リクルートダイレクトスカウトは、株式会社SmartHR取締役COOである倉橋 隆文氏をお迎えし、「これからの人事のあるべき姿」をテーマにしたビジネスセミナーを開催しました。「人事戦略」「研修・組織開発」「運用推進」という3つテーマに焦点を当て、株式会社リクルート Vice President 近藤 裕氏とともに語っていただきました。
倉橋隆文氏
2008年、外資系コンサルティングファームであるマッキンゼー&カンパニーに入社し、大手クライアントの経営課題解決に従事。その後、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。2012年より楽天株式会社にて社長室や海外子会社社長を務め、事業成長を推進。2017年にSmartHR入社、2018年1月より現職。
近藤 裕氏
金融機関を経て大学院で労働経済学を学び、2005年株式会社リクルートエイブリック(現リクルート)入社。リクルーティングアドバイザー(法人営業)部門でマネジャーを務める。
2017年から事業企画にて部長を経験、IT活用による事業進化を推進。2020年にリクルートキャリアのエージェント事業執行役員に就任。2021年の会社統合をきっかけにSaaS事業の立ち上げに携わる。2023年より現職。
採用市場の変化に伴い、幅が広がる人事のキャリアと求められるスキル
近藤:
採用に関するキーワードのトレンドで、いま注目されているのは「ジョブ型雇用」です。ジョブ型雇用で社員に必要な経験を定義した結果、社内にない経験を求めるという動きが非常に強くなっています。中途採用の求人が増え続ける一方で、人事部門のアジェンダが多岐にわたっていると感じています。
倉橋:
私も様々な企業や人事の方と話をして、人事の領域が変わってきていると感じます。日本の労働力人口が減っているので、企業同士で人材の取り合いになっています。人手不足に拍車をかけるように事業環境も変化しており、DXやAIなどの新しい領域は社外から人材を採用しないと変化に間に合いません。その結果、人事への負担はものすごく上がっています。逆に言えば、人事が企業で果たす役割が増えているということでもあります。この流れは、労働力人口が減り続ける数十年の間は変わらないトレンドでしょう。
近藤:
人事のキャリアも変化しています。人事のアジェンダが増えて仕事が多岐にわたるようになり、他職種の方が人事のポジションに就くケースも徐々に増えています。人事で専門性を高める方もいれば、幅広く人事を理解した上でHRBPと呼ばれる事業戦略に沿った人事施策を実行するポジションに就く方もいます。人事は経営と切り離せない役割になっており、人事のキャリアアップの機会は至るところにあると考えています。今後も人事の在り方はどんどん変わっていくでしょう。
倉橋:
SmartHRはどちらかというとジョブ型雇用で、社内で大きく職種が変わるケースは少ないのですが、先般、営業の本部長がHRBPの本部長に異動になりました。異動は本人の希望で、人事の経験はこれからですがマネジメント経験があり、事業部のことを理解しているので、人事としての価値を発揮しやすいと期待しています。事業と人事の連動性がますます重要になっているので、両方の景色を知っている人材は、より活躍できるでしょう。
事業戦略と人事戦略の連動の重要性~リクルートの事例とSmartHRのHRBP~
倉橋:
「人的資本経営」で一番重要だと言われているのが、「事業戦略」と「人事戦略」の連動です。リクルートはこの2つを連動させるのがとても上手だと思っており、特に社長を継承する話が印象的です。
近藤:
リクルートは、社長が変わると事業戦略のコンセプトがガラッと変わります。10年くらい前から事業戦略のアジェンダを決めて、経営アジェンダとセットで社長を担えそうな人を選定するプロセスを作っています。手前味噌になりますが、企業がずっと成長し続けるために非常に重要なことだと思います。
倉橋:
現在は会長になられた前社長の峰岸さんの話を伺ったことがあります。峰岸さんが社長になるタイミングで、日本市場中心だった事業戦略から、「グローバル転換」がコンセプトになりました。峰岸さんが社長に選ばれて経営テーマもグローバルになり、ホールディングスは世界で仕事をするために、新卒中心の文化から一転、積極的に中途採用をしたと伺いました。グローバル展開をするために採用戦略もガラッと変えるのが、まさに「事業戦略に基づいた人事戦略」です。言うは易く行うは難しいことなのに、10年前から先を見越して徹底的に実行されています。
近藤:
確かに、すごく先まで考えているかもしれません。私のような事業責任者のポジションでも、「5年後を背負える適任者を考える」というのが、自分の最重要アジェンダです。HRBPと一緒に5年後の事業を想定して、求められる人材要件や候補となる人材について議論しています。
倉橋:
ある大手電機メーカーの事例ですが、法人に対して機器を売っていた法人事業部が、「今後はITソリューションを提案する」と事業転換をしたそうです。従業員にITコンサルティングのスキルが必要になったため、必要スキルを定めてスコアリングし、研修メニューを作って育成するとともに、社外からもITコンサルティング経験者を採用していました。事業が将来の方向性を決めたら、人事戦略も連動できる企業が求められると感じました。
近藤:
少子高齢化で人口が減っていく現在の状態だと、事業戦略が絵に描いた餅にならないように、採用戦略や人材育成、競合優位性とセットで語らないとうまくいきません。立派な事業戦略だけを描いても、人事がうまくいかないと足を引っ張られることもあるでしょう。実際に、法人のお客様とお会いすると「人さえいれば」というお話を伺う機会が増えており、「お金」より「人」が経営の制約になる傾向が一層強くなってきている気がします。
倉橋:
ものすごくよく分かります。日本が今一番不足しているのは人材。お金は金融機関から融資を受ければ数カ月で調達できるかもしれませんが、大きな組織や新しいスキルを持った人材を育てようと考えて採用・育成しようと思うと、1年や2年は確実にかかります。先ほどのリクルートの社長のエピソードは10年かかっています。人事変革は大きなリードタイムが必要だからこそ、事業戦略を見据えて人事戦略を変える姿勢が求められていると感じます。
組織開発はデータの可視化が必須~データを活用したSmartHRの好事例~
近藤:
「組織開発」は定着や離職防止、オンボーディングやエンゲージメントなど、様々な言葉で表現されますが、社員が辞めずに長く活躍してもらうために多くの企業が苦労されています。「エンゲージメント」は、SmartHRのプロダクトでも重要なキーワードではないでしょうか。
倉橋:
SmartHRは2つの大きな機能群があります。1つは「労務管理」と言われる、年末調整や給与明細作成のような絶対にやらなければいけない人事労務の義務業務です。もう1つが「タレントマネジメント」と言われる、活躍している人材のスキル育成や離職防止の支援をする機能群です。
近年、タレントマネジメントへの関心が高まっており、特に経営層からのお問い合わせが増えています。タレントマネジメントの中でも「エンゲージメントを高めたい」「離職を防止したい」という要望や関心が多い傾向にあります。背景には離職率の高まりと、働く人が減って人材の取り合いになっているという社会全体の流れが影響しています。
近藤:
我々も、人材採用だけでなく、戦力化や定着まで踏み込んでご相談をいただくケースが増えています。タレントマネジメントでポイントになるのが「可視化」ですが、成功させる秘訣や事例はありますか?
倉橋:
アンケートツールやサーベイツールを使って、一斉に社員に聞くのが分かりやすい可視化です。多くのチェーン店を持つ美容院のお客様の事例を挙げると、美容師さんの離職率が高く10%以上辞めてしまうので、経営的な課題になっていました。特に若い方が辞めてしまうので、SmartHRのサービスを使ってアンケートを取ったところ、若い方の退職理由は「スキルアップしたい」でした。緩く働きたいから辞めてしまうのかと思っていたら、技術を磨くためにもっと教育をしてほしいということだったんです。そこで、ベテラン社員が経験の浅い社員を教育する施策を進めて、離職率が1ポイント改善しました。この事例がうまくいった理由は、人事戦略と事業戦略を連動させて現場の責任者である店長を巻き込み、アンケート結果をもとに人事と一緒に議論したことです。可視化して成果を出すには、データの分析力や巻き込み力といったスキルも人事に求められると感じています。
また、動画配信サービスを展開しているお客様では、チームビルディングに活かすために、SmartHRで社員の趣味を集計していました。組織内で共有して相互理解に役立てるだけでなく、スポーツ番組のチームを増強する際にスポーツが趣味の社員に声をかけたら、エンゲージメントが大きく上がったそうです。スポーツの知識が番組作りにも役立つし、チームや選手に会いに行くとなるとエンゲージメントも高まるという効果も見られて、面白いデータ活用があるのだと感心しました。
他に、データ可視化を採用に活かしている事例もご紹介します。様々な業態の飲食店グループを持つお客様では、業態によって活躍する人と定着する人が全然違うのだそうです。1つのことを効率的に黙々とやり続けることにやりがいを感じるタイプの人は、接客重視の業態に配属されるとすぐに辞めてしまうそうです。でも、ファーストフードのようにひたすら効率的にオペレーションを回す業態だと、とても活躍されるとか。逆に、人と関わるのが好きな人は、オペレーション重視の業態よりも丁寧な接客を重視した業態が向いています。そこで、従業員にアンケート取り、離職率を見ながら本人の特性による業態との相性を明らかにして、求人媒体で打ち出すアピールポイントを業態ごとに変えることにしました。最近では、社員のスキルや特性、活躍傾向だけでなく、データを採用の訴求や人材要件に活用するという流れがあります。
近藤:
面白いですね!
