気づかぬうちにバイアスがあなたの選択肢を狭めている
多くの方からキャリア相談を受けている中で、人が未来を考えるうえで大きく邪魔するものがあると確信するようになりました。それはバイアスです。日本語にすると偏向や先入観、思い込みといった意味で、自分では気づかないうちに、自分にとって都合の悪い現実や見たくない情報から目を逸らしてしまっている心理のことを言います。
一例を挙げると、銀行に長く勤めていた人からキャリア相談を受けた時の話があります。転職を検討されているのですが、その理由は「銀行業務のインターネットバンキング化が進み、ICカードやスマホでの決済が当たり前になりつつある中、支店はどんどん縮小していて、45歳以上の希望退職募集なども増え、将来性がない」ということでした。しかし、転職先の希望業界を聞くと「銀行」という言葉が出てきます。銀行業界全体に構造改革が起こり、働く場が激減していく可能性が高いことがわかっているにも関わらず、「ライバル銀行でもいいから、より知名度の高い銀行がいい」というわけです。業界の現状という自分にとって都合の悪い現実は見ずに、「これまでやってきた経験をできるだけ捨てずにおきたい」という心理が働く。そして隣の芝生なら大丈夫かもしれないと考えてしまう。これが典型的な正常化バイアスと言われるものです。
転職がうまくいっている人は、こうしたバイアスの影響をあまり受けていないという特徴があります。次の就職先の候補をご紹介した際に、それが希望する規模や業種でなかった場合には、バイアスを受けている人の多くは「あんな会社はダメでしょう」「私に都落ちしろというんですか」といった固定観念に縛られた否定的発言から入りますが、バイアスを受けていない人は「こんな面白い事業をやっていますよね」とポジティブな面を見つけて柔軟に受け止めることができます。
年収や役職についても同様で、「転職した瞬間は下がることがあっても、また頑張って戻していけばいい」という柔軟な考え方ができる人ほど、転職がスムーズに進むと感じます。そもそも役職や給与は、働く自分ではなく、雇ってくれる会社が決めるもの。雇用であっても業務委託と同じで、給与は自分が提供できる価値に対する報酬であり、世の中の需要と見合っていなければ補正されていくのは、雇用市場の原則です。そこに目がいかず、自らの過去の成功体験に縛られてしまっていては、なかなか転職市場で買い手はつかないでしょう。
バイアスは、知らず知らずのうちに、自らの未来の選択肢を狭めてしまいます。まずは自分がバイアスの影響を受けていることを認め、戦わなければなりません。もし壊すことができれば、新しいアイデアやイノベーションにもつながっていく。年齢を経ても柔軟な発想を持ち、優れた結果を残している人たちは皆、認知バイアスや固定観念を打ち消す努力を継続できているのだと思います。
自らのバイアスを壊して、未来に踏み出すために
どれほどバイアスをかけて自分を見ているのか、それを知るわかりやすい方法は、まず転職マーケットで案件を探してみることです。そもそも自分がやりたい仕事はあるのか、その求人の年収はいくらなのか。さらに実際に応募してみて、自分は書類選考に通るのか。求人票には年齢条件など表に書けない条件は載っていませんし、応募してみて気づくこともたくさんあると思います。
自分一人だけで考えて判断するのではなく、人に相談してみるのも方法です。友人知人もありですが、あなたのことは知っているものの、転職市場についてはそれほど詳しくありません。一方で転職エージェントはマーケットの知識と経験値はあるものの、ビジネスとして採用決定させたいという意図が働く可能性があることは頭に入れておく必要がある。いろんな観点から判断するためにも、様々な人に相談してみることをおすすめします。
雇用市場を知り、自分を知り、このままでは厳しいと早く気づくことができたら第一歩。次は自分の付加価値を高めていくために、動き出していけばいいのです。
ただし、おすすめしないのは、資格取得を目指すこと。中には、専門性を高めたいと大金を払って資格の学校に通う方がいますが、脈略もなく中小企業診断士やMBA、宅地建物取引士の資格を取ったところで、残念ながらあまり有効ではありません。厳しい言い方ですが、MBA取得者を高値で採用したいという時代ではなく、現在の雇用市場において資格が求められる求人はほとんどない、というのが私の認識です。
自分の価値を認識でき、高めていける方法としておすすめなのは、副業です。自分に近い市場で、自身がどれだけの価値を提供していけるのか試すことが可能です。また、大手企業など分業制やチームで仕事をしている人は業務全体が捉えられていないケースが多いですが、小規模の会社で副業をすると自ら全てを行う必要があるため、全体像を学びやすいという利点があります。
副業規定のある会社などは注意が必要ですが、問題がなければ、顧問サービスなどに登録してみてはいかがでしょうか。自分の今持っているスキルが他で役に立つのか、いくらで売れるのか、リアルに知ることができます。例えば経理の方であれば、月次決算を業務委託で月に20万円で契約するといったことも起こりうるかもしれない。これが5社取れれば月に100万円となり、雇われない生き方という新たな選択肢が広がるかもしれない。終身雇用の時代は終わりを迎える中で、働くこと=雇われること、という考えに縛られているのも一つのバイアス。大切なのは、どういう状態で働くことが自分にとって幸せかということです。
転職市場は、売り手と買い手の原理でできています。売り手はできるだけ高く売りたい。買い手は安く買って、期待する成果を出せたらその時に高く払うという会社もあります。買う側の論理を知らなければ、自身を高く売ることはできません。ぜひ未来に踏み出すためにも、まずは自身をマーケットに売り出してみてはいかがでしょうか。
黒田 真行
日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。1989年リクルート入社。2006~13年まで転職サイト「リクナビNEXT」編集長。14年ルーセントドアーズを設立。著書に「転職に向いている人 転職してはいけない人」など。2019年、ミドル・シニア世代のためのキャリア相談特化型サービス「CanWill」を開始。
「CanWill」https://canwill.jp/
「Career Release40」http://lucentdoors.co.jp/cr40/