『リクルートエージェント』の転職データと各業界に精通したコンサルタントの知見を基に、求人・求職者の動向をレポートします。ビジネスやサービスモデルの変革が求められる時代の中、変革推進人材といかにマッチングし、つなぎ留めていくか。各業界に共通する「多様化するGX人材へのニーズ」「求人の詳細化・明確化」「男性の働き方再考」という3つのトピックを軸に、転職市場の今の動きをご紹介します。
藤井 薫
1988年リクルート入社。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長を歴任。
2008年からリクルート経営コンピタンス研究所、14年からリクルートワークス研究所兼務。変わる労働市場、変わる個人と企業の関係、変わる個人のキャリアについて、多様なテーマ(AI全盛時代の採用戦略、多中心時代のHRM、アントレプレナー・パラレルキャリアの生き方など)をメディアで発信中。著書『働く喜び未来のかたち』(⾔視舎)。
2023年度の転職市場動向のサマリ
2023年度の転職市場のサマリをご紹介します。
ポイント
DX、SX、GX、HRM-X……変革推進人材、未経験者のニーズが増加。採用力アップのカギは、「人材要件の詳細化・明確化」「二つのライフフィット」
求人数は右肩上がり。採用ターゲットにも変化
『リクルートエージェント』における求人数は2019年以降、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で一時期は落ち込んだものの、右肩上がりで推移しています。採用ニーズが旺盛なITエンジニアをはじめ、電気・機械・化学エンジニア、営業、販売サービスなど、あらゆる職種で求人は活発です。
採用ターゲットにも変化が見られます。業種や職種の経験を問わない「未経験者」を対象とする求人数は2018年度と比較すると、2022年度には3.2倍へ拡大しています。業種・職種を問わず成果を上げられる能力や行動特性である「ポータブルスキル」「コンピテン
シー」を選考で重視する傾向が強くなっています。実際、「同業種×同職種」「異業種×同職種」「同業種×異職種」「異業種×異職種」という転職パターンのうち、2017年度以降は「異業種×異職種」への「越境転職」のパターンが最多です。2022年度は全体の39.3%に上ります。
旺盛な求人の背景には、既存事業の拡大のほか、ビジネスやサービスモデルの変革、「トランスフォーメーション」(以下、X)を目指す企業の志向があります。コロナ禍で加速した「DX(デジタルX)」に続き、直近では、「SX(サステナビリティX)」「GX(グリーンX)」「HRM-X(人材マネジメントX」に関する人材ニーズが高まっています。脱炭素については政府が具体的な目標を掲げており、対応が急務。GX人材の求人は増加・多様化しています。
人材要件の詳細化・明確な定義で採用力強化へ
これまで「営業」「企画」「マーケティング」「製造」など、ひとくくりで募集されていた職種・担当業務について、より細かく分解して求人情報に落とし込む動きが広がっています。採用ポジションに必要な専門知識・スキルに加え、「変化適応力」「人間関係構築力」といったポータブルスキルも含め、求める要件を詳細化・明確化。こうした取り組みによって、「このスキルを生かしたい、磨きたい」という求職者のニーズにマッチし、応募者を獲得しやすくなっています。企業の「人材要件を【より詳細かつ明確に】定義する力」が採用力強化につながり、入社後の活躍、離職防止にもつながるでしょう。
二つの「ライフフィット」に向き合う必要性
企業が人材の獲得、活躍、さらなる成長を図るなら二つの「ライフフィット」に向き合う必要があります。一つは「ライフスタイルフィット」。個人の志向に寄り添う企業では、リモートワークや育児休業のほか、ライフステージに応じて勤務日数・曜日を選べる制度を設けるなど、働き方の柔軟性を高めています。
