【人的資本経営調査 第3弾】人的資本の価値を高める3ステップの提案

株式会社リクルートが企業の人事担当者3,007人を対象に実施した「人的資本経営に関するアンケート調査」(2021年10〜11月実施)。この分析結果をもとに作成した「人的資本の価値を高める3つのステップ」について解説します。人的資本経営について理解を深めることは、人事や採用の担当者に限らず、人材を生かす取り組みを推進してさらに伸びていく企業を見極めるためにも役に立つと考えます。(解説:株式会社リクルート HRエージェントDivision リサーチグループ 津田 郁)

世界的な人的資本経営の潮流

人的資本経営とは何か

昨今、世界的に「人的資本経営」が注目されています。人的資本とは、人材が保有する経験や知識・スキル・能力、およびイノベーションへの意欲・戦略の遂行能力などを意味します(※1)。現代の企業には人的資本の価値を向上させるようなマネジメント、すなわち人的資本経営の実践が求められています。

人的資本経営の定義はさまざまですが、私たちは「人材を経営上の最も重要な『資本』と捉え、全ての人的資本を活かし、その価値を持続的に向上させる人材戦略の実践を通じて、経営目的の実現と企業価値の向上を図る経営の在り方」と考えています。単に人を大切にする経営ではなく、経営目的実現と企業価値向上という視点から見て、人材を最も重要な資本だと見なし活用しているかどうかが問われるのです。

いま人的資本経営に注目が集まる4つの視点

人的資本経営へのシフトが起きている背景は、以下の4つの視点が考えられます。1つ目は社会的視点です。2019年、アメリカの経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」では、従来の株主資本主義から脱却し、顧客・従業員・サプライヤー・地域社会・株主など全てのステークホルダーを重視する方針を表明しました。ESGの一連の取り組みにも代表されるように、持続可能な社会づくりに向けたコミットメントが求められています。

2つ目は経済的視点です。投資家の判断指標として「見えざる資産」を評価する傾向が強くなっています。かつては主に財務的資産が企業価値の評価に反映されていましたが、近年は人的資本や知的財産といった非財務資産が評価される方向へ変化していきます。

3つ目は戦略的視点です。DXをはじめとした産業構造の転換期において、企業はイノベーションを創出する必要に駆られています。イノベーションの源泉である人を引きつけ、生き生きと創造的に働く環境を整備することが戦略的にも重要性を増しています。

4つ目は世代価値観の視点です。ミレニアル世代やZ世代、それに続くアルファ世代は、環境問題や社会課題に対して非常に関心が高いといわれています。こうした若い世代の社会的価値観を企業経営に織り込んでいくことも、重要な経営課題となっています。

人的資本経営への移行を促す4つの視点(社会的視点、経済的視点、戦略的視点、世代価値観の視点)

人的資本経営における2つの経営アジェンダ

このように人的資本に注目が集まる中、企業はどのようにして自社の人的資本の価値向上を図ればよいのでしょうか。人的資本経営をプロアクティブに実践していくためには、2つの経営アジェンダがあると考えられます。

1つは「人的資本の価値を高める戦略」の推進です。このアジェンダにおいては、従業員に対してどのような働きかけを行い、人的資本の価値を持続的に向上させていくべきかを検討して、戦略的に推進していく必要があります。

もう1つのアジェンダは「人的資本の情報開示」です。多様なステークホルダーに対して、自社の人的資本の状況を透明性高く開示することが求められています。具体的にどのような人的資本の情報を、どのように測定し、社内および社外のステークホルダーに情報開示をしていくかについて検討する必要があります。

この2つのアジェンダはそれぞれ切り離すのではなく、人的資本経営を促進するための構成要素として捉えることができます。人的資本の価値向上に関する一連の取り組みを社内外に開示し、各ステークホルダーと積極的な対話を行います。その中で得られた指摘やフィードバックを、人的資本のさらなる価値向上に活用していくという循環を回していくことが重要です。

人的資本経営における2つの経営アジェンダ「人的資本の価値を高める戦略」「人的資本の情報開示」

人的資本の価値を高める戦略とは

人的資本の価値を高める3ステップと6要素

ここでは「人的資本の価値を高める戦略」について解説します。企業を経営する上で、人的資本の重要性が世界的に高まっていることは前述した通りです。特にわが国においては構造的な人手不足である状況の中で、全ての人を活かしきり人的資本の価値を向上させる人材戦略を検討することが極めて重要です。

