雇用保険の手当の中には、再就職先を早期に決めた場合に支給される「再就職手当」がありますが、早く転職を実現して再就職手当を受け取るか、基本手当(失業保険)を受給しながらじっくり転職活動をするか、迷う方もいるかもしれません。再就職手当の目的とメリット・デメリット、受給条件、受給する際の手続き方法などについて、社会保険労務士の岡佳伸氏が解説します。
再就職手当とは?
まず「再就職手当」の概要と、基本手当(いわゆる「失業保険(失業手当)」)との違いについて解説します。
失業手当と再就職手当の違い
一般に「失業保険(失業手当)」と呼ばれる雇用保険の「基本手当」とは、雇用保険の被保険者が退職して失業状態となった場合に、一定の条件を満たすことで4週間ごとに支給されるものです。求職者が安定した生活を送り、1日でも早く就職できるよう支援する目的で支給されます。
それに対して雇用保険の「再就職手当」は、失業した人が早く再就職を決めたときに、一定の条件のもと支給される手当です。再就職手当を受け取るには、雇用保険の基本手当(失業保険)の所定給付日数(※1)が3分の1以上残っていることが必須条件であり、早く新たな仕事に就くほど、高い金額を受け取ることができます(上限あり)。それにより早期の再就職を促すことを目的としています。
(※1) 雇用保険の基本手当(失業保険)の支給を受けることができる日数。離職した日の年齢や、雇用保険の被保険者であった期間、離職理由などに応じて90日~360日の範囲で決定される。
再就職手当をもらえるタイミング
再就職先が決まったら、原則として入社日の前日までにハローワークに申請(後述)すると、約1カ月半から2カ月後に指定口座に一時金として振込まれます。なお、雇用保険の基本手当(失業保険)は入社日の前日分まで支給され、その後は支給がなくなります。
再就職手当のメリット
再就職手当のメリットとしては、主に次の3つが挙げられます。
早期に再就職することで経済的に安定する
転職先を早く決めて再就職手当を受け取れば、失業状態のまま雇用保険の基本手当(失業保険)だけを受け取るよりも、収入を安定させることができるでしょう。再就職手当は例えるなら「再就職のお祝い金」のようなものです。使い道は自由なので、新しい環境に慣れるための準備や勉強の費用などにも当てることができ、経済的に余裕が生まれるでしょう。
さらに、新たな職場が決まることで、精神的な不安が軽くなることも大きなメリットと言えます。
非課税で受け取ることができる
再就職手当は金額にかかわらず非課税であるため、再就職先での年末調整や確定申告で所得に入れる必要はありません。ただし、社会保険の算定には含まれるため、もし扶養家族になっている場合、社会保険の扶養から外れるケースもあります。
一度受け取ったら返金する必要がない
再就職手当を受け取った後、すぐに離職することになっても、返金の必要はありません。再就職手当の受給条件には「1年を超えて勤務できる見込みがある」ことが含まれていますが、やむをえない事情があって1年経たないうちに退職してしまっても、返金の義務は発生しません。
再就職手当を受給するデメリット
再就職手当を受け取るデメリットについても知っておきましょう。
失業手当が満額もらえなくなる
再就職が決まれば、雇用保険の基本手当(失業保険)は打ち切りになります。単純計算すると、所定給付日数すべてを使って雇用保険の基本手当(失業保険)を満額受給するよりも、所定給付日数を多く残して再就職し、再就職手当を受け取る方が、トータルの金額は少なくなります。
しかし、雇用保険の基本手当(失業保険)の1日当たりの支給金額は離職前の給与より少なく、上限もあるため、特に前職の給与が高かった人にとっては十分ではないこともあります。失業状態を長く続けるよりも、早く再就職した方が収入は安定し、ブランク期間も短くできます。総給付額にこだわらず、自身のキャリア形成にとってどちらがメリットになるかを考えましょう。
意図しない転職先に決めてしまう可能性がある
再就職手当を多く受給するために早く再就職しようとすると、転職活動で妥協して、志望度の低い企業への就職を決めてしまう可能性があります。支給額を意識しすぎるあまり、焦って再就職先を決めることがないよう注意しましょう。
すぐに退職した場合、基本手当の支給残日数が少なくなる
再就職後、何らかの事情ですぐに退職した場合、雇用保険の基本手当(失業保険)の受給期間内(原則として最初の離職の翌日から1年間)であれば、再びハローワークに申請することで残りの手当をもらうことができます。しかし一時金として再就職手当を受け取っていると、その金額分の給付日数が差し引かれ、雇用保険の基本手当(失業保険)をもらえる日数が少なくなってしまいます。その意味でも、再就職手当をもらうため安易に再就職先を決めることはおすすめできません。
再就職手当の受給条件
再就職手当の支給を受けるための条件と、もらえないケース、さらに再就職手当以外の手当をもらえるケースについても解説します。
再就職手当をもらうための8つの要件
再就職手当の支給を受けるためには、次の8つの要件をすべて満たしている必要があります。
なお、アルバイトやパート、派遣社員、契約社員という正社員以外の雇用形態である場合も、雇用保険の被保険者であり、なおかつ8つの要件を満たしていれば、再就職手当が受給できます。