もう一つは、より長期的視点での「ライフデザインフィット」。働く個人は、将来のキャリアにつながる成長機会を求める傾向が顕著に見られ、企業は金銭報酬にとどまらず、新たな経験・スキルを身に付けるチャンスである「機会報酬」を提供することが重要です。また、パーパスの実現や社会貢献の実感を得られる「意味報酬」を提示することも、人材の求心力アップにつながるでしょう。 経営戦略の実現と、働く個人のライフデザイン。企業と個人を高次で結ぶ「人的資本経営」「採用戦略」の深化が、優秀な人材から選ばれるカギとなります。
2023年度の転職市場の動向トピックス
続いて、2023年度の転職市場動向の主なトピックスについてご紹介します。
多様化するGX人材へのニーズ
ポイント
業界を問わず、企業が幅広い職種でGX推進人材を求めている。経験者のみを求めれば、マッチングは困難。目を向けるべきは「ソフトスキル」
GX(グリーントランスフォーメーション)人材を求める求人が、多様な業界から、多岐にわたる職種で出ています。GXとは、環境に負荷の少ないエネルギーの活用を進めることで二酸化炭素の排出量を減らしつつ、経済成長の機会とするための変革のこと。気候変動のリスクが顕在化している中、企業も社会的な要請に応えるべく対応を急いでおり、人材獲得は急務となっています。
こうした傾向は、『リクルートエージェント』でのデータ分析にも表れています。「カーボンニュートラル」や「サーキュラーエコノミー」を目標にした経済社会システム全体に関わる仕事内容や業務内容に準ずるものをGX求人と定義し、抽出したところ、2016年度を1とした場合、2022年度は5.87倍に伸長しています。2020年度からの伸びが顕著となっており、今後も求人は増加すると考えられるでしょう。
関連する知見で異業界から転職も
GX領域の転職も活発だ。製造業ではGX関連の技術者の求人が目立つ中、転用可能なスキルや知見を持つ異業界出身の人材も視野に入れています。総合電機業界の求人の一例として、「電力変換装置の研究開発」が挙げられます。総合電機業界の顧客である電力会社は、再生可能エネルギーへの転換やカーボンニュートラルへの対応のため、洋上風力や地熱発電所を整備しています。ただ、各地に発電拠点が分散する傾向があるため、送配電の際に電力ロスが少ない効率の良いシステムにすることが求められます。電力変換装置の研究開発職はこうした顧客ニーズに応えるための職種で、エネルギー会社では電力システムについての知見や経験を持つエンジニアを採用ターゲットに入れています。
IT・通信業界でもGX関連求人が出ています。電力需要に応じて発電施設からの電力を効率良く配分する電力制御技術を持つ電力網「スマートグリッド」には、ITによる電力の「見える化」が必須です。システム開発にあたっては、顧客企業で課題を定義できないケースも多いです。こうした上流工程までIT企業がコンサルティングも担うことは、ビジネスの幅を広げることにもつながるでしょう。このような背景から「GXコンサルタント」という職種の求人が出ており、メーカーで工場のエネルギーシミュレーションの業務や経営企画職に携わった方が転職しています。
■表:各業界の求人での主なGX関連職種と転職事例
グローバル展開を進める企業では、GXを進めるための人材ニーズが高いです。消費者の意識の高まりはもちろんのこと、企業の環境などへの関わり方を重視する「ESG投資」の観点で海外投資家からの視線が厳しくなっているからといえます。業界を問わずサステナビリティ関係の非財務情報開示にあたるポジションの求人が多く、消費材業界では前職で環境経営の報告書作成業務をしていた方を採用しています。外食業界では環境施策の企画、実行を担う「環境推進活動」のポジションを募集。環境法令、環境問題に関する知識のほか、環境実務経験を求めています。
このほか、建設・不動産業界では「脱炭素化支援コンサルタント」という求人が出ています。二酸化炭素排出量の削減や脱炭素の取り組みを進める発注者の建築支援の中で、建物の環境性能がどれほどか定義できる技術者を求めるものです。