人的資本の価値を高めるといっても、単に人事施策を1つ2つ走らせればいいというわけではありません。企業として明確な人材観を持ち、人的資本を高めるための仕組みを構築し、その上で具体的な働きかけを考える必要があります。人的資本の価値を持続的に向上していくためには、普段から従業員に向き合い、それぞれの個性を認め、信頼関係を育んでいるかが極めて重要であるとわれわれは考えています。いかに常日頃から人に関心を持ち、持ち味を理解し、才能開花の機会を見守り続けているかが問われるのです。

今回の調査結果の分析から、人的資本の価値を高める3ステップのモデルを作成しました。これは人的資本の価値を高める6つの要素を、3つのステップに整理したものです。それぞれの要素には具体的な行動レベルの項目を作成しています。なお分析の内容は参考情報をご覧ください。

図のように3つのステップそれぞれに2つの要素が含まれています。ステップ1は土台となる「人材の捉え方」に関する要素をまとめたものです。ステップ2は人的資本を高める上で下支えとなる「人材を活かす仕組み」に関する要素をまとめています。ステップ3の「人材への働きかけ」の要素は、従業員に対する具体的な支援や関わり方に該当するものです。

人的資本の価値を高める3ステップ(変化対応力版)

いま必要なのは働く人の「変化対応力」を高めること

前述した通り、人的資本とは、人材が保有する経験や知識・スキル・能力、およびイノベーションへの意欲・戦略の遂行能力などを意味します。自社の人的資本の価値向上を検討する際、人的資本のどのような内容を高めればよいかを明らかにして進めることが大切です。現代のビジネス環境や働く人の価値観を踏まえた上で、自社の経営目的を達成するために欠かせない人的資本は何であるかを特定する必要があります。

当然ながらそれが何であるかは、企業が置かれている状況によって違ってきますが、今回の調査では「変化対応力」に注目し、「人的資本の価値向上=変化対応力の高まり」と設定して調査設計および分析を行いました。現代の企業が持続的に発展するためには、不確実性が高い中でビジョンを示し、新しい経営戦略・事業戦略を立案し、実行していかなくてはなりません。新しい戦略をスピーディーに遂行していくためには、機動的な戦略人事が必要であり、その基盤となるのが人々の変化対応力なのです。具体的には、従業員が新たな戦略に納得し、それまでの行動パターンを変え、新しい仕事のやり方に順応して成果を出してもらうというように、働く人の変化への強いコミットメントを引き出せることが経営戦略や事業戦略を推進する上で鍵を握ります。

また、変化対応力を高めることは従業員のキャリア形成の観点でも大切です。働く人の職業人生が長くなる中で、人々は人生の中で何度も、成果を出すためのスキルや他者との協働の仕方を革新していく必要があります。これからの時代は、働く人それぞれが主体的に変わり、自律・自走してスキルを獲得していくことがキャリア形成にとって極めて重要になります。結果として、企業が日頃から従業員が高い変化対応力を持つための支援をすることは重要と考えられます。

なおこのモデルにおける「変化対応力」は、図に示したような項目で構成しています。働く人が変化に対して柔軟であり、さまざまな状況に置かれても前向きに取り組む態度や行動を総称して「変化対応力」としています。以降ではステップごとに内容を説明していきます。

ステップ1「人材の捉え方」

人的資本の価値を高めていく上で、土台になるのがステップ1です。このステップは「多様な個の尊厳への配慮」と「相互選択的な関係性の構築」という要素で構成しています。これらは人的資本に対する価値観や関わり方、付き合い方について基本となる考え方を説明しています。

多様な個の尊厳への配慮

多様な人々の価値観を尊重し、あらゆる人に潜在価値があると信じることが、全ての人的資本を活かすための基礎になります。不当な差別が行われていないことは当然ですが、単に多様な人が存在しているだけではなく、働く人の意見や考えに耳を傾ける組織風土があることが重要です。近年のESGの取り組みにおいても、世界的に見て日本は人権やジェンダー平等の遅れが指摘されており、改めて働く人の尊厳について見直す必要性に迫られています。

