リクルートダイレクトスカウトは、株式会社電通コーポレートワンの執行役員である佐藤淳氏と、人事オフィス ディレクターの森川憲太氏によるビジネスセミナーを開催しました。HR領域のホットトピックである「人的資本経営」に対する、巨大組織としての実践テーマや変革・進化の秘訣について語っていただきました。
佐藤 淳氏
1999年に新卒で株式会社電通へ入社。16年間、ビジネスプロデュース部門で様々なクライアントを担当。その後、電通アイソバー株式会社の取締役を経て、2018年より株式会社電通人事局へ。2022年に電通コーポレートワン人事オフィス長。2024年より執行役員を兼務する。
森川憲太氏
新卒で入社したシンクタンクグループで人事システムの開発や人事・給与業務のフルBPOに従事。その後、外資系コンサルティングファームや金融機関で様々なテーマの人事コンサルティング業務を経験し、2023年に株式会社電通コーポレートワンへ入社。現在は株式会社電通グループに出向し、エグゼクティブの報酬設計や報酬委員会の事務局運営に携わる。
巨大組織の人事を一手に担うプロフェッショナル!わたしの職務経歴書
佐藤:
私は新卒で株式会社電通に入社し、現在に至るまでずっと電通グループで働いています。入社して16年間をビジネスプロデュース(営業)部門で過ごしました。様々な業種のクライアント様を担当させていただきましたが、ビジネスプロデュースの仕事にやりがいを感じていたので、「このままずっとビジネスプロデュースを続けるのだろうな」と思っていました。
1回目の転機は、社内の集合研修をきっかけにして、コーポレートの担当役員としてグループ会社に出向したことです。人事だけでなく、経理や総務、ITなどコーポレート全般を見るうちに、人事が果たす役割や意義の大きさを感じ自分の仕事にしたくなりました。2回目の転機は、2018年に出向先から戻る際に手を挙げて、人事に異動したことです。そして3回目の転機は、dentsu Japan(電通グループの日本リージョン)のコーポレートプラットフォームである株式会社電通コーポレートワンに、2022年の発足に合わせて転籍したことです。
ビジネスプロデュースは社内の様々な部署と関わる機会が多いので、ビジネスプロデュース時代はどの部署がどのような仕事をしているのかを知りやすい環境にいました。これまでのビジネスプロデュースの経験が、人事の仕事に役立っていると感じています。同じ会社で長く働いているので、人事施策やメッセージを発信した場合の、社員の皆さんの反応や受け止め方をイメージしやすいというのも、人事の仕事にポジティブに働いていると思っています。
電通は社員の活躍や成長が会社の成長に直結する会社だと考えています。出向先で人事を含めたコーポレートを任せていただいた時に、社員の適材適所が実現することや、社員が安心して働けることがいかに大切なことかを実感する経験をしました。人事は会社の成長や社員の働き心地のど真ん中にいると実感し、この時に学んだ価値観を現在も持ち続けています。
森川:
社会人になって15年ほど経ちますが、一貫して人事に関する仕事をしています。これまで3回の転職を経験していますが、これまでの人生を振り返るとまさか自分がこんなに転職するとは思いもしなかったので、自分自身驚いています。
新卒で人事のエンジニアとしてキャリアをスタートし、主に人事システム開発やアウトソーシングの仕事をしていました。ITの視点だけではなく、違う視点で色々な企業の人事を見てみたいと思い、社会人5年目でコンサルティング会社に転職しました。まだ“コンサルバブル”が始まる前で200~300人規模の会社だったため、とにかく忙しかったのですが、上司や先輩、お客様に恵まれ、人事に関する様々なテーマのコンサルティングに携わりました。人事戦略と経営戦略の連動が大事だという話は「人的資本経営」と呼ばれる以前から言われていたことですが、当時はまだ多くのお客様に受け入れていただけない状況でした。結局、人事部門に閉じた支援しかできず、自分のやっていることが本当にお客様の役に立っているのか疑問を持つようになりました。
そこで、人事部門だけではなく経営幹部を巻き込んだコンサルティングをしたいと考えて、銀行のコンサルティング部門に転職しました。そこでは、役員の人事制度を作ったり後継者計画を考えたり、今回のテーマである「人的資本経営」の支援もしていました。コンサルタントとして約10年働きましたが、第三者の立場ではなく、その会社の当事者として自社の課題を解決しリードできるような存在になりたいという思いが徐々に強くなり、昨年電通コーポレートワンに入社しました。現在は、電通グループに出向して役員報酬に関する仕事をしています。
