」。スティック状の洗浄剤で、便器の中に直接スタンプすることで洗浄できます。ケージ型に比べて手を汚さず、かつ清潔な状態が長く保てるので、大ヒットしました。「これをぜひ、日本市場にも投入すべきだ」と本社に言われ続けていたのです。
ただ、日本市場においてこの分野は、同業他社の「置くだけタイプ」のものが圧倒的シェアを誇っています。スタンプタイプの洗浄剤は、「Relevant」(共感性)は満たしているものの、「この商品を使う必然的理由や満たされないニーズにおいて差別化できている」とは言えず、強力な競合商品に太刀打ちできるとは思えませんでした。
ただ、欧州におけるこの「フレッシュディスク」の反響は予想を大きく上回るもので、「気休めじゃなく、本当にきれいになった」「きれいな状態が長続きする」との声がたくさん寄せられました。ここまで支持される理由は何なのか、改めて研究開発部門で調べたところ、“マラゴニー効果”と呼ばれる、「水が流れた後も、濡れている便器の表面に沿って、洗浄・防汚成分が全体に広がる」効果があることが分かりました。開発時にこの効果を狙ったわけではなく、たまたま処方された成分にこの機能があったのです。
この商品に欠けていると思っていた、「Different」の項目の1つ「この商品を使う必然的理由や満たされないニーズにおいて差別化できている」が、マラゴニー効果のアピールでクリアできると覆いました。欧州で発売されている処方はそのままに、商品名をわかりやすく「トイレスタンプクリーナー」に変更し、「トイレのキレイを長続きさせる」という切り口で2011年に打ち出したところ、大ヒット。2014年時点での市場シェアは約13%で、現在もまだ伸び続けています。
これらの事例から、マーケティングにおける「Different(差別化)」と「共感性(Relevant)」がいかに重要か、お分かりいただけたと思います。この2つがうまくはまった時に、成長する商品、サービスになるのです。
まずは、既存商品、競合商品に比べて、この商品は何が違うのか?と、とことん考えてみてください。何らかの発見や、工夫のポイントがきっと見えてくるはず。それこそが成功の第一歩になるのです。
市場投入すべき商品はどれか――参加者によるワークショップ
2つの事例を基にした、鷲津氏のマネジメント思考とアクションをレクチャーいただいた後は、参加者を6チームに分けワークショップが行われました。
テーマは、ある分野の商品を日本市場で展開する場合、他国ですでにヒットしている4商品のうち、どれを投入するか、というもの。提示された候補となる商品一つひとつを様々な面から検証、チームでディスカッションを行い「どの商品を投入すれば成功する可能性が高いか」を決めて、チーム毎にプレゼンテーションを行いました。
参加者の中には、マーケティング職に就いている方も多く、各チームとも熱いディスカッションが繰り広げられました。業界が違えば、発想も変わるため、刺激を受けた人も多かったようです。結果、6チーム6様のアプローチとなり、鷲津氏からもさらに深堀するための質問や、考え方のアドバイスをするなど、それぞれに対してのフィードバックが行われました。セミナー終了後の参加者アンケートでは、「ワークショップに参加したことでケーススタディの理解がより深まった」「(鷲津氏からの)的確なフィードバックや考え方のアドバイスが役に立った」という声も多数いただきました。
参加者による質疑応答
セミナー終了後、参加者からの質疑応答の時間が設けられました。現役企業トップからの解答が直接聞ける場とあって、積極的な質疑応答がなされました。
Q. ジョンソンに転職して、初めから社長を目指していたのですか?また、社長に就任されてから10年とのことですが、長く社長業を続ける秘訣はありますか?
A. なりたいと思ったことはありますが、そもそも計画性がある人間ではないので、「こうすれば社長になれる」なんて考えたことはありませんでした。与えられたポジションで、最大限の努力を続けていたら、たまたま見て下さっていた人がいて、いい役回りがどんどん回ってきて、たまたまこうなったのだと思っています。どんな環境に行っても、全力を尽くしてやり倒すのが大事だと私は思います。前職時代には、厳しい部署ばかり経験しました。買収した新規事業に一人で行かされたり、不況部門の全面リニューアルを任されたり。でも、業績が悪い部署、うまくいっていない部署に配属されたら大チャンスです。何ができるか考え、全力を尽くせば必ず道は開けますし、学ぶことも非常に多いですからね。もしも選べるチャンスがあるならば、うまくいっていない部署、誰もが行きたくないと思う部署を選ぶと成長が早いですよ。それに、普通の部署で成果を挙げるよりも、より高く評価されるでしょう。もしもうまくいかなくても「あの部署ならばしょうがないか」と思ってもらえますしね(笑)。
Q. ジョンソン社では、長年携わってきたマーケティング部門から、セールス部門への移動を経験されていますが、カルチャーショックはありませんでしたか?
A. マーケティングディレクターとして入社した後、セールスディレクターを4年ぐらいやりました。営業が一番きつい仕事だと痛感しましたね。営業が売りやすいと思うもの、そして営業に勧められた顧客が「買って良かった」と思えるものを作らないと会社は成長しないのだと学びましたね。カルチャーショックはありませんでしたが、現場を経験することで、消費者の期待に応えるものを生み出すのがなにより大事だと実感できました。営業経験を積んでからマーケティングをやったら最強だと思いますね。