人的資本は心を持つ資本です。人の心を動かしていくためには、一人ひとりに敬意を払い、関心を持っていろいろな側面を理解する努力が必要です。優秀な人とそうでない人、というように人材を区別するのではなく、全ての人は強みと弱みを併せ持つ存在であり、人材の強みをどのように企業の成長に結び付けていくかを検討すべきでしょう。「多様な個の尊厳への配慮」の具体的な項目は下記の通りです。

「多様な個の尊厳への配慮」の具体的な項目

  • 国籍、ジェンダー、年齢、身体機能、就業形態・雇用形態および働き方の違いによる不当な差別が行われていない
  • 働く人の発言や考え方・アイデアが、頭ごなしに否定されず正当に聞き入れられる
  • 働く人それぞれが持つ多様な価値観やライフステージ・キャリアプランが尊重されている
  • 働く人それぞれが独自の強みと弱みを持っていることが理解されている
  • 働く人の誰もが何かしらの制約があることが理解されている
  • 働く人の健康面の状態や心理面の状態が常に配慮されている
  • 働く人の個人情報・プライバシーに関する情報が適切に取り扱われている

相互選択的な関係性の構築

「人材の捉え方」のもう1つの要素は「相互選択的な関係性の構築」です。人材版伊藤レポートでは、働く人と組織の関係は、従来の囲い込み的な発想から、“選び、選ばれる関係”へと変わっていくと提言しています(※2)。そこには相互に一定の緊張関係が存在します。

従業員は会社の所有物ではなく、相互選択的な関係性を築いていくべきものと捉える必要があります。具体的には、自社で働くことがその人にとって良い選択になるように、企業は従業員をステークホルダーと見なして対等に接し、自社のビジョンやパーパスを伝えること。さらに、従業員がどのような制約を抱えていて、何を大切にして働いているかを把握し、働きやすい職場環境の提供に努める必要があります。

米マイクロソフトCEOのサティア・ナデラは、積極的に従業員との対話を行っています。従業員から投げかけられる質問に自ら回答し、一緒に戦略や組織文化について語り合う中で、従業員の考えや置かれている状況について知ろうとしています。従業員を、企業の考え方・やり方に従う者と見なしていては、相互選択的な関係性は育まれません。企業の経営陣が率先して従業員と対話し、思い込みを捨ててリアルな声に耳を傾けることが大切です。

「相互選択的な関係性の構築」の具体的な項目

  • 従業員と信頼関係を築いている
  • 働く人をステークホルダーとして捉えている
  • 働く人が、自社のビジョン・ミッションや目的に共感してもらえるよう尽くしている
  • 働く人それぞれに、求める貢献(仕事内容と達成基準)および報酬(内的報酬と外的報酬)を明確に伝えている
  • 働く人の安全性および身体面・精神面健康の維持に取り組んでいる
  • 従業員の個別事情や制約に配慮した働き方を提供している
  • 従業員および社外の協働者の声を聞き入れる仕組みを構築している
  • 時間や場所にとらわれない働き方を取り入れている

ステップ2「人材を活かす仕組み」

ステップ2は、変化対応力を高めるための下支えとなる仕組みについて解説します。「丁寧な採用と舞台設定」は、人材採用と配置・異動の考え方について説明します。「確かなマネジメントスキルの装着」では、ミドルマネジメントの考え方について紹介します。

丁寧な採用と舞台設定

ステップ2の一つ目の要素は「丁寧な採用と舞台設定」です。丁寧な採用とは、人材と企業が互いに何を求めているのかについて、採用の段階からきちんと擦り合わせることを意味します。企業は仕事において何が求められるのかを曖昧にせず、どのような職場でどれくらいの成果を期待する仕事に就くのか、職場の協働体制や評価基準などを明確に伝える必要があります。併せて入社希望者に対して、自社が提供できるさまざまな機会を説明し、その人のキャリア形成の観点から良い選択になるかを検討することが、その後の部署配置や育成のプロセスにつながります。