これまでに色々な企業の人事を知ったことで、物事を判断する際に多面的に決断できるようになりました。人事の仕事には正解がなく、人事施策は大手企業や中小企業、ベンチャー企業や日系・外資系など、企業によって異なります。業界のポジションによっても違うので、とある企業でうまくいった人事施策が、別の企業でうまくいくとは限りません。色々な企業の人事を知っていることは、自分にとっての強みになっていると思います。
注目度の高いトレンドワード!いま重要視される「人的資本経営」の効果と実践
佐藤:
「人的資本経営」は人事のホットトピックで、様々なメディアがこのキーワードを特集しています。人的資本経営は、自社の経営戦略と人事戦略がつながっているということに尽きますが、実現は簡単ではありません。人的資本経営、つまり人材という資本の価値を最大限に引き出すということは、一口に言っても非常にスケールが大きく、難易度も高くなります。電通を含めて、何から始めたらいいのか迷ったり困ったりするケースも多いのでは、というのが実感値です。
森川:
人的資本経営という言葉の中に、「経営」が含まれていることに大きな意味があると思っています。もし「人的資本」という言葉だけであれば単に「人を大事にします」という意味で、これは既に多くの会社が採用ホームページなどで謳っていることと変わりがありません。ここに「経営」というワードが含まれることで、経営事として人事を捉えている言葉だとポジティブに感じています。
森川:
図は人的資本経営の実現サイクルを表しています。まず、人的資本経営を実現するために、組織体制とインフラをきちんと整えるということが大前提です。また、人事部門だけで終わらせず、人事の最高責任者であるCHROとCEOは実行体制に入ってもらう必要があります。場合によっては、CFO(最高財務責任者)やCDO(チーフ・ダイバーシティ・オフィサー)といった方々も必要になるでしょう。
PLANは経営戦略に基づいた人事戦略の立案ですが、具体的な数字であるKPIを設定します。次はDOフェーズで、施策を実施してKPIを収集できるようにシステムを導入、改修します。人事データを収集して集計し、社内外に集計した情報を発信、開示します。場合によっては第三者機関の認証を得ることもあるでしょう。ACTIONフェーズでは、施策やKPIをモニタリングし、人事戦略や施策の見直しを図って軌道修正します。
「電通」と聞くと、「日本の広告代理店」というイメージをお持ちの方が大半だと思うのですが、現在は120カ国にビジネスを展開しており、収益の半分以上は海外が占めるグローバル企業になっています。社員も日本だけで約2万3,000人、グローバル全体だと7万人を超えており、ガバナンスを利かすのが本当に大変です。
例えば、等級や肩書きの名称も日本と海外で統一できていないので、リーダーの比率を集計しようと思っても、まず「リーダー」を定義するところから始まるので調整に時間がかかります。いざ定義できてデータを集めようとしても、120カ国に展開しているということもあって、日本と海外でシステムが統一できていません。日本国内でも150社ほどのグループ会社があり、規模が小さくシステムが入っていない会社もあるので、アナログに情報を集める場面もあって、本当に地道な苦労があります。開示することが人的資本の目的ではありませんが、その先のステップまでエネルギーを注げていないというのが実情です。
佐藤:
企業数が多く大変な面もあるのですが、地道に積み重ねていけば経年でデータが見られるので、ファクトを元に経営の意思決定ができるようになります。スコアが上がっていることが社員にも見えるようになるので、今は大変でも向かっている先はどんどんポジティブになると思って進めています。
佐藤:
図は、2024年の電通グループの統合レポートに使用しているもので、経営戦略と人事戦略の関係を図示しています。人事戦略は左中央にある「People Growth(個人の成長支援)」、右中央が「Winning as One Team(成長できる組織環境)」、その2つを推進するのが「HR Service Excellence(人事の成長)」です。この3つが人事戦略の柱になりますが、赤文字になっているところが重要な要素と捉え、指標を設定している部分となります。
こちらは我々が目指している人的資本の姿を実現するために、ブレイクダウンしてKPIを可視化した表です。電通グループは約7万人の社員がいますが、スコアを測るために年に1度、同じタイミングで同じ調査を実施しています。エンゲージメントにつながる40程度の項目を調査することで、目標に対してどのくらいのギャップがあるのかが分かり、目指すべき姿に近づいていることが実感できます。
