転職活動で内定を得ると、転職先企業から健康診断書の提出を求められることがありますが、そのときはどのように対応すれば良いのでしょうか。転職をする際の健康診断の必要性や、一般的な検査項目、費用負担、合否への影響があるかどうかなど、入社前の健康診断に関するありがちな疑問について、社会保険労務士の岡佳伸氏が解説します。
目次
転職先に健康診断書を提出する必要性
転職先の企業(事業者)が、内定後に健康診断の受診や健康診断書の提出を求めるのは、労働安全衛生規則第43条により、会社に対して「雇入れ時健康診断」を実施することが義務付けられているためです。これは、新しく雇い入れた従業員の健康状態を把握して、適正配置や入社後の健康管理に役立てることを目的としています。
ただし、雇用期間が1年以内で更新の見込みがない従業員や、週の所定労働時間が30時間に満たない従業員に対して は、雇い入れ時健康診断は義務付けられていません。
なお、特定の職種については採用選考を受けている段階で「職業適性を判断するための健康診断」を求められることもあります。例としてバスやタクシー、運送などでドライバー業務を行う職種や、警備職などがあり、「安全に業務を遂行できる身体的な適性があるかどうか」を判断するために実施されます。そうしたケースでは、診断の結果、適性がなければ採用を見送られる可能性もあります。
雇入れ時健康診断を受けるタイミングと場所
雇入れ時健康診断について、いつ、どこで受ければ良いのかを解説します。
内定後から入社直後までの間に医療機関で受診
雇入れ時健康診断を実施するのは、基本的に内定を得た直後であることが多く、「労働契約を締結した後から入社直後までに、できるだけ速やかに受ける」と考えておくと良いでしょう。
健康診断書の有効期限は3カ月のため、転職先企業が指定した提出期間以前の3カ月以内に前職で健康診断を受けており、手元に診断書がある場合は、それを提出しても問題はありません 。ただし、雇い入れ時健康診断において必要な検査項目(後述)を受診していることが条件となるので、内容を確認しておきましょう。
雇入れ時健康診断を受診する場所
雇入れ時健康診断を受診するにあたり、転職先から医療機関を指定された場合はその指示に従います。自社で診療所や健康診断施設を持つ企業であれば、入社直後にそこで受診するケースもあるでしょう。
特に指定がなければ、自身で医療機関を探して受診しますが、その際は法定の雇入れ時健康診断を実施できる医療機関かどうかを確認することが大切です。予約をする際に「雇入れ時健康診断を受けたい」と伝えるとスムーズでしょう。
「職業適性を判断するための健康診断」の場合
「職業適性を判断するための健康診断」の場合は、採用選考の過程で健康診断書の提出を求められたり、内定後に企業が指定した医療機関での受診を求められたりすることがあります。特に採用選考の過程で健康診断を行う場合、企業は応募者に対して、検査内容とその必要性についての十分な説明を行わなければいけません。
これらは業務への適性の確認に必要な検査のため、企業や職種によって検査項目は異なり、診断書の発行期間や検査時間も異なります。自身で受診する場合は、受診できる機関や検査項目、費用、発行期間などの詳細について、事前に転職先に良く確認しましょう。
雇入れ時健康診断の検査項目と受診にかかる時間
雇入れ時健康診断の具体的な検査項目と、検査にかかる時間の目安は以下の通りです。
検査項目は11項目
労働安全衛生規則43条で定められている雇入れ時健康診断において、必須となっている検査は以下の11項目です。
- 既往歴(過去の病気や手術、治療について)および業務歴の調査
- 自覚症状や他覚症状の有無
- 身長、体重、腹囲、視力、聴力
- 胸部エックス線検査
- 血圧測定
- 貧血検査(赤血球数、血色素量)
- 肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
- 血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
- 血糖検査
- 尿検査(尿中の糖および蛋白の有無)
- 心電図検査(安静時心電図検査)
受診にかかる時間は1時間程度
前述の通り、雇入れ時健康診断の検査項目は多いですが、混雑による待ち時間などがなければ 1時間程度で終わるでしょう。ただし、医療機関によっても異なりますので、都度確認すると安心です。
雇入れ時健康診断にかかる費用と発行期間の目安
雇入れ時健康診断の費用の目安と費用負担、健康診断書の発行期間、提出期限など、受診前に知っておきたいことについて解説します。
一般的な費用は「1万円前後」