舞台設定は人材の部署配置や社内異動に関する項目です。多様な人がそれぞれの才能を花開かせるためには、適切な場の設定が欠かせません。同じ人材でも配属先の組織文化や人間関係によってパフォーマンスは大きく変わります。本人の希望も踏まえた上で、その人が最も活きる舞台はどこなのかを真剣に探し出す必要があります。さらに、なぜそこに配置されたかについて従業員に説明し、納得感を得ることが重要です。

社内の異動が盛んであることは、日本企業の特徴の1つです。人材がより活躍できる場所を社内で用意できることは、人を活かす上で大きな強みです。従業員の望まない転勤や単なる玉突き人事は是正されるべきですが、異動や昇格により内部人材を再配置することは、人的資本を最大限活かすための1つの手段と捉えて運用すべきでしょう。

「丁寧な採用と舞台設定」の具体的な項目

<採用に関する項目>

  • 入社希望者に対して、仕事に求められるスキルおよび仕事の評価基準を明確に説明する
  • 入社希望者に対して、中長期的なキャリアプランと自社での仕事の位置づけを確認している
  • 入社希望者に対して、自社が提供できる成長機会・学習機会および人的ネットワークを説明している
  • 採用にあたっては、本人の潜在的成長力や伸び代を重視している
  • 退職者の再入社や兼業・副業での活用を行っている

<配置・異動に関する項目>

  • 事業戦略遂行の観点と従業員のスキル向上観点の複眼で、配置を検討している
  • 配置の際は、その職場において従業員それぞれの強みが発揮され、さらなる強みの伸長が期待できるか確認している
  • 配置の際は、従業員が希望するキャリアプランやスキル開発ポイントと整合的であるか確認している
  • 従業員それぞれについて、配置先の組織風土のフィット感や人間関係を検討している
  • 従業員に対して、なぜそのポジションに配置されたかを説明している

確かなマネジメントスキルの装着

ステップ2のもう一つの要素は「確かなマネジメントスキルの装着」です。これは職場で人材の指導や育成に携わる管理職が、質の高いマネジメントができるようになるための一連の取り組みです。

管理職は人的資本経営を実現する上でのキープレーヤーです。企業は、管理職にどのような役割を期待するのかについて、行動レベルやスキルに落とし込み、具体化して示す必要があります。どのようなことができる人を管理職に任用すべきなのか、管理職一人当たりの部下人数は何人が適切なのか、どのようにしてリーダーシップやマネジメントスキルを高めていくのか。会社全体のミドルマネジメントの質を高めるためには、こういった点を曖昧にせず方針を持つことが重要です。

任用後も部下からの評価をフィードバックしたり、マネジメントスキル向上のためのコミュニティーを作ったりするなどして、継続的に強いミドルマネジメント層を育む取り組みを行う必要があります。

「イノベーターのジレンマ」で有名なクレイトン・クリステンセンは、「マネジメントは、立派に実践すれば最も崇高な職業の1つである」という言葉を残しています。この言葉はさらに、「人が学び、成長し、責任を担い、功績を認められ、チームの成功に貢献するのを、これほど多くの意味で手助けできる職業は他にはない」と続きます(※3)。マネジメントは面白くてやりがいのある仕事なのです。ただし、どんな仕事にも身に付けるべきスキルがあり、それはマネジメントも例外ではありません。

管理職本人が面白さ・やりがいを感じながらマネジメントができるようになるためには、どのような支援をすべきなのか。人的資本経営を実践する上で避けては通れない課題です。

「確かなマネジメントスキルの装着」の具体的な項目

  • 管理職に求める役割、期待、行動規範といったポリシーを明確に定めている
  • 管理職に登用する際は、その人のリーダーシップやマネジメントスキルの観点を重視している
  • 管理職一人当たりの部下の人数を設定している
  • 管理職のリーダーシップやマネジメントスキルを高めるための教育プログラムを実施している
  • 管理職のリーダーシップやマネジメントスキルを高めるためのコミュニティーをつくっている
  • 部下による管理職に対する評価サーベイを行い、フィードバックしている
  • 役職についていない一般社員の段階から、管理職に必要なリーダーシップやマネジメントスキルの情報提供を行っている