高まる求職者のGXへの関心
多くのエージェントが、求職者のGX領域への関心の高まりを感じ取っています。化学業界では、プラスチックの「リサイクルプロセス開発」に、石油化学メーカーでプラスチックの原料にあたるエチレン開発に携わっていた方が転職。今後石油へのニーズも変容すると見込まれる中、使い捨ての社会からの脱却を図る「サーキュラーエコノミー」の実現を目指し、これまでの知見を生かして環境関係のキャリアを築いていくことに展望を見いだす方が多いです。
総合商社業界でも環境エネルギー関連の求人への応募は多く、従来型の化石燃料関連領域から成長産業のグリーン領域に挑戦したいという方が多いです。「再生可能エネルギー事業のM&A、事業管理」のポジションには、エネルギー業界でガス事業の買収案件に関わるなどの経験を持つ方が採用されています。
コンサルティング業界では、サステナビリティ領域への関心が強い若い世代の求職者の採用を進める企業も。今後のコンサルティングテーマとしてカーボンニュートラルなどの事業を成長させようとする中、経験者が少ないのが課題です。そのため、実務能力の適性はもちろん考慮されますが、若い世代では未経験でもサステナビリティ領域で何を実現したいか、明確な志望動機が語れる方を採用する動きがあります。金融機関で営業職だった方が転職した事例も見られます。
希少な関連人材の奪い合いには限界も
GXの展開にあたり企業と求職者のマッチングを一層進める必要はあるものの、採用ハードルが高いのが現状です。ESG関係の顧客ニーズを捉え、融資のアドバイスなどを担う「サステナブルビジネス推進」の求人などが出ている銀行・証券業界。幅広い顧客を抱える金融業界での勤務を通じ、サステナビリティ領域の知見を高め、社会を良くしたいという意向の求職者は多いけれど、企業側は脱炭素などESG関係の知見を豊富に持った求職者を求める傾向が強いです。
EV(電気自動車)への転換を進める自動車業界の担当エージェントも、関連求人のニーズが一気に高まったことを実感しています。一方で業界内での転職が多く需給ギャップも埋まらない中、オールジャパンでの電動化が思うように進まないのでは、という危機感も覚えています。工作機械や重工、家電など異業界のモーターやインバーターの開発経験者がEV向け電動化ユニットの設計開発職へと転職する事例などもあり、業界外の知見を自動車業界に生かす可能性をより見いだす必要があると訴えます。
いかにGXに関わる人材を増やしていくかは、喫緊の課題です。ただ、企業が求める知見やスキルを全て備えた求職者は少なく、経験を軸にしたマッチングには限界があります。そこで「ソフトスキル」にも目を向けていくことが重要です。例えば、前職でGX以外の事業で組織をまたぐ横断プロジェクトを経験した方は、GX領域でも活躍の可能性があります。GXには全社横断で取り組む課題も多いためですが、組織横断での事業推進経験や他社との協働経験がある方は少ないです。こうして採用ターゲットを広げなければ、採用の充足、ひいては事業計画の遂行も難しくなっていきます。 一方で、社内でもGXへの基礎的な理解を全従業員に広げることが重要です。こうした取り組みを経て、サステナビリティ推進部門やGXの新規事業などへの積極的なアサインを進め、社内のGX人材層を厚くしていくことも求められます。社外からの人材確保のための人材要件の見直しと、社内の人材育成・開発の両輪で進めることが急務です。
求人の詳細化・明確化
ポイント
求人の詳細化・明確化が、これまで進んでこなかった業界にも浸透。「キャリア自律」の意識が高まる求職者とのマッチングにも効果
企業の求人の詳細化・明確化が進む
コロナ禍で本格化したテレワークで顕在化した人材管理の課題などを受け、2020年前後からジョブ型雇用や人事の議論が活発化しています。構造的賃上げを目指す政府も、三位一体の労働市場改革の中にジョブ型人事の導入を位置付けています。