医療機関によって違いはありますが、一般的に雇入れ時健康診断にかかる費用は「1万円~1万5千円前後」とされています。保険適用外のため、受診時に保険証を持参する必要はありません。費用は原則として転職先企業が負担し、自身で探した医療機関を受診する場合は、後日、領収書を提出して精算するケースが多いようです。費用負担については転職先の人事担当者などに確認してみましょう。
発行期間は、受診してから「1週間前後」
雇入れ時健康診断を受診した後、健康診断書が発行されるまでの期間は、 「約1週間前後」が目安です。ただし、医療機関によっては健康診断を実施する曜日・時間が決まっているケースもあり、自身の希望の通りの日程で受診できるとは限らないので注意が必要です。自身で医療機関を探して受診する場合は、実施日程や健康診断書が発行されるまでの期間を確認し、スケジュールに余裕を持って予約をすると安心でしょう。
提出日までに受診・発行が間に合わない場合の対処法
もし企業が指定する日までに受診や発行が間に合わない場合は、転職先に相談し、改めていつまでに提出すればいいかを確認しましょう。
「入社が延期になってしまうのでは?」と不安に思う方もいますが、雇入れ時健康診断は、労働契約を締結した後に実施するため、雇用の開始日(入社日)はすでに決定しています。また、健康診断書は、企業が労働者の健康状態を把握するために求めるものであり、公的な手続き申請などに必要なわけではありません。人事担当者などに相談のうえ、指示に従えば問題はないでしょう。
雇入れ時健康診断の結果によって、採用に影響はある?
中には「健康診断の結果で、内定を取り消されることはあるのだろうか?」と不安に思う人がいるかもしれません。ここでは、雇入れ時健康診断による合否への影響について解説します。
「採用への影響はない」とされている
「雇い入れ時健康診断」の結果は、医師が労働不可と判断するほどの異常が見つからない限り、基本的に採用には影響しないとされています。
厚生労働省職業安定局から、各都道府県に向けた「採用選考時の健康診断について」(平成5年4月26日付)という事務連絡には、「雇い入れ時の健康診断は常時使用する労働者を雇い入れた際における適正配置、入職後の健康管理に役立てるために実施するもの」であり「応募者の採否を決定するために実施するものではありません」と記載されています。
つまり、労働者のために行う健康診断を「採用選考時の健康診断」と混同して実施し、採用判断に利用することがないよう、都道府県に対して指導を要請しているのです。
一方で、上述したとおり、採用選考時の「職業適性を判断するための健康診断」については、企業が業務に必要とする健康状態を満たせない場合、それによって採用を見送るケースもあります。ただその場合でも「職業適性を判断するために必要な検査である」という合理的な理由がなければいけません。
厚生労働省が掲げる「公正な採用選考を行うための基本」に、採用選考時に配慮すべき事項の一つとして「合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断を実施すること」が挙げられています。企業には採用の自由があり、適性確認を行うことは認められていますが、応募者の適性と能力を判断する上で、必要のない事項を把握するための健康診断は「公正な採用選考」に反するものだからです。
既往歴がある場合、告知書などで申請を求められるケースも
企業によっては、採用選考時の健康診断や、法定の雇入れ健康診断の検査項目とは別に、採用選考時や入社時の書類の一つとして「健康に関する告知書」の提出を求めるケースがあります。採用時に、告知書に書かれた既往歴、持病、常用している薬などを確認した上で「業務遂行に適性があるかどうか=入社後、労働者が安全に健康に働くことができるか」を判断する材料の一つとしています。
こうした告知書への回答は任意であり、義務ではありません。しかし、無理のない働き方ができるように配属先や勤務形態などについて配慮してもらえるケースもありますし、「通院のために定期的な休みが必要」といった事情は、自身の可能な限りで、あらかじめ企業と共有しておくことも大切です。
岡 佳伸(おか よしのぶ)氏
大手人材派遣会社、自動車部品メーカーなどで人事労務を担当した後に、労働局職員(ハローワーク勤務・厚生労働事務官)としてキャリア支援や雇用保険給付業務、助成金関連業務に携わる。現在は開業社会保険労務士として活躍。各種講演会講師および記事執筆、TV出演などの実績多数。特定社会保険労務士、キャリアコンサルタント、1級ファイナンシャル・プランニング技能士。
記事掲載日 :
記事更新日 :