ステップ3「人材への働きかけ」

ステップ3は、従業員に対する直接的な関わり方をまとめたものです。「個とチームのエンパワーメント」では、従業員が日常的に仕事を進める中で、どのような働きかけをすべきかを説明します。もう1つの要素である「セルフ・リスキリングの促進」では、職場から一歩離れた場面での学習やキャリアプランの検討に関して解説します。

個とチームのエンパワーメント

この要素の各項目は、個々の従業員に関するものとチームに関するものに分けられます。個々の従業員に関する項目は、一人ひとりが仕事を進める際の目標設定、職務割当、達成支援といった場面に応じて、主に管理職が従業員に対してどのような働きかけを行うべきかについてポイントを紹介しています。これらを行う際に重要な観点は、従業員の主体性を育み、自律的に物事を進められるようになることを目標にして、一連の取り組みを進めることです。

一人ひとりが仕事にオーナーシップを持ち、自分で考え、他者の協力を引き出し、仕事を完遂する。日常的に自律性の高い動きをさせていくことが変化対応力につながります。そのためには、一人ひとりに関心を持って強みを見いだし、意欲的な目標の設定やワクワクする仕事の創造、巧みな仕事の任せ方、側面的な支援といった工夫が必要です。

チームに関する項目では、チームワークを高めるために必要なポイントを紹介しています。チームはあくまで仕事で高い成果を出すために存在します。そのためにはメンバー同士の信頼関係を築き、相手が誰であっても発言し合えることが重要です。ただし何でも発言し合える職場といっても、相手の人間性を攻撃するようなことはあってはなりません。あくまで仕事に着目し、仕事の品質を高めるための建設的な意見や、厳しいフィードバックが交換されるようなチームを目指すべきでしょう。

「個とチームのエンパワーメント」の具体的な項目

<個のエンパワーメントに関する項目>

  • 従業員に自発的な目標を尊重し、挑戦的な仕事を任せるように努力している
  • 従業員にとって、やりがいのある目標を設定している
  • 従業員にとって新しい学びや挑戦要素が含まれるように仕事をデザインしている
  • 仕事を通じて学び合えるように、従業員同士の組み合わせを検討している
  • 従業員の強みが発揮されるような仕事をアサインしている
  • 仕事を任せる際、達成水準とともにその仕事の組織にとっての意義・重要性および本人の成長にとっての意義・重要性を説明している
  • 仕事に関して十分な権限移譲を行い、仕事の進め方や工夫を任せている
  • 従業員の成長を刺激するような人と引き合わせている
  • 従業員の仕事の進捗を把握し、状況に応じて適切な支援を行っている
  • 従業員の強みや持ち味を伝えて、本人に気づかせている
  • 従業員のアイデアや挑戦を尊重し、後押ししている
  • 従業員が完遂した仕事に対して、質と効率の観点からフィードバックを行っている

<チームのエンパワーメントに関する項目>

  • チームやグループのメンバー同士の豊かな人間関係を育む
  • チームやグループ内でお互いに何でも発言し合える職場づくりに努める
  • チームやグループの自発的な目標および自律的な活動を尊重する
  • 従業員エンゲージメント等の結果に基づき、チームやグループ単位で対策を行っている

セルフ・リスキリングの促進

人材への働きかけのもう一つの要素が「セルフ・リスキリングの促進」です。「個とチームのエンパワーメント」では、従業員が仕事を進める中でのポイントを紹介しましたが、この要素では日頃の仕事から一歩離れた場面での学習や内省に関するポイントをまとめています。

具体的には、学び直し、スキルの棚卸しとキャリアプランの検討、多様なネットワーク形成の支援などが該当します。多様な経験を後押しすることを通じて、自分でアンラーニングができてスキルを高めていけるようなセルフ・リスキリングを促進することが変化対応力の向上につながります。

マルイグループでは、「個人の中の多様性」を実現することを目的に、積極的な人事異動による「職種変更」を推進しています(※4)。異なる職種を経験することによってアンラーニングを行い、新しい付加価値の創出に努めています。同社が2016年に実施した社内調査では、職種変更を行った人の約86%が異動後に「成長を実感した」と回答しています。