- 基本手当の受給手続き後、7日間の待期期間(※2)満了後の就職であること。
- 基本手当の支給残日数が、所定給付日数の3分の1以上あること。
- 離職前の事業主に再び雇用されたものでないこと(資本・資金・人事・取引等の状況からみて、離職前の事業主と密接な関係にある事業主も含む)。
- 自己都合による離職で、原則2カ月の給付制限(※3)がある場合は、待期期間満了後1カ月間は、ハローワークまたは職業紹介事業者(※4)の紹介により就職したものであること。
- 1年を超えて勤務することが確実であると認められること。
- 原則として、雇用保険の被保険者になっていること。
- 過去3年以内の就職について、再就職手当または常用就職支度手当の支給を受けていないこと。
- 受給資格決定(求職申し込み)前から採用が内定していた事業主に雇用されたものでないこと。
(※2)ハローワークへ離職票の提出と求職の申し込みをした日(受給資格決定日)から失業の状態にあった日が通算7日経過するまでの期間。
(※3)2025年4月1日より、自己都合による離職の給付制限期間は原則2カ月から1カ月に短縮。さらに離職期間中や離職日前1年以内に、自ら雇用の安定及び就職の促進に資する教育訓練を行った場合には、給付制限が解除される。
(※4)許可届出のある民間職業紹介事業者など。ハローワークまたは民間職業紹介事業者からの紹介ではなく、求人情報サイトに自ら応募して就職した場合などは要件に当てはまらない。
(※5)出典:ハローワーク「再就職手当のご案内」https://www.hellowork.mhlw.go.jp/doc/saishuushokuteate.pdf
再就職手当をもらえないケース
再就職手当の受給要件をふまえると、例えば次のようなケースでは、再就職手当の支給を受けることができません。
- 基本手当の待期期間(受給資格決定を受けた日から7日間)を満了せずに再就職した。
- 再就職先での雇用期間が1年未満の見込みである。
- 離職前と同じか、もしくは関連会社への再就職である。
- 過去3年以内に再就職手当を受給したことがある。
- 基本手当の給付制限の対象であり、かつ待期期間満了後1カ月以内に、ハローワークや職業紹介事業者の紹介を受けずに就職した。
再就職手当に加えて「就業促進定着手当」がもらえるケース
「就業促進定着手当」はその名の通り、再就職先への定着を目的とするものです。再就職手当を受給した人が再就職先で6カ月以上働き続けていて、かつ6カ月間の給与が離職前の給与よりも低い場合、雇用保険の基本手当(失業保険)の支給残日数の40%相当額を上限として、6カ月分の低下した賃金が支給されます。
ただし、2025年4月1日からは、上限額が支給残日数の20%に引き下げられることになっています。
再就職手当ではなく「就業手当」がもらえるケース
再就職手当を受給するためには、「再就職先で1年を超えて勤務することが確実である」必要がありますが、1年を超える見込みのない雇用で就業する場合でも、所定の要件を満たしていれば、「就業手当」として基本手当日額の30 %相当額を受け取ることができます。就業手当を受給するための要件には、「基本手当の所定給付日数の3分の1以上、かつ45日以上を残していること」などがあります。
ただし、就業手当は2025年3月31日をもって廃止されることが決定しています。
再就職手当の計算方法と受給金額例
再就職手当がいくら受け取れるかを計算する場合の計算方法と、シミュレーションをご紹介します。
再就職手当の計算式
再就職手当の金額は、以下の式で計算できます。
支給額=所定給付日数の支給残日数(※6)×支給率×基本手当日額(一定の上限あり(※7))
(※6)支給残日数とは、「所定給付日数」−「就職日前日までの支給日数」
(※7)「基本手当日額」の上限は、離職時の年齢が60歳未満の方であれば6,395円、60歳以上65歳未満の方であれば5,710円(2024年8月1日現在)。
再就職手当は、雇用保険の基本手当(失業保険)の支給残日数によって支給率が異なります。
支給残日数が所定給付日数の3分の2以上の場合は支給率が70%、3分の1以上の場合は支給率が60%となります。実際の日数については次の表(※7)をご参照ください。
(※8)出典:ハローワーク「再就職手当のご案内」
受給金額のシミュレーション
33歳、前職で8年勤めた人が自己都合により離職した場合
(所定給付日数:90日、基本手当日額:6,000円とする)
- 給付残日数80日で再就職した場合
6,000円×80日×70%= 336,000円
- 給付残日数40日で再就職した場合
6,000円×40日×60%= 144,000円
再就職手当の申請方法
再就職手当の申請方法について解説します。
ハローワークへ再就職を届け出て、採用証明書を提出する
雇用保険の基本手当(失業保険)を受給していた人が再就職を決めたら、まずハローワークに必要書類を持参し、就職の届出を行います。提出する書類は以下の通りです。
・「採用証明書」…雇用保険の基本手当(失業保険)の「受給者のしおり」に同封された書式か、ハローワークのホームページからダウンロードした書式に、再就職先で必要事項を記入してもらう。
