「机のこちら側から向こう側」への転職の叶え方

キャリアカーバー(現リクルートダイレクトスカウト)での転職ご相談者の皆さんの中にも、現在はベンダー会社、コンサルティング会社などのソリューション提供者側企業にいらっしゃり、「ぜひ次は事業会社サイド(=クライアント側)に移りたい」とご希望の方々も多くいらっしゃいます。
今回はこの「机のこちら側から向こう側」への転職可能性、叶え方について見てみましょう。

最初に、そもそもの、少し厳しい話から。

キャリアカーバーユーザーの皆様は、多くが30代以上のミドル・シニアクラスの方々です。皆さんからの転職応募を受け付ける事業会社は、皆さんにリーダー・マネジャー以上の期待をします。その場合、皆さんがいくらサービス提供者側の技術力や専門性を身につけたからといって、これまで発注を受けてワークする側にいた人を、発注元となる自社側の部門・部署の責任者として採用するには、相対する側の職務経験が乏し過ぎるのが現実です。

それでもキャリアチェンジを実現される方も少なからず存在します。私はこのパターンの転職もこれまで多くご支援してきました。代表的な職種について成功できる場合のポイントを挙げてみたいと思います。

「広告代理店」から「企業の宣伝部・マーケティング部」へ。広告の売り手のゴールと買い手のゴールの違い。

広告代理店での成功とは、クライアントからいかに大きな広告予算を獲得するか、です。代理店で活躍してこられたあなたは、職務経歴書に「**社に、これこれの宣伝プロモーションを提案し、****万円、*億円の受注を果たした」と記載するでしょう。
しかし一方で、企業の宣伝部からすれば、最も重要なのはいかにコスト効率よく、どれくらい効果的なプロモーションが実施できたかということに尽きます。この時点でセールスポイントが真逆なことを理解頂けるでしょう。

広告代理店から事業会社の宣伝部、マーケティング部への転身をご希望される方々の多くの職務経歴書には、「これまで担当してきたプロモーションやキャンペーンの中身がどのようなもので(どのようなカスタマーインサイトに基づいた戦略で)、どのような実施での工夫や苦労があり、実施の結果、カスタマー(クライアントのお客様)がどれくらいそれにより動いたのか(売れたのか、注目されたのかなど)」ということについての記述がありません。これでは到底、事業会社の宣伝・マーケティング責任者のポジションの選考は通過しようがありません。

広告獲得予算額(の大きさ)ではなく、どのように(コストも含めて)効率的・効果的な広告宣伝プロモーションを提案・実施したのか。そのクライアント側での成果、成功はどうだったのか。この部分に徹してファクトベースでPRできるレジュメ、面接での話を用意できる方だけが、「広告代理店」から「企業の宣伝部・マーケティング部」への転身を実現するのです。

「SIer」から「企業の情報システム部門」へ。どのようなシステムを組むか vs どのようなシステムが必要か。

これも構造は「広告代理店」から「企業の宣伝部・マーケティング部」への転身のケースと似ています。
SIベンダーにとっては、どれだけ開発人月が大きい案件を受託するか、どれだけ大きな発注額を獲得したかがトラックレコード(実績)となります。
対して、発注元の企業の情報システム部門からすれば、どれだけ工数を少なく開発コストを抑えて必要なシステムを開発できるか、運用コストを抑えて運用ができるかがトラックレコードな訳で、評価軸が全く逆なのです。

このことを理解し、レジュメに実績記載ができるか。
そもそも現職と、新天地候補のクライアント側の事業会社では、あなたの業績の評価のされ方はある意味真逆になる訳で、この相反する利害関係をあなたが超えられるのか。望ましくは今すでにSIerにいながら「事業会社からみて価値ある、成果として評価できる」プロジェクトワークをしているのか否かが問われます。

もちろん、昨今はクライアントファーストで顧客にとっての価値があるシステムの提供、顧客の課題解決を果たすシステム提案でなければ、おいそれと導入決定されませんから、クリアされていらっしゃる方も以前に比べれば増えています。
クライアントのシステム課題を踏まえ、どのようなシステムを組みそれを解決するか、またシステムコストも抑制・削減するか。更に、クライアントの事業課題や組織課題を捉えて、どのようなシステムが必要かを描けるならば、あなたの事業会社でのシステム責任者としての展望は明るいものとなります。
あとはあなたが、上記のような、机のこちら側と向こう側からとの見方の違いをしっかり理解し表現できるかどうかですね。

