今の日本で、MBAと転職はいったいどのような関係にあるのだろうか。MBAを取得すると何が得られ、どのように有利になるのだろうか。日本では圧倒的に一番大きなビジネススクールで、800名を超える入学者を受け入れる「グロービス経営大学院」の田久保善彦氏と、戦略コンサルタントやプライベートエクイティファンドに強く、候補者の2割弱がMBA取得者というエージェント「キャリアインキュベーション」の古屋和彦氏に伺った。
今の日本で、MBAと転職はいったいどのような関係にあるのだろうか。MBAを取得すると何が得られ、どのように有利になるのだろうか。日本では圧倒的に一番大きなビジネススクールで、800名を超える入学者を受け入れる「グロービス経営大学院」の田久保善彦氏と、戦略コンサルタントやプライベートエクイティファンドに強く、候補者の2割弱がMBA取得者というエージェント「キャリアインキュベーション」の古屋和彦氏に伺った。
MBAで学ぶのは「ビジネスというゲームのメカニズムとルール」だ
最初に、「日本のMBAと転職」の現状を教えてください。
田久保:正直に言って、定員の問題もあり、日本全体でMBAプログラムの入学者が爆発的に増えているわけではありません。最近ではMBAを持つプロ経営者が増えてきたこともあって、日本でもMBAの価値は上がってきましたが、まだまだMBAの人気が出たとは言えないのが現状です。
古屋:私がお会いしてきた方々を見る限り、転職ありきでMBAを取得する方はそれほど多くありません。MBA取得には2年かかりますから、転職だけを考えるなら、かえって遠回りなのだと思います。キャリアインキュベーションに訪れるMBA取得者のほとんどは、第一に実力・地力をつけるためにMBAを取得した方で、転職はあくまで選択肢のひとつとして、私たちのもとを訪れています。
田久保:同感です。最初から転職を希望してMBAを取得される方は、決して多くありません。むしろグロービスでは、自社や現在の自分に対する危機感や自分の仕事の質を高め、幅を広げたいという思いから、入学を決める方が非常に多いです。今の日本で、「自分の会社はずっと倒産しない」「自分は定年まで今の会社にいられる」と思っている方は少ないでしょう。自社の状況、現在の自分のポジション、残された時間などを見たときに、MBAにチャレンジしようと思う方が出るのは当然だと思います。こうした「健全な」危機感から始めた学びを通じて、意識が変わり、転職や起業へとつながるケースがよく見られます。
MBAを取得すると、何が得られるのでしょうか?
田久保:まずお伝えしておくと、MBAは「成功を確約するチケット」とは言えません。MBAを取得すれば必ず成功できるというわけではないのです。しかし、MBAはその人のビジネスの実力を必ず向上させ、人的ネットワークを広げますので、失敗のリスクを確実に減らすでしょうし、成功の確率を上げることにもつながるでしょう。理由は明確で、MBAの取得を通じて、「ビジネスのメカニズムとルール」がわかるからです。ビジネススクールでは、決して特殊なことを教えているわけではありません。経営がどのようなメカニズムで行われているか、ビジネスがどのようなルールのもとにあるかを正しく理解するための授業を行っているだけなのです。メカニズムやルールがしっかり理解できれば、よりよいビジネスにつながっていくのは当然のことです。ではなぜ今、日本でMBAが転職のアドバンテージになるかと言えば、日本にはまだMBA取得者、つまりビジネスのメカニズムやルールをきちんと理解している方が少ないからです。今や、日本でも英語力は当たり前になりつつありますが、20年前は英語の読み書きができる方が少なかったため、それだけで就職・転職の大きなアドバンテージになりました。それとまったく同じことです。外資系企業がMBAホルダーを数多く採用するのは、MBAを持っているとビジネスに関する言葉が簡単に通じるからです。それ以上でも、それ以下でもありません。外資系企業は論理的なマネジメントシステムを取っており、MBAはそのシステムを理解するために欠かせない最低限の知識・スキルなのです。ですから、今後日本でもMBA取得者が増えれば、徐々にアドバンテージとはならなくなっていくでしょう。個人的には、そうなっていくのが当然だと思います。今の日本では、たとえば営業職の方はB/SやP/Lが読めなくてもよいと思っているケースも散見されますが、私はそれでよいとは思いません。MBAの知識・スキルは多くのビジネスパーソンに広まるべきだと考えています。
スキルや人的ネットワーク以上に、「志」が大切だ
グロービスのMBAには、どのような特徴があるのでしょうか?