森川:
私は海外の幹部を含めた役員の報酬制度を設計しているのですが、経営戦略で掲げる会社の目標を達成できるように、経営戦略と一貫した報酬制度を毎年チューニングしています。例えば、エンゲージメントスコアや女性リーダーシップ比率は、役員報酬のKPIにも入れています。役員報酬制度は経営からのメッセージであり、KPIに組み込むことによって人事施策としてではなく、経営のミッションとして役員にオーナーシップを持って取り組んでもらうことができます。
経営戦略と報酬に一貫性を持たせることが理想ですが、日本と海外では報酬に対する価値観や思想が全く異なります。一般的に日本よりも欧米、特にアメリカは報酬水準が高い傾向があり、高いKPIを設定した結果、KPIを達成できず、インセンティブが出ないとなると彼らは会社を辞めてしまいます。リテンションリスクを軽減しつつ、彼らに高いパフォーマンスを発揮してもらう制度を設計するのは、苦労が伴います。役員報酬制度は対外的にも開示するため、役員だけを意識した制度にはできません。さらに、マルチステークホルダーも考慮する必要があるため、透明性と実効性のバランスを意識しながら設計しています。
佐藤:
社員の皆さんからすると、経営戦略は難しい印象があり、自分が今取り組んでいる仕事と経営戦略の関係が捉えにくいケースもあるでしょう。経営戦略と人事戦略をつなげたのが人的資本経営で、人的資本は社員そのものです。先ほどの図でKPIにしているエンゲージメントスコアは社員自身が回答した結果なので、自分も経営戦略や人事戦略の一部を担っているという感覚を持ってもらうのが、人的資本経営に取り組む意義だと思っています。
止まらない変革と進化!『人的資本経営』を全うするための秘訣
佐藤:
我々人事パーソンにとって大切なのは、「人事のための人事」にならないこと。つまり、人事は経営戦略の実現のため、あるいは企業の成長のために存在している、という意識を持つ必要があると考えています。陥りがちなケースとしては、「事業側は人事のことを分かってくれない」「人事は事業側のことを分かってくれない」といった対立構造になることです。お互いが同じ方向を向いて、同じ目標を達成するために活動するのが理想形ですが、そのために人事が心がけるべきことは、事業の状況を正しく理解することです。人事が事業の状況を理解していれば、事業側の活動を支援するような施策の提案ができますし、事業側が「人事は自分たちのことを分かってくれている」と感じてくれれば、人事からの提案に対しても前向きに受け入れてくれるはずです。事業の実態や競合他社の動きなど、高いアンテナを張って情報を意識的に取り入れていくスタンスが人事パーソンには求められると思います。
森川:
人事パーソンにとって、今は大変な時期に来ていると感じます。人的資本経営という言葉がホットトピックになり、人事の役割はオペレーションから経営に近い動きを求められるようになっています。人手不足やハラスメント、健康やジェンダーなど、人事は難易度の高い問題を抱えており、従来の人事部門だけで解決できるという状況でもありません。一人ひとりが視野を広げ、レベルアップする必要があると思っています。
また、人事は人事パーソンだけが活躍できる領域ではなく、例えば事業経験やファイナンス経験を積んだ人、他社で人事を経験した人が活躍することもあるでしょう。また、一人の優れた人事パーソンが孤軍奮闘して成果を出すには限界があるので、各自がレベルアップして、チームの総合力で難しい問題を解決していく必要があります。
昨今はVUCAと呼ばれる先の見えない時代になり、大企業であっても事業再編が起きて組織構造が大きく変わる可能性があります。もちろん当社も同様で、もしかしたら10年、20年先は広告事業をやっていないかもしれません。その際、人事パーソンも環境変化に振り回されず、きちんと対応できるような人材になっておく必要があります。人事用語では「自律的なキャリア形成」と言われますが、自分のキャリアを会社任せにせず、自分自身で経験・スキルを定期的に振り返っておくことが大切です。
「キャリア」という言葉は、一般的には仕事の経歴や経験のことですが、私自身は「ストーリー」と捉えています。自分が物語の主人公だと思って自分事として考えれば、物語の結末に向かって何をすべきなのかが見えてくると思います。難しいようであれば、信頼できる上司や友人、仲の良い同僚に相談して、自分なりのストーリーを明らかにしてみると良いでしょう。