2024年11月2日、リクルートダイレクトスカウトは、“女性のキャリアのひらき方”をテーマとする「ウーマンキャリアサミット」を開催しました。第1部では、業界トップランナーとして活躍を続ける3名のプロフェッショナル女性が登壇。トークセッション形式で、キャリアの築き方や、逆境を乗り越える秘訣などを語っていただきました。
続く第2部では、コーポレート職の女性たちが自身の転職経験をもとに等身大のキャリアストーリーを語り、第3部では、リクルートエージェントの現役キャリアアドバイザーによる個別キャリア相談会を実施。今回は、第1部のトークセッションの様子をお届けします。
業界トップランナーが語る自身の“ファーストキャリア”とは?
第1部のトークセッションに登壇いただいたのは、パナソニック コネクト株式会社の取締役・山口有希子氏、日本マイクロソフト株式会社の執行役員常務・三上智子氏、株式会社YeeYの代表取締役・島田由香氏。業界トップランナーとして活躍を続けている3名のプロフェッショナル女性に、テーマごとに自身のキャリアヒストリーを語っていただきました。
1つ目のテーマは“ファーストキャリア”について。現在、パナソニック・コネクトの取締役を務め、マーケティングデザインやカルチャー改革の推進を手がけている山口氏は、「現在、転籍や出向も含めると10社目を経験しているが、キャリアのスタートは、不動産事業を展開していたリクルートコスモスだった」と話します。
「私は九州の地方出身で、男性優位の保守的な地域で生まれ育ったため、『なぜ女性も平等に扱ってくれないのか?』という思いを抱いていました。ですからファーストキャリアでは、男女関係なくパフォーマンスを評価してくれる会社を選んだのです。
しかし、入社直後にバブルがはじけ、不動産ビジネスが大きな影響を受けたことで、部署内のほとんどの人が転籍させられました。私自身も広告営業として飛び込みで新規開拓をすることになりましたが、このとき、自分でキャリアを計画しても社会の動きや会社の都合で変わってしまうことを痛感しました。
おかげで、ファーストキャリアの時点から『私は何がしたいんだっけ?』『どういう仕事をすれば幸せだと思える?』など、自分自身の今後のキャリアについて考えるようになったのです」(山口氏)
一方、日本マイクロソフトにてエンタープライズビジネスのトップを務めている三上氏のファーストキャリアは、外資系企業のDELLだそう。「学生時代に海外留学を経験したことがきっかけとなった」と話します。
「ニューヨークでの短期留学を経験したことで、『絶対に海外で働きたい』と思うようになり、さらに2年間の米国留学を経験ました。実は私、DELLが1社目ではなく、新卒では国際的な仕事ができそうなほかの会社に入社したんですよ。けれど、想像以上に厳しい環境があった上に、仕事そのものも自分の望んでいたものとは違っていました。
そこで、再度、グローバルな仕事を目指し、派遣で働きながらMBA取得の予備校に通うことにしました。その後、米国・インディアナ大学でのMBA課程の修了や外資系企業でのインターンなどを経て、ダイナミックかつ柔軟な環境で働けるDELLに入社できたのです。周囲の同世代は遊んでいる時期でしたが、『20代で頑張ることが、30代以降の自分の人生を豊かにする』と信じて突き進みました」(三上氏)
かつてユニリーバ・ジャパンの名物人事として名を馳せた島田氏は、副業で始めたウェルビーイング支援のビジネスにて独立し、現在はYeeYをはじめとする4社の代表として活躍しています。そんな島田氏がファーストキャリアで選択したのは、人材開発ビジネスを手がけるパソナでした。
「私の場合、人事の仕事がやりたいと思って就職活動を進めましたが、正直、企業に合わせなくてはならない“日本の就活”のあり方そのものがおかしいと感じていました。ですから、リクルートスーツは着用せず、自分らしくジャケットとパンツで就職活動をしましたね。
このとき、大手をはじめ、さまざまな人材系の企業で仕事のやりがいなどの話を聞いてみたものの、口先だけで心がこもっていないと感じることが多かった。そんな中で、パソナだけは皆さん、本物の笑顔を見せてくれたのです。働く人が幸せそうだと感じたことで入社を決めました」(島田氏)