任せる職務を明確にした上で、求めた役割への成果に対して報酬で還元する「ペイ・フォー・パフォーマンス」の制度を導入する企業も増えています。そのような中、転職市場では任せる職務や必要な能力・スキル・経験を細かく、明確に定めた求人が増えてきています。
例えば、配属先を定めない総合職採用がほとんどだったデベロッパー。もともとキャリア採用では優秀な若手層をターゲットにポテンシャルを見込んだ人材を採用する傾向にあった業界ですが、不動産業界の担当コンサルタントはここ数年、キャリア採用で任せる仕事を詳細、かつ明確にした求人が増えていることを実感しています。都市部では大規模な用地取得・開発ができる余地が少なくなったほか、そもそも大規模開発は収益化まで時間がかかるため既存の不動産を買い、賃貸収入を得ていくフィービジネスに注力しないといけない時代へと変化しています。事業の成長スピードを上げるため、例えば「商業施設のリーシング(賃貸支援)ができる人材がほしい」と採用ターゲットやジョブを明確化する動きは、配属、オンボーディングのスピード向上にもメリットがあります。また、委託を受けて不動産の管理・運営を担うプロパティマネジメントに携わってきた方々にも、デベロッパーへの転職のチャンスが広がってきました。
Web・インターネット業界も、コロナ禍までは裁量の大きさを売りに、サービスのグロースや開発、課題抽出まで全て任せるジョブの範囲が広い求人が多かったです。事業の流動性が高い業界のため、職務を限定しすぎることは難しい側面もあったからです。ただ、コロナ禍に入ってウェブサービスへの需要が高まり人材獲得の必要に迫られた中、デジタル化を進める非ネット業界とも採用が競合。具体的にどのような仕事を任せるか、今後のキャリアパスがどうなるかを示すことで、求職者への魅力訴求につなげようと人事制度や採用の進化を図っています。
任せる職務を明確にした人事制度を活用することで、専門人材に特化した給与テーブルを作る動きもあります。銀行・証券業界では、ITなどの専門人材に高額な報酬を支払うことを可能にする制度を作る動きがあります。業界を越えて人材獲得競争が激化するIT人材などを、報酬でつなぎ留めようとする動きといえそうです。
リクルートは2023年3月、人事担当者5,048人(集計対象は従業員規模30人以上の企業に勤める2,761人)に人材マネジメントをテーマとしたアンケート調査を実施しました。求人の詳細化・明確化についての取り組み状況にあたる4つの設問(【1】採用にあたり、本人 が持つスキルや経験を重視している。【2】自社の「求める人材像」を⾔語化している。【3】入社希望者に、仕事に求められるスキルや仕事の評価基準を明確に説明している。【4】入社希望者に、自社が提供できる成長機会や学習機会、人的ネットワークを説明している)への回答を算出し、「取り組んでいる」「どちらでもない」「取り組んでいない」の3つにグループ分けした。業種別の取り組み状況が、下記のグラフです。金融業が唯一、「取り組んでいる群」の割合が5割以上となっていました。
採用手法としても有効に
任せる仕事を詳細に、分かりやすく伝えられている企業は、採用が進んでいます。求人の詳細化・明確化についての取り組み状況と、採用の進捗状況への回答を掛け合わせて分析したところ、「採用できている」と回答した割合が最も高かったのは求人の詳細化・明確化に「取り組んでいる群」で、47.0%に上りました。
日々新たな職種が生まれるスタートアップ・ベンチャー業界。職種、ポジションを一つとってみても、その内容は多岐にわたる。例えばSaaS系サービスを中心に受注後のサポートを担う「カスタマーサクセス」では、4つの分類があります。
- 顧客との契約決定時から、サービスを円滑に稼働してもらうためのサポート。
- 顧客に寄り添って、アップセル、クロスセルを狙う役割。
- 顧客に寄り添って、不具合の修正や機能追加など開発へ結びつける役割。