他にもお伺いしたいのが、スタートアップの採用に多い「スペシャリストを採用したのに自社にマッチしなかった」という課題です。
スタートアップ採用では、「カルチャー」と「ミッション」が重要だと私は考えています。明確に決まっていなかったとしても、ある程度のミッションを明示しないとスペシャリストの活用はできません。また、スペシャリストのマネジメントや評価ができる人材がいるかどうかも重要です。会社の規模が大きくなるまでの過渡期に苦労されたことや、幹部採用の定着・活躍で工夫されていることはありますか?
倉橋:
幸いなことに、我々は採用の大きなミスが少ない会社だと思っています。それは、スキルだけでなく、カルチャーフィットにものすごくこだわっているからです。ただ、我々が選べるほど応募をしてもらえるわけではないので、全社総出で採用活動をしています。人事の採用チームが頑張ってくれていますが、事業部側もブログなどで発信し、我々も自社の魅力や事業の成長などをさらけ出しています。手の内を明かすことは競合観点でリスクがありますが、それくらいしないと応募してもらえません。優秀な方を惹きつけられるなら、ある程度のリスクは容認するという判断です。
幹部採用の定着・活躍については、オンボーディングも含めて採用した人の責任として、上長が社内のキーパーソンとのミーティングやランチをセッティングして、最初のミッションもきちんと設計します。入社1~2カ月で成功価値を得られる仕事を提供し、緻密に設計しながらだんだん大きな仕事を渡しています。人の活躍や成長支援に終わりはないので、ずっとやり続けるしかないですね。
近藤:
素晴らしいです。私も「どんなに優秀なビジネスパーソンでも、情報と人脈がないと仕事はできない」とよく言っています。スキルを持った方こそ早めに情報提供して、人脈を作る支援が必要ですね。
DX化による効率化が運用推進のカギ~脱・Excelによるメリット~
近藤:
3つ目のテーマは「運用推進」ですが、人事業務の効率化のヒントになるお話をいただけますか?
倉橋:
1つ目のテーマである「人事戦略」は人事部長や課長向け、2つ目の「組織開発」は人事企画や組織開発系の話でしたが、「運用推進」は人事・総務向けの話になります。先ほどご紹介した事例は、離職率やアンケート結果など、「分析できるデータが揃っている」という前提があるから成功したと考えています。
しかし、多くの企業の人事データは複数のExcelでバラバラに管理されており、評価ですらExcelリレーをされているケースも少なくありません。毎年違うファイルを使っているので、例えば「○○さんの過去3年分の評価を見たい」と言われたら、人事が何日もかけてデータを集計するという状態です。そのため、運用推進では人事・総務をDX化し、データの発生時点でローカルファイルではなく、クラウド上などで共通データ化するのが第一歩になるでしょう。
評価などの人事データをクラウドに移行すれば、社員の実績や近況も一瞬で確認できるようになります。効率化とデータ化が両立できるのでいいことずくめです。
近藤:
「ダイバーシティ」も人事領域で重要なテーマですが、データを可視化されていないお客様が多いです。管理職比率は出されていますが、採用における応募者のデータがないために、ダイバーシティ指標のシミュレーションができません。課題を部分的に設定してしまうと取り組みが限定的になってしまうので、データの可視化は本当に大事だと思っています。
倉橋:
運用推進の業務は遅れることができないので、効率化への取り組みをしながら「データ化」という観点でも投資をする必要があります。運用推進は華やかではない業務かもしれないですが、業務プロセスを効率化・データ化し、データ活用をしながら事業戦略に沿って人事戦略を策定し、組織開発で変化を起こすという意味で、3つのテーマはつながっています。
人事はすごく忙しいし、アジェンダの幅も広がりとても大変です。冒頭でも申し上げた通り、人材不足の流れは20~30年は止まらないでしょう。我々もより良いサービスを提供できるようになりたいですし、人事が面白くなってきた時代だとも思うので、次に何をするのかを考えながら、キャリアを豊かなものにしてきたいですね。
近藤:
広くて深いのが人事の仕事の特徴です。今後も、人事のキャリアはどんどん多様化するでしょう。「人事が会社を作る」という姿勢が一番大切で、そこを避けては通れません。人的資本経営に興味あれば、ぜひ人事のキャリアを突き詰めていただいて、一緒に頑張っていければと思っています。
リクルートダイレクトスカウトでは、さまざまなコンテンツを公開予定
2024年10月より、『リクルートダイレクトスカウト』は、キャリアの新たな選択を後押しするWebサイト「働くをひらくDAYS!」をオープンしました。順次さまざまなテーマのコンテンツを公開します。またリアルでも企業のエグゼクティブやロールモデルとなるトップランナーによるセミナーや、トップキャリアアドバイザーへ直接キャリア相談できる機会などを提供していきます。
現在開催中のイベントの申し込みはこちらから↓
https://career.directscout.recruit.co.jp/event