電通法務が語る 〜インハウスローヤーの理想像と組織づくり〜

リクルートダイレクトスカウトは、株式会社電通のコーポレート業務を一手に担う株式会社電通コーポレートワンから法務部長の高橋基行氏と湯浅拓也氏の2名をお招きし、自身のキャリアや自社の法務部としての実践事例を交えながら、インハウスローヤーとしての理想像とその組織づくりについて語っていただきました。

登壇者

高橋基行氏

2003年 4月~2004年9月 司法研修所(57期)
2004年10月~2013年9月 アンダーソン・毛利・友常 法律事務所
2012年8月~2013年5月 バージニア大学ロースクール(L.LM)
2013年10月~2021年12月 株式会社電通
2022年1月~現在 株式会社電通コーポレートワン

湯浅拓也氏

2015年12月に弁護士登録(68期)を行い、2016年1月から外資系法律事務所(クリフォードチャンス法律事務所)で弁護士として勤務。
2019年4月から、SMBC日興証券株式会社において投資銀行部門のドキュメンテーション等を担当する部署で勤務。
2022年9月から、現職の株式会社電通コーポレートワンの法務部において、海外やスポーツに関する案件を中心とした案件を担当。

電通法務イベント風景

法律事務所を経てインハウスローヤーへ!わたしの職務経歴書

高橋:
2004年に弁護士になり、国内の法律事務所に勤務。アメリカのロースクールへの留学を経て、2013年に株式会社電通に転職しました。2021年から法務部長となり、翌年にdentsu Japan(電通グループの日本リージョン)のコーポレートプラットフォームである株式会社電通コーポレートワンが設立されたため、法務部を含めて転籍しました。電通に転職してからこれまで、他社との業務提携や資本提携、買収や合弁会社の契約交渉と並行して、映画やドラマ、アニメやアイドルなどエンタメ分野の法律業務も担当しています。

前職の法律事務所ではファイナンスがメイン分野で、契約書作成が主な業務でしたが、大手金融機関に出向する機会がありました。出向先が買収した企業で資産を整理するプロジェクトに携わったのですが、現場の方々や会計、経理といった専門部署と一緒に仕事をするうちに、弁護士ではない方と接してチームを組んで、ひとつの目標に向かって仕事をすることがとても新鮮に感じられました。法律的な相談に応じたり、自分から提言したりするうちに、求められたことに応える楽しさもありました。弁護士であることを再確認して、インハウスローヤーとして働くやりがいや魅力に気づき、電通に転職しました。

これまで携わった仕事の中で特に思い出に残っているのは、2020年の持株会社体制への移行のための再編です。当時の株式会社電通の下に準備会社を作り、吸収分割という形で事業を承継・移転したのですが、私を含めて誰もが経験したことのないインパクトの大きいプロジェクトでした。短期間で横断的に各部門と連携、協力する必要があり、大きな学びになりました。その時の経験から、相手の強みや専門を理解してお互いの目的を共有し合い、できることを引き出す姿勢が重要だと感じています。

湯浅:
私は2016年に弁護士として外資系の法律事務所でキャリアをスタートしました。その後、投資銀行の法務部以外の部署に転職をしています。2022年9月に電通コーポレートワンに転職し、インハウスローヤーとして勤務しています。主に海外案件やサッカーやバスケットを含むスポーツ全般の放映権、スポンサーに関する契約書の確認や現場の方からの相談を受けています。

最初のキャリアである法律事務所の弁護士経験で、案件への関与の仕方によって案件の見え方が全然違うことを実感しました。より現場に近いところで働きたいと思うようになり、投資銀行に転職したのですが、実際に働いてみると自分が経験してこなかった業務もあり、法律事務所とは違う緊張感や充実感を得られました。企業内で働くことに満足していましたが、自分のバックグラウンドや強みは法務にあることも再認識しました。法律事務所の弁護士に戻るという選択肢も検討しましたが、企業内で働きつつも法務の強みを活かせるインハウスローヤーという選択肢を選びました。

二人の経験・苦悩から紐解く!インハウスローヤーの理想像と組織づくり

高橋:
インハウスローヤーというのは、文字通り企業内の弁護士ですが、企業は事業目的を達成するための集団です。法律事務所における弁護士は、依頼者のために法的なサービスを提供するという関係であるのに対して、インハウスローヤーは専門家ではありつつも、自分事として事業目的の実現を目指すという立場が、大きな違いになります。また、企業の一員として自社のことをよく理解し、現場に一番近い専門家という位置づけになります。