その先のキャリアを築く“原動力”になったもの
ファーストキャリアの選択は三者三様ですが、その後のキャリアを築いていく際、原動力になったこともそれぞれに違っていました。
「20代の頃は本当にキャリアに悩んでいましたね。『私は何者なのか。自分に何ができるのか』と悩み続け、それでも『何者かにはなりたい!』という想いがあったことが原動力になったのではないかと思います。悩みながらも自分自身に向き合い、何がやりたいのかを考えた結果、グローバルビジネスを目指そう、と。このとき、『2期連続で営業トップの賞を獲ってから会社を辞めよう』と決意し、実際にそれを実現した後、九州に戻って転職活動を開始しました。とはいえ、当時は、女性を総合職で採用する企業なんて、九州にはほぼなかったんですよ。60社の選考に落ち、それでも派遣社員で働きながら転職活動を続け、唯一、総合職として拾ってくれた名古屋の商社に入社することができました。その会社でさまざまな領域の仕事を手がけ、マーケティングにも取り組むようになったのです」(山口氏)
「私が強い意志を持てた背景には、両親の影響がありました。父はジャーナリストという職業柄、海外を飛び回っていたので、『アメリカでは男女関係なく意見を自分の意見をしっかり持ってやりたいことをやる』と話してくれましたし、常に両親から『何事にも主体性を持ちなさい』と言われてきたことが大きかったと思います。それに、私は人からよくポジティブと言われますが、DNA検査で調べたら先天的にはネガティブな性質だったんですよ。後天的にポジティブになれたのは、もしも悪いことがあったとしても、『それは次に起きる良いことのためにあるんだ』と両親が言ってくれたおかげだと思っています」(島田氏)
「私の場合は好奇心が原動力ですね。無邪気に好奇心で突っ走ってきたと思います。ただ、自分自身のことを怠け者だと思っているので、やりたいと思うことがあったら先に行動して出口を塞ぐようにしてきました。MBA取得のための奨学金を得たときも、親にも言わずに会社を辞めましたから。もちろん、親が自分のやりたいと思うことに理解を示してくれて、サポートしてくれたおかげもあるとは思っています」(三上氏)
キャリアが大きく転換した時期
2つ目のテーマである“キャリアがひらいた瞬間”では、自身のキャリアが大きく転換した時期について振り返っていただきました。
山口氏は、「自分の思いを意識することで、次につながる機会が見えてくる」と話します。
「最初の転職先では、女性総合職の第1号として働きました。ありがたいことに評価もしていただき、海外駐在の話もありましたが、未婚女性の海外赴任は前例がなかったために結局ダメになってしまって。ああ、やっぱりここでも難しいのか、と再び痛感しました。
この時期、私は同時通訳の学校にも通っていて、ふと『そうか、私は外資系の企業で働きたいんだ』ということに気づきました。そんな中、会社の展示会でお客様に英語で説明をしていたら、その方がまさに外資系の企業で、『実は、マーケティングコミュニケーションのマネージャーを探している』と声をかけられました。そこから私のキャリアはチェンジし、以来20年ほど、外資系の企業でマーケティングを手がけることになったわけです。
自ら努力して勉強していたりすると、ある時、そこに好機をとらえるタイミングが交差するものなんですよね。振り返ってみると、あの頃は悩みながらも一生懸命に考え、『この現状からピボットしなくてはいけない』と思っていました。自分の思いを意識していることで、次につながる好機が見えてきたように思います」(山口氏)
一方、島田氏は、「やりたいことに向かって行った結果、振り返るとそれがキャリアになっている」と話します。
「キャリアには“轍”という意味があり、前にあるものではなく、後ろにできているものなんですよ。振り向いた時に自分が歩んできた道がキャリアなんです。自分の人生を切りひらいた結果、振り向くとキャリアができる。目の前に無数の道があっても、『面白い』『やりたい』『そこに行きたい』と思った方向を選んでいけば、振り返った時、自分らしいキャリアができると考えています。