成否を分けるのは、人の可能性を信じ、才能を開花させるという思想を持って、一連の取り組みを進められるかどうかでしょう。従業員のキャリア自律をうたっていても、実態は個々が持つ意欲にふたをしていたり、社内外や部署間に分厚い壁があるようでは何も変わりません。従業員への支援や啓発とともに、そういったふたや壁を取り払うことも検討されるべきでしょう。

「セルフ・リスキリングの促進」の具体的な項目

  • 従業員の既存の知識・スキルのアップデートを奨励している
  • 従業員に対して、自社以外でも通用するスキルを学ぶ機会を提供している
  • 社内外のさまざまな教育プログラムを用意し、従業員が好きな内容を選べるようにしている
  • 社内外の多様な人とのネットワーク構築を支援している
  • 大学での学び直しやセミナー参加といった、社外での学習を奨励している
  • 副業・兼業、ボランティアといった社外での活動を奨励している
  • 従業員の経験からスキルを棚卸しして、希望する等級や職責になるために必要なスキル・経験を検討する
  • 従業員のキャリアについて相談に乗る
  • 従業員のキャリアプランおよび強み・スキルを踏まえて、社内外のあらゆるキャリア選択を示す
  • 従業員の自己実現につながるような社内の機会を検討している
  • 今後どのような仕事に携わっていくかについて、従業員とすり合わせる
  • 従業員とともに、今後の学習に関する実行プランをつくる
  • できるだけ従業員の自己申告に基づいて配置・異動するように努める
  • どのチームやグループで働きたいか従業員自身で選べるようにしている

人的資本の情報開示

「人的資本の価値を高める戦略」と併せて検討を進めるべきアジェンダが「人的資本の情報開示」です。ここでは、人的資本の情報開示に関する昨今の動向や、情報開示の状況についての調査結果を解説します。

情報開示に関する昨今の動向

企業の人的資本の重要性がクローズアップされる中、世界的に人的資本の情報開示の要請や開示指針策定の動きが加速しています。2020年、米国証券取引委員会(SEC)は上場企業に対して、人的資本の情報開示の義務づけを発表しました。2021年6月には「人材投資の開示に関する法律」が米国連邦議会の下院を通過しています(※5)。また2022年には、IFRS財団に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が設立され、気候変動をはじめとしたサステナビリティ領域の開示基準の策定が進んでいく予定です(※6)。

日本では、2021年6月に東京証券取引所が改訂コーポレートガバナンス・コードを公表しました。例えば補充原則3-1③では、人的資本や知的財産への投資等について、経営戦略との整合性を意識して具体的に内容を開示すべきであると、上場企業に対して要請しています。また、日本政府は2022年夏をめどに人的資本に関する情報開示指針の策定を進めており、具体的な開示項目や評価方法が検討されています。

同じくサステナビリティの重要テーマある気候変動は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が国際的な枠組みとして合意が取れつつあります。一方で人的資本の情報開示に関しては、現在まさに議論が継続中であり、国内外の今後の動向に注視が必要です。ただし本質的に重要なことは、自社にとって人的資本の価値を最大化させる人材戦略は何であるかを検討し、その戦略推進において重要な指標を特定して、測定および情報開示を進めていくことであるとわれわれは考えています。

人的資本の情報開示のポイント

世界最大の資産運用会社である米ブラックロックは「世界中の企業は可能な限り、あらゆる才能を最大限に活かすような人材戦略をとるべき(※7)」と発信しています。人的資本の情報を体系立てて測定することは重要ですが、単にデータを網羅的に掲載したレポートが求められているわけではありません。人的資本を活用する上で、自社が最もこだわりを置く点を中心に情報を測定し、人的資本の価値を高める取り組みとともにステークホルダーへの開示を進めるべきでしょう。

具体的には、自社の経営理念や人材マネジメントポリシーにおいて、企業が従業員との間で何を大切にしているかを示すことが第一に重要です。次に、それにひもづくかたちで、人的資本を高める取り組みや施策について、KPIとスコアなどの情報とPDS(※8)の状況をナラティブに伝えていく。このように一貫性のあるストーリーとして表出していくことで、投資家に対しても従業員に対しても、企業が人的資本についてどのように考え、どのような取り組みに励んでいるか、納得感高く伝えていくことができます。

