【人的資本経営調査 第2弾】従業員のスキルや経験の記録状態が高い企業ほど、働く人のエンゲージメントも高い理由

転職するなら、「いい企業」を選びたいのは誰しも同じ。そして、働く人にとって「いい企業」の条件のひとつは、従業員を大切にしていること、といえるでしょう。昨今、注目を集めている「人的資本経営」は、まさに人材員を価値の源泉ととらえる考え方。株式会社リクルートでは、企業の人事担当者3,007人を対象に「人的資本経営に関するアンケート調査(期間:2021年10月29日~11月12日)」を実施しました。今回は、調査結果に基づき、企業が人的資本経営を実践する上での課題や、従業員のスキル・能力の把握状況と、社員のエンゲージメントの関係などを紹介します。

人的資本経営を実践していく上での課題「そもそも人的資本の把握ができていない」

昨今、世界的に企業の人的資本の重要性が高まっています。人的資本とは、人材をコストと見なすのではなく、人材は価値創造の源泉であり、投資対象であると捉える考え方です。現代の企業には、人的資本の価値を向上させるようなマネジメント、すなわち人的資本経営の実践が求められています。

今回の調査では、企業の人事担当者に「人的資本経営を実践していく上での課題」を確認しました。課題のトップは「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化(54.5%)」でした。この項目は全体の中で唯一、選択率が過半数を超えました。次に選択率が高かったのは「従業員の学び直し・スキルのアップデートへの投資(39.3%)」でした。この調査結果は、人的資本へ投資する以前に「そもそも自社の人的資本の状況把握やデータ化ができていない」という実態を明らかにしています。

人的資本経営を実践していく上での課題 課題のトップは「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化(54.5%)」でした。この項目は全体の中で唯一、選択率が過半数を超えました。

人材を、把握し、配置し、育成し、評価し、処遇するという人材マネジメントのプロセスの中で、「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化」は最初の段階である「把握」に該当します。一人ひとりの従業員がどのようなスキル・能力や経験を持っていて、どのような人が社内のどこにいるのか。これらの把握ができていなければ、その後のプロセスもうまく機能していきません。

人材に対してどのような投資を行うか、いかにして個々のスキルや能力を高めるか、といった点は、人的資本経営における重要な検討事項です。しかし、個々のスキルや経験が不明確であれば、目指す状態に対する具体的なスキルギャップが分からず、適切な学習機会の提供ができません。

今回の調査により、人的資本の価値向上を目指すに当たり、その前提である人的資本の把握ができていないことが大きな課題として浮き彫りになりました。

人材マネジメントのプロセス

スキルや経験の内容について「質的な情報であるほど把握できていない」企業が多い

前述のとおり、人的資本経営の課題は「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化」が最上位でした。ここでは、従業員のスキルや経験の把握状況を確認します。

本調査では、従業員の役割・職務に関係する活動履歴(スキルや資格、経験など)を4段階に分けて質問しました。それぞれの回答結果は図表2のとおりです。「詳細を記録・蓄積している」が最も高かったものは段階1の「業務遂行に必要な法律上義務付けられている証明書など(国家資格や公的資格など)」でした(59.1%)。それ以外の段階では「詳細を記録・蓄積している」の選択率は、すべて半数を切る結果になりました。

段階1の情報(国家資格や公的資格など)や、段階2の情報(民間資格・学位・成績など)は、比較的データ化しやすい情報といえます。一方で、段階3の情報(職歴や参加プロジェクトなど)や段階4の情報(課外活動・学習履歴など)は、一律にはデータ化できず、いわば、質的な情報とも言える項目です。今回の調査結果を見ると、質的な要素を含む情報の方が、詳細に記録・蓄積されている割合は低くなっていることが分かります。

従業員のスキルや経験の把握状況 「詳細を記録・蓄積している」が最も高かったものは段階1の「業務遂行に必要な法律上義務付けられている証明書など(国家資格や公的資格など)」でした(59.1%)。それ以外の段階では「詳細を記録・蓄積している」の選択率は、すべて半数を切る結果になりました。