GE(ゼネラル・エレクトリック)で働いていた頃の上司の言葉に『天からピンセット』というものがあるんですけど、道を歩いている時に『天からピンセット』でつままれるように、全然違う場所にいきなり連れていかれてしまうようなことってあるんですよね。良くも悪くも、人生、思いもかけないことが起きるもの。
だからこそ、神様の視点になって『どういう人を応援したくなるか』を考えたらいいんじゃないかと思います。大変なことがあっても、前向きに頑張っている人や、次に何かあるかもしれないと笑顔で挑戦していく人がいたら、神様だってやっぱり助けたくなるものじゃないですか。そういう人の場合、『天からピンセット』も良い形で起きるんだと思っています。
とはいえ、私の場合は『天からピンセット』が起きた時期って、必ずしももがいてる時期ではなかったんですよね。ただ、もがいたり苦しんだりしたときには、『何のために人事をやっているんだろう』『何のために生きているんだっけ』と自分に問いかけることで、大きな力をもらえるんです。『そうだ、私はウェルビーイングで世の中を満たしたいんだ』という想いに立ち返ることができますから」(島田氏)
三上さんもまた、自身の経験から「自分の想いに従った結果がキャリアになる」と語りました。
「ファーストキャリアのDELLでは、短期間で結果を出すミッションに繰り返し挑み続けたので、4年経つ頃にはもうやり尽くしたと感じました。それで、『やっぱりアメリカで働いてみたい』と思ったんですが、どの企業でも相応の年数を経て、シニアやエクスパートにならないとそこまで行けないのが現実だったんですよね。
ところが、マイクロソフトで働いている友人と話していたとき、『うちの会社ならジョブホスティングで手を挙げれば海外勤務も普通に実現できるし、アメリカのポジションがちょうど上がってきているよ』と言われて、そんな会社があるのかと驚きましたね。このとき、マイクロソフトに転職したことが私のキャリアの大きな転機になりました。入社時にアメリカに行きたい思いは伝えていましたが、それからわずか1年半で実現することができ、本当にトントン拍子で進んでいきましたね。
今、振り返ってみると、まるで整えられたかのようにこれまでのキャリアがそこにあるように感じます。けれど、それは自分の好奇心やパッションに従って、もがいてもがいて頑張ってきた結果なのだと、いつも思っています。20代、30代の皆さんは、これから先の5年、10年は、自分のパッション、やりたいことに従ってみるといいかもしれません」(三上氏)
ロールモデルはたくさんいてもいい
3人のプロフェッショナルには、ロールモデルはいたのでしょうか?トークセッションでは、ロールモデルの考え方もお話いただきました。
三上氏は、「アメリカで多様な女性と働いた経験」から得た結論をこう語ります。
「私は20代から30代にかけて、ロールモデルとなる存在を探し続けていましたが、アメリカで働いてみたことで考えが変わりました。それまではバリバリのキャリアウーマンにならなくてはダメだと思ってたけど、アメリカの職場にはバリバリやる人だけでなく、リラックスして仕事に取り組む人もいれば、子育て中の人やシングルマザーの人などもいて、本当に多様な働き方をしていたんです。30代前半で、世界中の人と一緒に働けたことで、自分らしくキャリアを歩んでいいんだなと思えましたね」(三上氏)
山口氏も「いろんな人の生き方に触れること」の意義を語りました。
「外資系企業で働いた時のボスが、すごく素敵な女性だったんです。その方は、出産や病気などでキャリアを一時休んだ時期があっても、また復活してCMOとして活躍していました。人生は人それぞれであり、いろんな生き方があると知ったことで、『何でもアリなんだ』と思えましたね。いろんな人の生き方に触れることで、生きるのが楽になるんじゃないかなと思います」(山口氏)
一方、島田氏は、「ロールモデルは何人いてもいいし、いなくてもいい」と話します。