電通法務イベント風景

湯浅:
社内のポリシーや現実に抱えているリスク、ビジネスの実態をより深く理解し、法律事務所における弁護士よりも現場に近い立場でアドバイスするのがインハウスローヤーと考えています。すべての案件を外部の法律の専門家にお願いするのではなく、リスクの大小を考慮し社内で処理、対応している案件も多くあります。他方で、どうしても専門性や難易度の極めて高い問題が生じた場合は、法律事務所に依頼することもあるので、そういった選別をするのも我々インハウスローヤーの役割の1つだと考えています。

社内の様々な部門から法律に関する案件や相談が寄せられる中で、法的な見解や分析を述べるだけではなく、リスクを踏まえた現場のサポートも重要になります。「リスクがあります」と伝えて終わりではなく、法令違反をしないことを大前提として、リスクの程度を踏まえてそのまま案件を進めるのか、それとも代替案を提示してさらに検討を行うのか、あるいは案件を止めるようアドバイスするのかといった関与まで踏み込むのかが大事なところです。

また、案件に関与するにあたり、現場の担当者は法務の研修や実務経験を積んでいるわけではないので、バックグラウンドや前提知識が違うのが当たり前です。知識や認識の違いも含めて、正確さや分かりやすさを重視して説明する必要もあります。質問や相談にただ答えるだけではなく、他の事例などを例にして「この点は大丈夫ですか?」など、こちらからアクティブに投げかける姿勢も大切なところだと考えています。

高橋:
同じ企業に属していても、立場が違えば考え方も異なります。大きな事業の目的は共有していても、細かく見ると優先順位などにズレが生じます。クライアントから契約に関するご要望があり、担当者から相談されることも多いのですが、現場の担当者はお客様のご希望を叶えてあげたいと思うのが人情です。立場が違うので仕方がないのですが、我々は会社の利益やリスクの観点で判断するので、リスクが大きい場合は避けるように説得し、必要であれば代案を提案するということもあります。

湯浅:
電通は新規ビジネスを開拓し追求することが多いので、面白さがあるのと同時に、新しい課題やリスクに直面することも多々あるので、判断が非常に難しい場合があるというのも正直なところです。過去の案件の応用でいいのか、それとも完全に新しいリスクとして検討するのかは、法務だけで決められる話ではないこともあります。リスクを踏まえて社内のプロセスとしてどのように検討、承認を得るべきかを社内の一員として考えなければいけないのも、インハウスローヤーの役割であり、価値を生み出せることの1つではないかと思います。

高橋:
新しい案件は検討プロジェクトが立ち上がるので、我々も法務部門の一員として参加します。法的な実現可能性や許認可などのリスクを分析しますが、仮に許認可が得られたとしても、役所への届出や検査の対応など、実行するにあたり様々な対応が必要になります。現実的に対応できる部門があるのか、実現できるのかも含めて影響範囲をヒアリングするのですが、この辺りの対策まで描けていないと、実行できたとしても大きなリスクが生じる可能性があります。現場担当者は熱意をもって押し進めようとしてくることもありますが、熱意だけで動かせるものではないので、新しいプロジェクトほど慎重に進め、客観的な立場で冷静に判断をしています。

湯浅:
最重要視しなければならないリスクは法令違反ですが、それ以外にも、お客様や第三者から損害賠償を請求されるリスク、ビジネスとして損害を被るリスクなども法務部として考える必要があります。時には現場の担当者と意見がぶつかる時もありますが、それぞれが違った方向に進んでいるのではなく、事業の目的達成を目指しながら見ている角度や視点が違うだけなので、いい意味ではっきりと言わなければいけないこともあります。

湯浅:
事業目的の達成をゴールとして、ゴールに向かって車で走る状態をイメージしていただけると分かりやすいのですが、インハウスローヤーはアクセルとブレーキのどちらの役割も持っていると言われます。現場の方はゴールに向かってどんどん進み、ゴールに向かうこと自体を反対する人はほとんどいません。他方で、大きなカーブや障害物があったらブレーキを踏む必要がありますが、車と同じでブレーキを踏むと目的達成までのスピードが減速してしまいます。なるべくブレーキを踏みすぎないようにしつつ、事故にもならないようにという塩梅を考えながら、日々解決策を考えています。

二人の考える理想像を実現するために!立ち回りや組織づくりの秘訣

高橋:
法務組織は企業規模や社内で求められる役割、他部署との関係性も様々なので、法務組織の理想像というものは、決して1つとは限りません。その前提で、私にとっての理想像を申し上げると、目的や優先順位を共有できる法務組織です。そして、共有したものに従って、各人が自分の頭で考えて主体的に行動できるよう、メンバーの行動を遮るものや自由な思考を阻むようなことがない状態を作り出すのが理想だと思っています。