スキルや経験の記録と「従業員エンゲージメント」の状況

本調査では、回答者が認知している企業全体の「従業員エンゲージメント」の状況を確認しました。

段階4の「個人の能力などを形成する業務外での学び・経験」の回答結果と、従業員エンゲージメントの結果をクロス集計したものが図表3です。従業員のスキルや経験を詳細に把握していることは、従業員の経験が生かされるような部署配置や、個々のスキルの状況に応じた学習機会の提供を可能にします。さらに、従業員のスキルや経験を把握して配置などを行うことは、従業員エンゲージメントを高めると予測できます。

図表3は、段階4の「個人の能力などを形成する業務外での学び・経験(課外活動、学習履歴など)」を、「記録・蓄積していない(n=756)」と「詳細を記録・蓄積している(n=1,138)」の回答群に分け、それぞれの従業員エンゲージメントの値を掲載(最小値1, 最大値5)したものです。

この図を見ると「詳細を記録・蓄積している」が「記録・蓄積していない」より明確に高い値を示しています。これは、従業員エンゲージメントを高める基礎として、従業員のスキルや経験を記録・蓄積することの重要性を示唆していると言えるでしょう。なお、段階1~3でも、同様の結果を示しています(参考情報を参照)。

スキル・経験の記録有無と従業員エンゲージメント 「詳細を記録・蓄積している」が「記録・蓄積していない」より明確に高い値を示しています。

スキルや経験に対する現状の記録・蓄積の割合は低く、理想に対するギャップも大きい

人材を資本と捉えて企業の価値創出を実現するためには、従業員のスキル・能力や経験を把握し、情報として活用することが基盤となります。企業は、これまで以上に従業員に関心を示し、人間としての個性や特徴を知る努力をしなければなりません。ここでは、従業員の多様な情報を、どのようにして把握すればよいか考察します。

図表4は、従業員の業務内容やスキル・経験、特徴などに関する7項目について「現在、記録・蓄積できている(以下、現在)」と「理想的な人材育成や管理を実現するために記録・蓄積するのが望ましい(以下、理想)」を確認した結果です。いわゆる、理想と現実の現状、そのギャップを表しています。

従業員のスキルや経験の記録・蓄積状況

最初に、各項目の「現在」の結果を見ると「担当業務内容」や「担当業務年数」といった、比較的表面的に捉えやすい情報はともに60%を超えており、一定の割合で記録・蓄積ができていることが分かります。一方で、残りの5項目は全て50%を下回っています。これらは特定の状況に対するスタンス面といった、従業員の個性や特徴が表れるような質的な情報と言えます。前述の図表3と同様、こちらの調査結果でも、質的な要素を含む情報の方が記録・蓄積ができている割合が低いことが分かります。

次に「理想」に対してギャップがある項目に着目すると、「担当業務内容」と「担当業務年数」は、「現在」が「理想」を上回っていますが、これら以外の5項目は全て「理想」に対してギャップがある状態です。特にギャップが大きい項目は「トラブルが発生した時の臨機応変/柔軟な対応状況(20.6ポイント差)」、「既存業務だけでなく新しい領域・テーマに挑戦した経験(20.3ポイント差)」などでした。

調査結果は、従業員の質的な能力の情報は「現在」の記録・蓄積の割合が低く、「理想」に対するギャップも大きい状況を示しています。

人事や現場マネジャーがアンテナを張り、人材の“生きた情報”をキャッチすることが大切

一様に形式知化できない質的な情報を把握し、記録・蓄積していくためには、従業員とのコミュニケーションの中から知り得ていくことが重要です。人間は動態的に変化します。日々の仕事の経験からスキルがアップデートされたり、他者との協力関係の中から新しいネットワークが形成されたりします。そのように変化する“生きた情報”を把握するためには、現場マネジャーや人事が注意深くアンテナを張って情報をキャッチすることが重要です。