「銀行」「会計・税理士事務所」から「企業の経理財務部門」へ。財務三表の作成作業ができることと、事業・経営として財務三表を読んで使えることは全く別物。

銀行や会計・税理士事務所にいらっしゃる方々自身がよく自覚されていらっしゃると思いますが、行員の皆さんが見ている融資先企業の数字、会計・税理士事務所員の皆さんが触っているクライアント企業の数字と、企業の経理財務部門の人間が(特にマネジメントの人が)捉え動かすべきものとは、全く異なるものです。
ですから、基本的にこの両者の間に通常の職務上での橋渡しは存在ない、と思うべきでしょう。
個別特例的に、転職先企業で財務強化・資金調達でのニーズが強くある場合、その特化した部分で銀行側の判断の仕方や手順を熟している行員が乞われるケースがあります。

銀行、その他金融機関で、自行・自社の経理財務部にいた。組織型の大手会計・税理士事務所で自社の経理財務業務を担当してきた、ということがある場合、ここに橋がかかります。あるいは経営企画関連部署での経験を積んだ、営業で法人セールスでの現場実績や人脈、営業チームのマネジメント経験を積んだなどでの生かし口がある人が、事業会社への転身を実現します。
独立系のオーナー中堅中小企業が、天下りでないケースでも銀行出身者のシニアを御番頭候補で受け入れてくださることもありますが、そうした機会に巡り会えたら心底感謝して、年齢が幾つであってもその会社で与えられた肩書きがなんであっても、謙虚に新人に戻ったつもりで現場に入りその会社のことを徹底的に学びましょう。それまでのプライドが捨てられない人は絶対に入社後失敗します。

「戦略ファーム」から「企業の経営幹部」へ。戦略ペーパーと人・組織を実際に動かす戦略実行は、使う筋肉が全く異なる。

戦略ファームでビッグプロジェクトを手掛け、ディレクターやパートナーに昇進。そこから転じて事業会社の経営幹部、経営者へ。プロ型の経営者を目指す方々の王道路線の一つであり花形キャリアですね。2000年以降、この20年近くでこのキャリアを通過してきた経営者もだいぶ増えてきました。(我々もその一端を担わせて頂いてきました。)

メディアなどにも登場されるプロ経営者を筆頭に成功者もいらっしゃいますが、一方ではこの「戦略ファーム」から「企業の経営幹部」への転出で躓く方も多くいらっしゃるのが現実です。成功する人と躓く人とでは、何か違うのでしょう?

それは概ね、人と組織を実際に動かすという側面において起きます。
大括りに言えば、成功する人は、自分が描いた戦略など一つの仮説ペーパーに過ぎず、その実行に当たっては泥臭い現実の人と組織に向き合い、どうすれば社員が可能な限り適切に動いてくれるのかに腐心します。
対して、事業会社への転出で心配する戦略コンサルタント出身者はそこが分からず(あるいは軽んじ)、「なぜ、この俺が描いた素晴らしい戦略をその通りに実行できないんだ(できない社員、組織が悪い)」となってしまい、結果、社員がついてこず、笛吹けども踊らず、で成果を出せずに打ち破れます。

この辺りの話は今後もまた、この連載で切り出して詳しく取り上げることがあると思いますが、戦略ペーパーと人・組織を実際に動かす戦略実行は、使う筋肉が全く異なるということを理解しているか否かの差が非常に大きく出ます。基本的に、戦略コンサルタントと経営者とは、実は人種の大きく異なる種族だと私は長年の経験から感じています。

いかがでしたでしょうか。
成功された方々に共通するのは、相手側の目線に立った仕事を、前職のベンダー側にいた時からしっかりとされていたということに尽きます。
「机のこちら側から向こう側」への転職を希望する人は、自分の頭の中も、職歴書の記述も、「逆側の思考」でしっかり意味合いを理解し、実績を記述する力が求められるのです。

さて、こうしたことを確認した上で、あなたは本当に「机のこちら側から向こう側」に移ることを望んでいるでしょうか?
もう一度、しっかりと見つめ直して、得手不得手、好き嫌いも確認してみると良いでしょう。

ではまた、次回!

井上 和幸氏

株式会社 経営者JP 代表取締役社長・CEO

井上 和幸(いのうえ かずゆき)

1989年早稲田大学卒業後、リクルート入社。2000年に人材コンサルティング会社に転職、取締役就任。2004年よりリクルート・エックス(現・リクルートエグゼクティブエージェント)。2010年に経営者JPを設立、代表取締役社長・CEOに就任。 『社長になる人の条件』(日本実業出版社)、『ずるいマネジメント』(SBクリエイティブ)『30代最後の転職を成功させる方法』(かんき出版)など著書多数。

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