- カスタマーサポートとして顧客の問いに一問一答で答える役割。
求職者は【4】として受け取ることが多く、応募しないケースもあります。そのような中、【3】のような「顧客に寄り添ってプロダクト改良に反映していく仕事」と事業開発の要素が強いことを明確にしたことで、応募が殺到したこともあるそうです。
IT・通信業界でも、求人情報にキャリアパスなどの事例を具体的に書き込む企業が出てきています。転職後のイメージが湧くことが、求職者にとっては魅力的に感じられるでしょう。個人の仕事へのニーズも多様化する中、マッチングのためには詳細化していかざるを得ない状況です。
一つの製品を作り上げるにあたり、多様な分野の専門性が求められる自動車業界。担当コンサルタントは、キャリアの専門性をより求めるようになった求職者の意識の変化を感じ取っています。働く個人が自らのキャリアを主体的に選ぶ「キャリア自律」の意識の高まりが背景にあるのでは、とみています。
求められる現場の組織長の主体的関与
しかしながら、求職者を引きつける職務の⾔語化には苦労している企業が多いです。スタートアップ・ベンチャー業界では人手が限られる中、経営陣や一人しかいない人事が求人での職務の⾔語化を担うケースもあり、採用にひも付けて職務を候補者にうまく伝えるのは難しい部分もあります。ここは外部のエージェントに頼るのも、一手と⾔えるでしょう。求職者に数多く会っているからこそ、求職者のインサイトを知っている強みがあります。
半導体業界のコンサルタントは、企業には求職者に応じたポジションを提示する力が求められていると指摘します。例えば技術者を20人採用したいという時、求職者それぞれの得意分野は異なるものです。今は求職者を「どの組織に配属できそうか」という観点でのみ見ている傾向にありますが、スキルを最大限発揮できる職務や成長の過程でどんなミッションを任せたいかなどを具体的に示すことで、転職後の成果が上がる可能性は高まるでしょう。結果、高評価につながって収入も上がりやすくなり、求職者への訴求力アップにつながるのでは、とみます。一方で、求職者側も意識の変革が求められるかもしれません。年齢とともに給料が上がるイメージがいまだにありますが、ジョブを明確にする動きとともにペイ・フォー・パフォーマンスの給与体系になっていく可能性が高いと心得た上で、成果を上げるためのスキル向上や主体的なキャリアパスの構築に努めなければならないでしょう。
現代では顧客ニーズの多様化に伴い、ビジネスモデルも多様化が求められています。こうした変化に伴い人材要件の多様化も求められる中、求人は職種単位での定義から、ジョブ単位、スキル単位での定義に変えていかなければ、企業の人材ニーズにもマッチしなくなります。「人材要件明確化競争」となることが見込まれる中、人事だけでなく、現場の組織長が主体的に関わっていくことも求められています。
男性の働き方再考
ポイント
「男性育休」が普及する中、出産・育児を機に転職を検討する男性が増えている。求職者の志向の変化に合わせ、企業は人材を引きつける工夫が急務
男性の育休への注目の高まり
男性の育児休業に注目が集まっています。政府は2022年に育児・介護休業法を改正し、産後8週間以内に4週間(28日)を限度とし、2回に分けて取得できる「産後パパ育休」を導入。男性の育休取得率も一部企業で開示が義務化され、2025年度に50%、2030年度に85%にすることが目標とされました。
2023年3月にリクルートが実施した、人事担当者5,048人(集計対象は従業員規模30人以上の企業に勤める2,761人)への人材マネジメントをテーマとしたアンケート調査では、男性従業員の育休平均取得期間は「1カ月~3カ月未満」が22.8%で最も高い結果になりました。次いで「2週間~1カ月未満」が21.3%、「5日未満」が19.1%と続きます。1カ月単位で取得する人も多い一方で、5日未満と限られた日数しか取得できない人もまだ多いことがうかがえます。業種別の平均取得期間が、下記のグラフです。