人的資本に関して計測したデータを公開するだけではなく、自社では、人的資本価値を高めて、経営戦略の実現にどう活かしているかの公開が求められているのです。

人的資本情報の測定および開示状況

今回の調査では企業の人事担当者に対して、所属する企業の人的資本に関する情報の測定および開示・報告状況について質問しました。図表のように、全体では半数以上で人的資本の測定が進んでいます。ただし、社内外への情報開示は14.9%に留まっていることが明らかになりました。上場/非上場の分類では、特に「社内および社外に開示・報告している」の割合において、上場企業が非上場企業を大きく上回っています(14.5pt差)。なお、調査結果の詳細に関しては過去リリースをご参照ください。

人的資本経営と人材マネジメントに関する人事担当調査(2021)第1弾:「ISO30414」に基づいた主要11領域の調査結果

「ISO30414」主要11領域の人的資本情報の測定・開示状況 全体では半数以上で人的資本の測定が進んでいる

※測定のみ:測定しており、情報は自部署でのみ活用している
※測定&社内開示:測定しており、情報は社内(経営層、関連部署、従業員等)のみ開示・報告している
※測定&社内外開示:測定しており情報は社内(経営層、関連部署、従業員等)および社外(株主・投資家、取引先、顧客等)に開示・報告している
※ISO30414を参考に24項目の人的資本情報について確認し、全項目を集計したもの。株式公開状況について「その他」「わからない」の回答を除く
※上場(n=669)の内訳は、東証一部(548), 東証二部(65), マザーズ(24), JASDAQ(32)

人的資本の情報開示は、投資家・株主への情報提供が議論の中心になりがちですが、社内外の多様なステークホルダーを念頭に置いて開示を行うことが重要です。投資家・株主だけでなく、社外のステークホルダーには顧客や地域社会、就職を希望する個人も含まれます。社内のステークホルダーは、従業員や取締役会などが該当します。このようなさまざまなステークホルダーに対して、自社の人材に対する価値観や取り組み・データを伝えるとともに相手の意見に耳を傾けることが重要です。情報開示がゴールではなく、そこから始まる対話にこそ価値があると考えるべきでしょう。

借り物ではない、スタイルがある人的資本経営の追求を

本稿では人的資本経営をテーマに、その考え方や企業が取り組むべき2つの経営アジェンダ、人的資本の価値を高めるための3ステップなどを紹介しました。

このテーマは「人的資本の情報開示」がトピックスとして先行している印象を受けます。特に上場企業の場合は近いうちに情報開示が必須となる可能性が高く、早急に議論を進める必要があります。ただし、情報開示は極めて重要なアジェンダであるのですが、人的資本経営に関する議論が情報開示のみに終始してしまっては、非常にもったいないと感じています。

人的資本経営の本質は、働く一人ひとりの活性化であり、そのエネルギーを企業の中長期的な価値向上につなげることにあります。世界的な人的資本の重要性の高まりを良いきっかけにして、改めて人材を最も重要な資本と捉え、全ての人的資本を活かしきる経営の在り方を検討すべきでしょう。

「資本」は自己増殖する価値の運動体といわれます。人的資本の価値を持続的に高めて組織として進化するためには、企業が持つ人材観、人材を活かすための仕組み、具体的な人材への働きかけや接し方の全てが、経営目的の実現に向けてデザインされている必要があります。一貫性のある人材戦略は、組織文化を育み、企業としての模倣困難性の獲得につながります。

何より重要なことは、自分たちらしい人的資本経営を追求することではないでしょうか。安易なモノマネではない、明確なスタイルのある経営を考えるべき時期に来ています。本稿でご紹介した内容が、人的資本経営を議論する際のご参考になれば幸いです。

最後に本稿では言及しきれなかった点について触れたいと思います。まず人的資本経営における等級制度・評価制度・報酬制度の在り方です。従業員のどのような成果を評価して報酬に結び付けるのか。リスキリングを促進する中で、リスタート時の等級はどのように設定するのか、という点は引き続き検討が必要です。また現代の企業の多くは、多様な雇用形態の働き手から構成されています。例えば正規従業員/非正規従業員の構成割合は業種によってさまざまであり、それぞれの業種のビジネス特性や人材ポートフォリオの違いに応じた人的資本経営の検討も重要です。以上のような点は引き続き皆さまと議論をさせていただき、稿を改めて紹介できればと思います。