・「雇用保険受給資格者証」…ハローワークで求職の申し込みをした後、雇用保険説明会などで渡される書類。
・「失業認定申告書」…失業中、雇用保険の基本手当(失業保険)を受給するために4週間に1度ハローワークに提出する書類。
ハローワークで支給残日数などを確認し、再就職手当の受給資格を満たしていると認定されると、「再就職手当支給申請書」及び各ハローワークが1年を超える雇用の見込があること、離職前事業主の関連事業主でないことを事業主に証明を求めるための証明書様式(各ハローワークで用意され統一の物ではありません)が交付され、「雇用保険受給資格者証」は一旦返却されます。
就職の届出は、入社日が次回の「失業の認定日(※9)」より後であれば次回認定日、それより前であれば、原則として入社日の前日(土日祝日の場合はその前の開庁日)に行いましょう。
(※9)ハローワークが失業の状態を確認するために、4週間に1回、求職者に来所を求める日。
(※10)出典:厚生労働省「雇用保険の失業等給付受給資格者のしおり」(P.24)https://jsite.mhlw.go.jp/okinawa-roudoukyoku/content/contents/001322490.pdf
「再就職手当支給申請書」を再就職先に記入してもらう
「再就職手当支給申請書」を再就職先に提出し、必要事項を記入してもらいましょう。なお、書式はハローワークのホームページで入力や印刷することもできます。
「再就職手当支給申請書」と「雇用保険受給資格者証」を提出する
記入してもらった「再就職手当支給申請書」とハローワークが求める添付書類等と「雇用保険受給資格者証」を、ハローワークに提出します。持参か郵便のいずれでも構いませんが、郵便の場合は内容証明郵便など、記録が残る方法で提出すると良いでしょう。
ハローワークで書類が受理されたあと、1カ月程度の調査期間を経て支給の可否が判断され、結果は郵送されてくる「再就職手当支給決定通知書」によって知ることができます。
なお、再就職手当の申請期限は、再就職した日(入社日)の翌日から原則1カ月以内です。受給条件を満たしている場合は忘れないように申請しましょう。
再就職手当に関するQ&A
再就職手当に関してよくある疑問にお答えします。
再就職手当の申請期限は、就職した日の翌日から1カ月以内が原則です。ただ、申請期限を過ぎてしまっても、就職した日の翌日から2年以内(時効の期間内)であれば申請は可能です。しかし、通常よりも給付が遅くなるうえ、雇用保険の他の給付金の返還が必要になる場合もあるため、期限内に申請を行うことをおすすめします。
再就職手当の支給対象者が、再就職手当を受給する前に離職した場合は、まずハローワークに相談をしましょう。支給決定がされる前に、再度ハローワークに求職の申し込みをすれば、再就職手当の受給をやめ、残っている所定給付日数分の雇用保険の基本手当(失業保険)を受給することができます。ただし、再就職先で雇用保険に新しく加入して受給資格が発生した場合は、その給付が優先されます。
本人が希望すれば再就職手当を受給することも可能ですが、再就職手当を受給すると「再就職手当の額を基本手当日額で割った日数分の基本手当を支給したもの」とみなされ、その分残りの所定日数が少なくなります。再就職手当を一時金として受給するか、再就職手当を受給せずに基本手当(失業保険)の所定給付日数を多く残しておくかは、管轄のハローワークに相談したうえで決めると良いでしょう。
ハローワークや職業紹介事業者の紹介を受けずに、直接応募や縁故などで再就職先を見つけた場合も、所定の要件を満たせば再就職手当の支給対象になります。
会社都合退職により、雇用保険の基本手当(失業保険)の給付制限がない人の場合は、7日間の待期期間満了後の再就職であれば再就職手当を受給できます。
一方、自己都合退職などにより、基本手当(失業保険)の給付制限がある人の場合は、待期期間満了後1カ月を過ぎてからの再就職であれば、再就職手当を受給できます。待期期間満了後1カ月以内の再就職の場合は、再就職手当の支給対象にはなりません。
一度は求職活動を行ったものの、再就職ではなく、結果的にフリーランスへ転向したり起業したりした場合も、会社都合退職の場合は待期期間満了後、自己都合退職の場合は待期期間満了後1カ月の期間経過後から再就職手当の受給対象となります。ただいずれの場合も、支給残日数が所定給付日数の3分の1以上あることが必須条件になるため、開業を決めたら早めに申請するようにしましょう。
ただし、離職前から副業として続けている仕事の場合、働き方や規模によってはそもそも雇用保険の基本手当(失業保険)の支給対象とならないケースもあります。まずはハローワークと相談することをおすすめします。
社会保険労務士法人 岡佳伸事務所 岡 佳伸(おか よしのぶ)氏
大手人材派遣会社、自動車部品メーカーなどで人事労務を担当した後に、労働局職員(ハローワーク勤務・厚生労働事務官)としてキャリア支援や雇用保険給付業務、助成金関連業務に携わる。現在は開業社会保険労務士として活躍。各種講演会講師および記事執筆、TV出演などの実績多数。特定社会保険労務士、キャリアコンサルタント、1級ファイナンシャル・プランニング技能士。
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