育児との両立を目指す男性の壁とは
エージェントたちは育休が明けた男性求職者から相談を受ける機会が増えたといい、男性の働き方への意識の変化を感じ取っています。Web・インターネット業界担当のキャリアアドバイザーは、子供の誕生や育児を機に転職を検討する男性が増えたことを実感しています。転職を考えたきっかけを尋ねると、子供との時間を持つ中でキャリアを見直したり、仕事を含めた暮らしの中で重視したいことが変わったりしたことを挙げる方が多いといいます。転職後に希望するのは、「保育園の送り迎えができるよう、フレキシブルな働き方にしたい」「ワークライフバランスを整えたい」というもの。コロナ禍でリモートワークが進み育児とのバランスを取りやすくなった中、2023年5月にコロナが感染症法上の5類に移行しました。もともとアイデアの創発のため、膝を突き合わせて議論することを好むことが多い業界でもあります。出社傾向に戻ったことも、男性の転職の検討に影響しているのでは、とみています。
長時間労働が指摘され、2024年4月から改正労働基準法の時間外労働の上限規制が適用される「2024年問題」を控える建設業界。担当のキャリアアドバイザーも、育児との両立の難しさを感じて業界を離れる方が増えた感覚を持っています。特に多いのは20代後半。家庭を持つようになることも多い世代でもあります。志を持ち、忙しさを覚悟して業界に入っても、ライフステージの変化で家族から育児の役割も求められ、厳しいと判断するケースが多いです。ゼネコンでも若い世代は共働き世帯の比率が上がっています。しかしながら、一人で働いてきた世代の男性上司からは育児に取り組むことへの理解が得られないという悩みを吐露する方も多いといいます。
家庭への配慮から、転勤への忌避感も高まっています。医療・医薬・バイオ業界は、製造拠点や研究拠点など、全国各地に拠点があることが多い業界です。担当のキャリアアドバイザーは、2~3年前には「この研究ができるなら勤務地はどこでもいい」と話す求職者が多かった一方、最近は勤務地にこだわりを持つ方が増えた印象を抱いています。自身の転勤が続くことはパートナーのキャリア形成上、難しいと考える方が多いといいます。
全国に支店を抱える生保・損保業界。転勤が限定的な地域型の総合職にはこれまでは女性が応募するケースが多かったのですが、近年は男性が応募する事例も増えてきています。育児中の男性のほか、結婚、出産といった今後のライフイベントを見据えた男性も応募。全国型の総合職と比して給与が下がる傾向はありますが、前向きに検討する方は多いです。
企業の人材求心策は
育児との両立を目指す男性が働きたいと思える職場にすべく、企業はどんな取り組みを進めているのでしょうか。前出のリクルートのアンケート調査では、勤務場所や勤務時間など働き方が限定される正社員でも昇進できる人事管理や、男性の育児休業の積極的な取得推進、男性育休の参考になるモデルの育成などを挙げる企業が見られました。(※詳細は下記グラフ)
消費材業界では、男性の育児休業を必須化した企業も見られます。必須にすることで、周囲への迷惑がかかるかもしれないという従業員の心理的ハードルを下げることを狙ったものです。
全国に店舗を抱え、転勤が当たり前だった小売業界。入社から一定期間が経った社員は、転居なく通勤ができる勤務地に限定できる制度を始めた企業もあります。結婚を考える世代の離職が続いたことを受けた対応として、給与の減額はないようです。
制度を整えることは重要ですが、育児と両立しやすい環境かどうかの実態が求職者にとっては関心事です。IT・通信業界の企業はオファー面談の際、求職者に育児中の同年代の男性社員と会ってもらい、不安を取り除いてもらうよう試みることも多いといいます。
求められる改革は制度だけでなく、風土も
構造的な人材不足が深刻化する中、個人のニーズに応えなければ人材獲得競争で優位に立つことは難しいといえます。各業界のエージェントたちは、業務と風土をともに改革することが必要だと口をそろえます。