≪注釈/参考文献≫
※1 人的資本の定義は文脈によって複数存在する。本リリースでは島永(2021)(※9)で言及されているBarney(2001)、IIRC(2013)を参考に作成しました
※2 経済産業省. 「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会報告書―人材版伊藤レポート」. 2020
※3 クレイトン・M・クリステンセン, ジェームズ・アルワース, カレン・ディロン著, 櫻井祐子訳. 『イノベーション・オブ・ライフ ハーバードビジネススクールを巣立つ君たちへ』. 翔泳社. 2012
※4 株式会社丸井グループの企業サイト「サステナビリティ」のページより
https://www.0101maruigroup.co.jp/sustainability/theme02/development_01.html
※5 経済産業省. 「第4回人的資本経営の実現に向けた検討会(2021年10月)」事務局説明資料より
※6 金融庁. 「第2回 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(2021年10月)」事務局説明資料より
※7 ブラックロック社ホームページ「ラリー・フィンク2021 letters to CEOs」から抜粋
https://www.blackrock.com/jp/individual/ja/about-us/ceo-letter/archives/2021
※8Plan-Do-See の略。計画、実行、評価というサイクルを繰り返して課題解決を図ること
※9 島永和幸. 『人的資本の会計』. 同文舘出版. 2021

≪謝辞≫
本調査および本稿の作成に当たり、学習院大学守島 基博教授には大変有益な助言を頂戴しました。また本調査の分析については、ヒストリカルデザイン株式会社 田窪氏にご支援を賜りました。この場を借りて深く御礼申し上げます。

≪調査結果を見る際の注意点≫
%を表示する際に小数点以下第2位で四捨五入しているため、合計値と計算値が一致しない場合があります。

<調査概要>
調査名:人的資本経営と人材マネジメントに関する人事担当者調査(2021)
調査目的:人的資本経営や人材マネジメントなどに関する実態を明らかにする
調査方法:インターネット調査
調査対象:全国の人事業務関与者(担当業務2年以上)

調査期間:2021年10月29日(金)~11月12日(金)
調査回答数:3,007人
回答属性:下表参照

回答属性(従業員規模/勤務先業種/勤務先地域)

<参考情報>
本稿で紹介した「人的資本の価値を高める3ステップ(変化対応力)」は、調査から得られたデータに多変量解析を行って作成しました。

説明変数には62の設問を使用しています。これらは人的資本の価値を持続的に高めるために、企業が育むべき人材像を検討した上で、具体的な行動レベルの仮説を設問項目に落とし込んだものです。調査対象の人事担当者が所属する企業において、全体としてどの程度実施されているかについて5件法で確認しました。62項目の記述統計および目的変数との相関係数を確認したのち、因子分析(主因子法、プロマックス回転)を行って6つの因子を特定しました。

目的変数の変化対応力は9つの設問の合成変数です。9項目はキャリア・レジリエンスなどの尺度を参考に作成したものです。説明変数と同様に、調査対象の人事担当者が所属する企業において、全体として従業員は変化対応に関する行動をどれくらい行っているかを5件法で確認しました。

説明変数と目的変数の因果関係は共分散構造分析で確認しました。具体的には当初の仮説に基づいて作成した10モデルを検証し、下表のモデルを「人的資本の価値を高める3ステップ(変化対応力)」としました。

今回は企業の人事担当者を調査対象とし、変化対応力を目的変数としたモデルを作成しました。今後は調査対象を企業あるいは従業員とした調査を実施、本モデルの検証や改良を行う予定です。

参考情報 分析の手順と結果

株式会社リクルート HRエージェントDivision リサーチグループ 津田 郁

株式会社リクルート HRエージェントDivision リサーチグループ

津田 郁

2011年リクルート海外法人(中国)入社。
グローバル採用事業『WORK IN JAPAN』のマネジャー、リクルートワークス研究所研究員などを経て21年より現職。現在は労働市場に関するリサーチ業務に従事。専門領域は組織行動学・人材マネジメントなどの組織論全般。経営学修士。

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