田久保:これまでお話ししてきたのは「スキル」のことですが、グロービスではそれ以外に「志」と「人的ネットワーク」を得ることができます。人的ネットワークの面では、海外も含めた3,000人規模のアルムナイ(卒業生)ネットワークがあり、そのなかで転職先を見つける方、一緒に起業する方なども少なくありません。私個人としても羨ましいと感じるようなネットワークがあります。しかし、それ以上に重要なのが「志」です。何をしたいのかが決まらなければ、スキルやネットワークは役に立たないからです。
古屋:同感です。志のない方は転職できないケースが多いですし、仮に転職できても少し長い目で見ると失敗してしまうでしょう。
田久保:志を醸成するために、グロービスではリフレクション(内省)の時間を多く取っています。これまでの人生を振り返り、キャリアを棚卸しして、「いったい自分は何者なのか、何を成し遂げたいのか」を存分に考えていただくようにしているのです。また、日本人の精神についても深く考えていただきたいと思っており、授業では、新渡戸稲造『武士道』や内村鑑三『代表的日本人』を読んでもらいます。さらには、『信念に生きる ネルソン・マンデラの行動哲学』で国家レベルのリーダーシップにも触れていただきます。私たちは、内省の時間や日本人の精神などを学ぶ時間を増やすことで、単にビジネスのメカニズムやルールを学ぶだけでなく、「人生のオプションが広がった」と強烈に感じられる環境をつくろうとしています。なぜかといえば、この先のキャリアを志で決める方を増やしたいからです。たとえば、グロービスの卒業生のなかには、年収が大幅に減ってたとしても、ベンチャー企業や社会的価値の高いNPOを選び、情熱を燃やして頑張っている方がいますが、いわゆるビジネス成功者に加え、こうした方も多数出てくることを願っています。
古屋:ベンチャー企業ということでいえば、最近はスタートアップベンチャーが増えており、MBAを学んだ方を受け入れたいというニーズも上昇しています。MBA取得後、ベンチャー企業に転職するというキャリアパスは、これから増えていくのではないでしょうか。
田久保:グロービスはグループ内にベンチャーキャピタル事業を持っていますから、ベンチャー企業の経営事情には詳しいのですが、スタートアップしてしばらくは、意地と気合と根性で、経営が上手くいく場合もあります。しかし、ビジネスと組織がある程度大きくなってくると、そうはいかなくなってくる。そのときに、しっかりと経営の勉強をした人材が必要になるのです。
MBAに興味を持っている方々に向けて、ぜひメッセージをお願いします。
グロービスのMBAには、どのような特徴があるのでしょうか?
田久保:私はよく、「深海魚丼」というメタファーを使います。初めて見る深海魚丼が果たしておいしいのかどうか、食べてみなければわかりません。MBAも同じで、一度触ってみないことには何もわからないのです。グロービスでは、無料の体験クラスやMBAの授業を1科目から始められる単科生制度などの「触るチャンス」をいくつも用意していますから、ぜひ一度MBAに触れていただけたらと思います。
古屋:私たちを利用することで迷いが晴れ、アウトプットの質が上がるなら、転職されなくても十分に嬉しいことです。モチベーションの高い人と低い人では、アウトプットの質が本当にまったく違いますから。それから、モチベーションという点でいえば、私はお金に惑わされないことも大切だと思います。お金には、したくないことをさせるパワーがあるからです。高額な年収に目がくらみ、幸せや喜び、やりがい、つまりモチベーションを失ってしまうケースがよくあるのです。
田久保:グロービスが志を重視しているのは、まさにそのことを危惧している面もあります。先ほど紹介したベンチャー企業を選んだ方のように、卒業生の皆さんには、収入よりも自分のやりたいことを重視して将来を決めてほしいと願っています。ところで、「触ったことがないことは、やりたいことかどうか絶対にわからない」のは、何もMBAに限ったことではありません。私は転職エージェントもそうだと思います。ですから、私はグロービスの学生や卒業生には、「とりあえずエージェントに登録してみたら」とよく話しています。何しろ、コンサルタントが無料で親身に相談に乗ってくれて、キャリアの棚卸しができ、現在の自分の「値札」がわかるのですから、登録しない手はないと個人的には思います。
古屋:私がよく問題だと感じているのは、「優秀な方ほど、忙しすぎてキャリアを考える時間を取れない」ことです。しかし本当は、定期的なキャリアの棚卸しが誰にとっても重要だと思います。そのために私たちを利用していただけたらと、いつも願っています。
田久保:MBAもエージェントも、少しでも気になるなら、思いきってアクションを起こしていただけたらと思います。世の中には食わず嫌いの方、チャレンジしないで後悔している方が本当に多い。もったいないと思います。ぜひ一歩を踏み出してください。
対談者
田久保善彦氏
慶應義塾大学理工学部卒業、同大学院理工学研究科修了。スイスIMD PEDコース修了。株式会社三菱総合研究所にて、エネルギー産業、中央省庁(経済産業省、文部科学省他)、自治体などを中心に調査、研究、コンサルティング業務に従事。現在グロービス経営大学院及びグロービス・マネジメント・スクールにて企画・運営業務・研究等を行なう傍ら、リーダーシップ系・思考系科目の教鞭を執る。経済同友会幹事、経済同友会教育問題委員会副委員長(2012年)、経済同友会教育改革委員会副委員長(2013年度)、経済同友会・新産業革命と社会的インパクト委員会副委員長(2016年度)、ベンチャー企業社外取締役、顧問、NPO法人の理事等も務める。著書に『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)、共著に『志を育てる』『グロービス流 キャリアをつくる技術と戦略』(東洋経済新報社)など多数。
キャリアインキュベーション株式会社 ディレクター 古屋和彦氏
株式会社インテリジェンスで製造業領域におけるキャリアコンサルタント、リクルーティングアドバイザー、同マネージャー、製造業領域におけるエグゼクティブサーチを経験した後、キャリア インキュベーション株式会社に入社。ポストコンサルタント求人のヘッドハンティングや、製造業領域・スタートアップ・ベンチャー企業におけるエグゼクティブサーチを行っている。 グローバル展開している主に日系企業の経営企画や事業開発ポジション、スタートアップ・ベンチャー企業のCxO(CFOやCSO、CTOなど)やそれに準じるポジションなどに興味がある方はぜひ私までご相談ください。 また弊社では戦略系を中心としたコンサルティングファーム、プライベートエクイティファンドとその投資先のCxOポジション、総合商社など、ブティック型エージェントならではの専門特化した情報・ノウハウを生かした支援が可能です。こちらにご興味のある方もぜひお声掛けください。