事業として、業務を可視化し、ITで改善を図ることに取り組むIT・通信業界は、属人的に仕事を進めてきた部分を同僚と共有できるよう可視化し、一時的に人員が欠けても対応できるようにしています。DXの発想で業務改革を進めることは必須といえそうです。
中小企業など組織の規模が小さな会社の参考になりそうなのが、スタートアップ・ベンチャー業界です。大企業から優秀な人材を採用するため、柔軟性が高い働き方を実現しようと制度のアップデートを続ける企業が目立ちます。社長自らが範を示し、育休を取る企業も多いです。トップが柔軟な働き方の推進へ号令をかけ、管理職もこうした風土を醸成させながらマネジメントに取り組むことがカギだとエージェントは指摘します。
男性の育休取得率など定量的な指標が公開されていない場合、コンサルティング業界のエージェントは求職者から尋ねられることが多いです。数字が示せないということは、求職者の目にはその企業の働き方が柔軟ではないと映る恐れがあります。まずは透明性を高め、求職者に真摯に向き合う姿勢を示すことが必要です。
コラム
・教育業界はDX人材の専門職採用を強化。オンライン化で全世代の学びニーズに対応
・転職が活発な人材業界。キャリアアドバイザーなどの採用が活況
教育業界
DXや新規事業への注力から、IT人材など専門職の求人ニーズが高まっています。リスキリングなど、年齢を問わず学びへのニーズが高まり商機が広がっているためです。少子化で子供の人数が減る中、世代に関わらず全国へユーザーを広げるため、授業のオンライン化を進めようとする事業の変化があります。
IT、DX人材などは他業界とも人材争奪戦となっています。こうした職種については給与水準を高めようと、講師や教室長といった職種よりも高水準な独自の給与基準を設け、年俸制をとる企業も出てきています。
講師や教室長については公立学校の教師や保育士など、類似職種からの転職は多いです。一方で、スーパーマーケットのエリアマネジャーや小売店舗の店長など、他業界からの転職もあります。ミドル層の転職が多く見受けられるのも特徴です。教室長は一人で多くの講師のマネジメントを任されることになるため、豊富なマネジメント経験を評価する採用が多いです。
人材業界
人材紹介領域では、企業向けの営業や、働く個人向けのキャリアアドバイザーのポジションのニーズが活況です。背景には、転職が活発で人材の流動化が進んでいることがあります。ITエンジニアをはじめ構造的な人材不足をどの業界も課題として抱えており、各企業の採用ニーズは高いです。転職支援にあたる人材へのニーズが高まる中、業界を問わず営業・販売職経験者を求めています。選考では、売り上げなど数値目標を達成するために試行錯誤した経験があるかどうかを見る傾向があります。
人材派遣領域では、働く個人が派遣会社と期間を定めずに雇用契約を結び、派遣先企業で就業する「無期雇用派遣」事業に企業の新規参入が続く中、派遣スタッフを取りまとめるプロジェクトマネジャーや、スタッフの面談やケアを担うスーパーバイザーの求人が出ています。店舗運営経験者やコールセンターでのスタッフ監督業務経験者など、業界を問わず、一定の人数を取りまとめた経験があるかどうかを採用の際には重視しています。
各業界の転職者数、転職マーケット割合の推移
※データの出所は、いずれもリクルート『リクルートエージェント』転職決定者数の分析より
IT通信業界
コンサルティング業界
Web・インターネット業界
総合電機・半導体・電子部品業界
建設・不動産業界
消費財・総合商社業界
医療・医薬・バイオ業界
銀行・証券業界
生保・損保業界
自動車業界
小売業界
外食業界
化学業界
※監修している各業界の担当エージェントは以下よりご参照ください。
https://www.recruit.co.jp/newsroom/pressrelease/assets/20240312_work_02.pdf