エグゼクティブだからこそ、 “時間を味方につける”働き方を。

時間以上に重要な資産は存在しない

先日、私がお会いしたある企業の取締役は、「昨年、大きな病気をして、手術と治療入院で仕事を3ヵ月も休むことになりました。一度命を失いそうな経験をしてから、“時は金なり”ということわざは間違いで、“時こそが人生そのものだ”と思うようになりました。時間はお金と等価交換できるようなものではなく、他には代えがたいものだと気づきました」と話されていました。私自身もまさにその通りだと思います。

たとえば、どんな大富豪が、どれだけ渇望して、いくら何千億円の大金を注ぎ込んだとしても、老人から若者に時間を戻すことは不可能です。この事実がすでに、時間はお金よりもはるかに価値が高いために、絶対にお金で買えないということを証明しています。

仕事をしている時間も、家族や友人と過ごしている時間も、自分一人で趣味に打ち込んでいる時間も、どれも同じ“自分の時間”という宝の源泉から生み出されています。この時間をいかに有意義に使うかどうか、ということは、人生そのものの質に直結しています。

自分のキャリアをどうデザインして、どう運用していくか、そのために起業や転職などという手段をどのように活用するか、ということを考える際にも、ぜひこの大前提を念頭に置いていただきたいと思います。

時間を、輪切りではなく、流れで捉える

特に、倒産や急激な業績悪化によるリストラなどで、唐突にキャリア不安に迫られた場合、人は、保全行動として、点と点をつなげようとする傾向が強くなります。具体的には、不安定に陥る直前の状況を維持しようとするということです。この現状維持の対象には、勤務先の企業規模や業種、役職や年収などが含まれ、その直前の瞬間の断面をすべて再現しようとする方が多く出現します。

それは、転職先選びの条件として「同じような役割で同じ年収でないと、転職することの意味がない」「これまで培ってきた能力を同じ業界で生かし切りたい」というような要望として表出します。

ただ、合理的に考えると、直前の会社がそうなった理由や背景があるということなので、直前の状況に近い同業・同規模の会社でも同じようなポジション、年収が維持できなくなっている可能性はきわめて高くなっています。そのため直前状況の修復を急ぐことが、長期的な身の安全にはつながりづらいというのが現実です。

しかし、人間の心理には、正常性バイアスという働きがあり、自分にとって都合の悪い情報を、無視したり、過小評価したりしてしまう特性を持っています。
こういうケースにおいては、自分自身がこのバイアスに飲み込まれていないかどうか、客観的に向き合えるかどうかが、最初の戦いとなります。エグゼクティブと言われる職域に近い方々こそ、自分の中のインテリジェンスを総動員して、この心理バイアスと向き合っていただきたいと思います。

ピンチや危機に直面した時に、事象を点で捉えてしまうと、目の前の嫌な事に囚われて視野狭窄の罠に陥る可能性が高まってしまいます。事象から課題の本質を抜き出し、広く長期的に自分が得たい状況を大局的に描くことが、精神的な強さにつながるとも言えます。

時間を、味方につける

また、選択判断の時にまじめな人ほど、二項対立の軸を持ち込んでしまう癖があります。その典型的なケースは、転職をするか・しないか、という二項対立で、その瞬間の判断で、転職自体をするかしないかを決めてしまうというものです。いったん保留して1年後に再考する、とか、もう少し情報収集して第3の選択肢を検討する、などの余裕を持った判断ができなくなる方は意外に多くおられます。

「選択と集中」「取捨選択」という言葉に代表されるように、AかBかどちらかを選んで集中しなければ勝てない、というような考え方です。そのような方法で進むと、転職先企業や選択する職種、あるいは転職するべきか、もう少し現職でがんばるか、などという、もともと悩ましいくらいに拮抗する選択肢をバッサリと切って捨ててしまうことになりかねません。

AかBかに迷ったときには、どちらを捨てるかという考え方ではなくて、どちらを先に試してみるかを選択する、という考え方で、順番を決めるという方法もあります(退職してから復職するという選択肢はありえないので、何もかもこの順番方式が通用するわけではありませんが)。

「取捨・軽重・後先・シェア」という考え方で、あくまでも優先順位に従って、着手する順番を変えるだけ、という考え方です。特に「後先」という“時間の順番”の概念を自分の身にまとうことによって、より臨機応変に課題や目標に対処できる可能性は高まります。

中長期でどのような道筋を歩んでいきたいかというビジョンを描いておくことも重要です。
「未来のことなんか予測してもわかるわけがない」とか、「そんな面倒くさいことを考えずに目の前のことをきっちりやり続ければいい」、という考え方を見聞きすることもあります。また「中長期の計画を立てるより、一つでも多くの資格を取った方がいい」という考え方もあります。それはそれで間違いではないと思います。

しかし、中長期のキャリアを想定しておくということは、未来が思い通りになるかどうかということに力点があるのではなく、自分の仕事人生を大局的にデザインしておく訓練をしておくことで、心理的な余裕を持ちやすくなるということに最大のメリットがあると考えています。

どれだけ周到に人生設計をしても思い通りにいかない、というのは大前提です。しかし、何も考えずにただ流されているだけの場合よりも、想定していたこととのズレを経験することのほうが、生きていく上でより多くの知恵を得られることにつながります。そして、決して正解がない人の生き方やキャリアに、自分で考えて向き合っていくトレーニングができるということは最大のメリットです。

たとえば上記のような方法も、今後のキャリア形成のための参考にしていただけたら幸いです。

黒田真行氏

ルーセントドアーズ株式会社代表取締役

黒田 真行(くろだ まさゆき)

日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。1989年リクルート入社。2006~13年まで転職サイト「リクナビNEXT」編集長。14年ルーセントドアーズを設立。著書に「転職に向いている人 転職してはいけない人」など。2019年、ミドル・シニア世代のためのキャリア相談特化型サービス「CanWill」を開始。
「CanWill」https://canwill.jp/
「Career Release40」http://lucentdoors.co.jp/cr40/

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