マネジャーであればメンバーの普段の仕事ぶりを観察することや1on1を通じて、その人を多面的に知っていくことが可能です。また人事は、積極的に従業員と対話していくことで、従業員に関する最新のスキル状態やキャリアの方向性をつかむことができます。さらに社外での学習体験や交流での気付きを、従業員が自発的に表出したくなる環境を整備するのも一つの方法です。このような動きを基盤として、それぞれがキャッチしている情報を連携させる場を設けて、個々の資質や能力を未使用・未開発のままにせずに最大限引き出すためにどんな働きかけをすべきか検討することが重要だと考えられます。

なお、こういった一連の情報把握は、従業員の個人情報に大きく関わります。企業は従業員らの個人情報の利用目的を明確に示したプライバシーポリシーを設定し、従業員から同意を得る必要があります。

【まとめ】スキルや経験の記録状態が高まるほど、その企業で働く人のエンゲージメントも高い傾向

今回は、人的資本経営の課題、従業員のスキルや経験の把握状況、情報把握の進め方について解説しました。調査結果から見えてきたのは、そもそも多くの企業が「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化」について不十分であること、そして、従業員のスキルや経験の記録状態が高まるほど、従業員エンゲージメントも高い傾向にあることです。

人的資本経営を実現するために、企業は改めて自社の従業員に向き合い、関心を持ち、多様な側面を知り得ていくという第一歩を踏み出すべきでしょう。

≪参考文献≫
Shuck, Brad, Jill L. Adelson, and Thomas G. Reio Jr. “The Employee Engagement Scale: Initial Evidence for Construct Validity and Implications for Theory and Practice.” Human Resource Management 56.6 (2017):953-977.

≪謝辞≫
本調査および本稿の作成にあたり、学習院大学守島 基博教授には大変有益な助言を頂戴しました。また本調査の設問の一部は、一般社団法人ピープルアナリティクス&HR テクノロジー協会の協力を得て作成したものです。この場を借りて深く御礼申し上げます。

≪調査結果を見る際の注意点≫
%を表示する際に小数点以下第2位で四捨五入しているため、%の合計値と計算値が一致しない場合があります。

<参考情報>
スキルや経験の記録有無と従業員エンゲージメント
段階1~段階4のスキルや経験(下記参照)それぞれの従業員エンゲージメントの値を掲載(最小値1, 最大値5)。段階1~段階4について「記録・蓄積していない」と「あまり詳細な内容は記録・蓄積していない」、「詳細を記録・蓄積している」の回答群に分けて従業員エンゲージメントの値を掲載。

段階1:業務遂行に必要な法律上義務付けられている証明書など(国家資格・公的資格など)
段階2:個人の能力などを裏付けする証明書など(民間資格・学位・成績など)
段階3:個人の能力などを形成する業務上での経験(職歴、参加プロジェクトなど)
段階4:個人の能力などを形成する業務外での学び・経験(課外活動、学習履歴など)

<調査概要>
調査名:人的資本経営と人材マネジメントに関する人事担当者調査(2021)
調査目的:人的資本経営や人材マネジメントなどに関する実態を明らかにする
調査方法:インターネット調査
調査対象:全国の人事業務関与者(担当業務2年以上)
調査期間:2021年10月29日(金)~11月12日(金)
調査回答数:3,007人
回答属性:下表参照

回答属性/勤務先従業員規模 回答属性/勤務先業種 回答属性/勤務先地域
株式会社リクルート HRエージェントDivision リサーチグループ 津田 郁

株式会社リクルート HRエージェントDivision リサーチグループ

津田 郁

2011年リクルート海外法人(中国)入社。
グローバル採用事業『WORK IN JAPAN』のマネジャー、リクルートワークス研究所研究員などを経て21年より現職。現在は労働市場に関するリサーチ業務に従事。専門領域は組織行動学・人材マネジメントなどの組織論全般。経営学修士。

リクルートダイレクトスカウトは、リクルートが運営する会員制転職スカウトサービスです。リクルートの求職活動支援サービス共通の『レジュメ』を作成すると、企業や転職エージェントからあなたに合うスカウトを受け取ることができます。レジュメは経験やスキル、希望条件に関する質問に答えるだけで簡単に作成可能です。一度登録してみてはいかがでしょうか。