「ロールモデルは一人じゃなくていいと思います。『この人、素敵だな』と思うところがあったら、それを盗んだらいいんですよ。私の場合、パソナ時代、GE時代、ユニリーバ・ジャパン時代に、タイプの違う素晴らしい上司から学ばせてもらいました。ですから、ロールモデルは何人いてもいいと思いますし、逆に、いなくてもいいんじゃないでしょうか。
ただ一つ言えるのは、1箇所のみにとどまらないことが大事ということ。どこかに出歩くとか、会社を移ってみるとか、あるいはサードプレイスでいろんな人とつながっていくとか、そういうことをすれば、いい刺激をもらえると思いますね」(島田氏)
三者三様のキャリアを築いても、「今が最もチャレンジング」
20代、30代をチャレンジングに過ごし、自分のキャリアを切りひらいてきた3人のプロフェッショナルたちですが、皆さん、口を揃えて「今が最もチャレンジング」と話します。
転職後、1社で長く働いてきた三上氏は、「入社以来、チャレンジの連続だった」と語ってくれました。
「マイクロソフトには本当にたくさんのビジネス領域あるから、常に違う仕事を経験し、社内転職しているような感覚を味わってきました。これまでに営業も財務も経営企画もマーケティングも経験してきましたが、毎回、ガラッと仕事内容が変わるので、それこそチャレンジの連続であり、同じ会社で働き続けていても飽きることがないんですよ。現在、手がけているエンタープライズサービスも、これまで経験したことのない大きなチャレンジだと思っています。私らしいやり方で挑戦したら面白いかなと思って取り組んできて、今ようやくその形が見えてきましたね」(三上氏)
島田氏は、「パーパスが大きくなること」で、より大きなチャレンジに向かっています。
「私も今のほうがよりチャレンジしていると感じます。誰しも、心のどこかに消えない火種があり、生まれてきた理由、パーパスが必ずあるもので、そこにつながることを必ずしているものなんですよね。それが大きくなればなるほど自分らしくいられるし、何でもうまくいくようになると感じます。今は組織人事ではなく、“地域のウェルビーイング”というより大きなパーパスに取り組んでいるので、難しいこともたくさんあると感じます。けれど、それと同時に自分自身のウェルビーイングも大きく高まっていますね。
私が思うに、“人生を切りひらくこと”は、自分にしかできないことなのです。でも、周囲にいるたくさんの人々が情報をくれたり、サポートをしてくれたりもするんですよね。だから、ギブ・アンド・テイクではなく、シェア・アンド・レシーブだと考えて、助けて欲しいときは素直に助けてもらい、『ありがとう』と言えることが大事。そして、ほかの誰かが助けを求めているときには、惜しむことなく力を貸すことも大事。女性って、そういうことができる力を持っていると思うんですよ」(島田氏)
山口氏には、「根っこと幹がつながる感覚」について語っていただきました。
「私も、今のほうがチャレンジングであり、かつ、今のほうが自分の力を出せているように感じます。例えるなら、『根っこと幹がつながった』というイメージです。そもそも私がやりたかったことと、今やっていることがつながると、そこからさらに葉が生い茂り、もっともっと豊かになっていくんです。
外資系企業でキャリアを重ねてきた私は、現在、トラディショナル・ジャパニーズ・カンパニーの企業変革を手がけていますが、自社だけでなく、他の企業にも影響を与えて全体を良くしていきたいと思っています。やりたいからやっているのだと心から思えますし、次のジェネレーションにつないでいけるから、とても意味のある仕事をしていると思えます。やっと、根っこと幹がつながったという感覚を味わえていますね。
これから自分のキャリアを切りひらいていく皆さんにも、『自分が本当に何をしたいのか。何をすれば幸せに生きられるのか』を大切にしてほしいと思います」(山口氏)
参加者からの質問コーナーの回答をQ&A形式で紹介
最後の質問コーナーでは、参加者の皆さんが挙手する形で質問を受け付けました。ここでは、参加者からの質問と、3人のプロフェッショナルの回答をQ&A形式でご紹介します。
Q:島田さんのパーパスの話が心に残りましたが、皆さんのパーパスについて教えてください。