当社の法務部のメンバーは年次や年齢が幅広いのですが、メンバー間で議論するときに相手の年次の高さなどは一切重視せず、議論するテーマについてどのくらい専門知識を持っているか、その分野の実体験をしてきたか、いかにロジカルに説明できるかなどの観点でお互いリスペクトしています。年功序列ではなく、「法務の専門家」としての基準でリスペクトし合える関係が、私が描く法務組織の理想像です。

私自身も、専門外の分野の案件を担当する時は、私より若いメンバーに頭を下げて教えてもらっています。お互いに法務の専門家として求められたら協力し、アドバイスし合いながら目的を達成するという理想の法務部が実現できていると思っています。

湯浅:
高橋さんと同じ法務部で働いていますが、自分で考えたことをベースに案件を進められるので、働きやすさを感じています。困ったら他の法務メンバーに聞くこともありますし、特定分野に詳しい方に気軽に相談できるところも、いい組織だと思っています。

電通法務イベント風景

高橋:
我々の目的は、事業目的の1つである「案件」の成功です。積極的にメンバーをアシストしながら障害を排除し、自由闊達にみんなで目的に向かって進んでいける環境づくりが大事だと思っています。私は、社外から電通に転職してきた第1号の弁護士でした。それ以降、2人目、3人目とどんどん弁護士が増えていき、法務部のメンバーは今では全員が中途入社です。中途入社ばかりの組織では、年次や社歴は重視されません。プロフェッショナリズムを発揮できる雰囲気、空気作りが大事だと思い、それだけをやってきました。

また、法務部に来る相談は前例や経験がないことが多いので、理屈や知識だけでは解決ができません。現場をリードするインハウスローヤーになるために、自分の頭で考える必要があります。現在の自由闊達な雰囲気は保ちつつも、思考を養い主体的に動ける組織にしたいので、法務部内では合理性のないルールや制約は絶対に作りたくないと思っております。

理想をより現実に近づけるために活かせる経験・スキル

湯浅:
海外案件が年々増えており、英文契約書の確認や作成の機会が多くなっていますので、外資系の法律事務所で数多くの英文契約に触れた経験が、今でも役立っています。また、法律事務所出身の他のインハウスローヤーや、法律事務所の弁護士と仕事をする際は、法律事務所の経験が活きています。逆に、法務部以外の部署での経験は現場担当者の気持ちや立場を理解し、コミュニケーションを取るのに役立っています。法務的な観点のみで、詳細にかつ長文メールで説明するだけではなく、電話やチャット、リモート会議などをメールと併せて活用して、意思疎通を図りながらハイブリッドなコミュニケーションを行うようにしています。

高橋:
口頭で話したことは記録に残らないので、メールで残した方がいいとは思いますが、全てをメールで済ませるとお互いのコミュニケーションが一方通行になってしまいます。口頭やチャットなどで会話することで、相手の分からないことや自分の説明の改善点が見えてくるので、新たな発見があります。また、お互いに顔を覚えるとコミュニケーションが円滑になるので、できる限り顔を合わせて話すようにしていますね。

湯浅:
一方で、インハウスローヤーとして持っておけばよかったと個人的に思う経験・スキルは、労務・労働関係です。労務・労働関係の問題が発生しない企業はまずないので、経験・スキルがあれば自分の活躍の場や選択肢がもっと広がったかなと思っています。また、個人情報関連もニーズが高まっていると感じるので、日々勉強はしていますが、実務経験が積めればよかったと思うことがあります。

高橋:
私は人事労務の経験がないと感じて、あえて社会保険労務士試験に挑戦し、取ってみました。労務に限らず、社会保険や年金はとても奥が深くて、企業における人事労務の全体感を少しは掴むことができました。普段の自分の仕事には直結はしていないのですが、この勉強は無駄にならずに、自分の仕事にいい影響を及ぼしていると思っています。

結局、自分が何をやりたいか、何に関心があるかがモチベーションにつながります。自分が好きな分野のビジネスを間近で見ながら、法律的なアシストができれば勉強にも力が入ります。自分の興味関心を考えて志向に合った方向を目指すことで、自分にとっても会社にとってもWin-Winになり、お互いが幸せになれると思っています。

リクルートダイレクトスカウトでは、さまざまなコンテンツを公開予定

2024年10月より、『リクルートダイレクトスカウト』は、キャリアの新たな選択を後押しするWebサイト「働くをひらくDAYS!」をオープンしました。順次さまざまなテーマのコンテンツを公開します。またリアルでも企業のエグゼクティブやロールモデルとなるトップランナーによるセミナーや、トップキャリアアドバイザーへ直接キャリア相談できる機会などを提供していきます。

「働くをひらくDAYS」のサイトはこちらから↓
https://career.directscout.recruit.co.jp/event

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