A(山口氏):テクノロジーの力、マーケティングの力、そしてダイバーシティの力を心から信じているので、これらを使って組織や社会をより良くしていきたいと思っています。
A(三上氏):私もテクノロジーの会社で働いているので、テクノロジーやAIを使って、日本発の良いものをより世界に伝えていきたいですし、その結果、日本の皆さんがハッピーになれるよう、少しでも力になりたいと思っています。また、私は“自分らしく生きること”を大事にしているので、自身の生き様を知ってもらったり、情報発信したりすることで、一人でも多くの人を勇気づけることができれば、と思っています。
A(島田氏):全ての人が笑顔で自分らしく生きて、「ああ、自分の人生は豊かだな」と思える人で社会を埋め尽くしていくことがパーパスだと思っています。私がこれを言語化できたのは40歳前後くらいかもしれませんが、ただ、パーパスは誰にでも必ずあるものです。パーパスは、誰でも生まれた時からあるはずなので、それを見つけ直すことが大事だと思います。10歳くらいの頃に好きだったものや人、なりたかった職業などをぜひ思い出してみてください。それは、自分のパーパスと直結しているはずです。
Q:新しい会社、新しい仕事の領域に飛び込むときに、皆さんが心がけていることは何ですか?
A(島田氏):かつて同じような質問受けたことがありますが、私は何かをする前に「失敗したらどうしよう」と思ったことがなく、質問の意味がわからずに会場を驚かせてしまったことがありました。シンプルに考えると、何かをやる前の段階では失敗するかどうかわからないものですし、私の場合は、未来にワクワクする方向に頭が行ってしまうんですよ。とはいえ、この考え方がいいかと言えば人それぞれだと思います(笑)。リスクを考えないために、「あちゃー」と思うようなことも起きますから。けれど、私自身は「思うように行かなかった。じゃあどう対処しようかな」となるので、あまり気にしていませんね。
A(山口氏):その質問の意味がわかる人間としてお答えしますね(笑)。新しい環境に飛び込む不安と好奇心を比べたとき、好奇心のほうを大きくすれば、不安は少なくなると思います。これまで10社を経験する中、毎回、「この人たちは、どういうことを考えて仕事をしているんだろう?何に困っているの?どうすれば私は役に立てるの?」と考え、それを知りたいという思いを大切にしてきました。相手への好奇心を持ち、それを態度で示すことで、いろんなことが前に進むように思います。興味を持ってくれる相手を嫌がる人はいないもの。好奇心をどれだけ持ってこれるかが大事であり、そういう態度で臨むことでうまくいくと思います。
A(三上氏):好奇心ももちろん重要だと思いますが、私は「人の助けを得ること」を大切にしています。何もアクションを起こさないと、失敗すらできないので、自分で全てをどうこうしようと思わないことが大事だと思います。次に進む大きなステージでは必ず得るものがあるので、失敗を学びととらえ、いろんな人に助けてもらいましょう。「自分にはわからない。どうすればうまくいくのか」という気持ちをオープンにして手を挙げたら、きっと周囲の人たちが助けてくれるはずです。
今回のトークセッションでは、1時間という短い時間の中で非常に内容の濃いお話を伺うことができました。参加者の皆さんがメモを取ったり、共感や関心の声を上げたりする瞬間も多く、今後のキャリアをひらくためのヒントがたくさん詰まっていたようです。
この後の第2部では、広報、人事などのコーポレート職で自分らしいキャリアを実現した3名の女性に登壇いただきました。転職の際に軸にしたことや、キャリアを描くために大事にしていること、現在の仕事のやりがいや難しさまでお話しいただき、等身大のキャリアストーリーを知る貴重な機会となりました。
さらに第3部では、事前申し込みをされた参加者の方々を対象に、リクルートエージェントのキャリアアドバイザーによる個別のキャリア相談会を実施。キャリアの悩み相談や今後の可能性を知るために役立てていただきました。
リクルートダイレクトスカウトでは、さまざまなコンテンツを公開予定
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