転職活動で耳にする「キャリアの棚卸し」。終身雇用が当たり前ではなくなった現代においては、転職活動をする上でも、個人が「キャリアビジョン」や「キャリアプラン」を自身のものとして捉える上でも重要なものとされています。転職活動においては、キャリアの棚卸しによって自己PRの武器を手に入れることが肝要でしょう。具体的な方法について、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
目次
キャリアの棚卸しの目的・内容とは
まずは、キャリアの棚卸しとは何をすることなのか、その目的や自己分析との違いについて説明します。
キャリアの棚卸しとは
キャリアの棚卸しとは、一般的には、これまで自分が積み重ねてきたキャリアを振り返り、どのような経験や成長をしてきたのか確認する作業のことを言います。キャリアの棚卸しをすると、一つひとつの仕事が成功した要因や、自身の成長の要因、モチベーションの源泉などが可視化されます。それにより、自分自身のビジネスパーソンとしての行動特性を理解することができます。
キャリアの棚卸しと自己分析の違い
キャリアの棚卸しに似ているものに「自己分析」がありますが、両者の違いを説明すると、キャリアの棚卸しは、自己分析の1ステップであると言えます。転職活動における自己分析は、自身の強みや得意分野を明らかにすることや、それらを元に今後のキャリアの方向性や転職先を選ぶ際の判断軸(転職の軸)を決めることを目的に行います。
その第一段階として、これまで経験した業務や獲得したスキルを書き出し、それらの共通点を探って自身の強みや得意分野を明らかにしていきます。この作業が、キャリアの棚卸しです。
キャリアの棚卸しを行うメリット
キャリアの棚卸しを行うメリットとしては、次の5つが挙げられます。
転職活動における自己PRが明確になる
転職活動では、自分の能力や、応募企業で活躍する可能性を示すために、何度も自己PRをする機会があります。
この時、キャリアの棚卸しをしっかり行えば、自分の思考や行動特性について自分自身が理解できるようになり、論理的な自己PRにつなげることができます。このことは、転職活動で大きな武器になるでしょう。
転職の応募書類の完成度が上がる
特に経験豊富な方が応募書類を作る場合、経歴を長々と書き連ねるだけでは、枚数が増える一方で、アピールポイントがどこなのかが伝わりにくくなってしまいます。事前にキャリアの棚卸しを行い、自身の経歴のハイライトや、アピールしたいスキルが明らかになっていれば、ポイントを絞り込んだ、読み手に伝わりやすい応募書類作りができるでしょう。
面接対策に活かせる
転職の面接では、職務経歴書の内容を深掘りされるだけでなく、書類に書かれていないことに対して質問されることもあります。キャリアの棚卸しで自身の経験や成長を振り返り、一旦整理をしておくことで、そうした質問にも自信を持って答えられるようになるでしょう。
今後のキャリアの課題が明確になる
過去の自分の経験を振り返ることで、何が足りないのか、これから成長するためにどのような経験やスキルが必要になるのかが明確になります。
例えば、将来的に管理職や経営陣を目指したいと考える方が、キャリアの棚卸しをしてみると、チームで協働する機会が少なく、個人の成果を重視する組織にいたため、1人で仕事をすることが多かったとします。このような場合、「自分の課題はチームで仕事に取り組む経験の不足だ」と気づくことができます。すると、今後はチームで物事を進める働き方を意識するようになり、マネジメントを学び、管理職として必要な資質を主体的に身につけていこうと意識が変わってくるでしょう。
キャリアビジョン・キャリアプランを描くための土台になる
自身にとってより良いキャリアを歩むためには、将来の理想像である「キャリアビジョン」と、その実現に向けた行動計画である「キャリアプラン」を描くことが大切です。キャリアの棚卸しは、それらを作成するために最初に行うべきステップであり、土台になるものでもあります。
キャリアビジョンやキャリアプランを作成すると、自分が歩むべきキャリアや、取り組むべき仕事が明確になります。日々の仕事にも目的意識を持つことができるようになり、主体的に取り組めることから、成果が上がりやすくなります。
特に、経験豊富なビジネスパーソンを募集する企業の場合、これまでのキャリアをどう設計してきたのか、今後はどうすべきかを考えているかも評価のポイントとなります。キャリアプランの作成方法は下記記事で詳しく紹介しています。ぜひご一読ください。
「キャリアの棚卸し」のプロセスと具体的なやり方
キャリアの棚卸しの方法の一つに、次の4つのプロセスで行う方法があります。
経験や実績、習得した能力やスキルを書き出す
まず、これまでのキャリアについて書き出します。紙やExcelなどに、「所属」「業務内容・役割・時期」「成果・実績」「習得した経験・スキル」「工夫した点」「やりがいを感じた点」などの項目を記載し、社会人のスタートから順に、1つずつ書き出していきましょう。
基本的には所属や業務内容が変化したタイミングを一区切りとし、それぞれの時期にどのような実績を上げ、経験・スキルを身につけたかを記入します。また、成長を感じた点や課題についても記入するなど、より深く振り返ると良いでしょう。
自分の成功パターンを分析する
新入社員時代から現在までの各項目を書き出したら、実績や成長の要因を分析します。「なぜうまくいったのか(工夫したこと、心がけていたことなど)」「何を評価されたのか」「周囲との人間関係はどうだったか」などの観点から書き出していきましょう。
書き出せたら、次は全体を見渡し、成功した時に共通する項目がないかを探し出していきます。例えば「徹底的にリサーチした」「上司との連携を気にしていた」「頻繁に客先に通った」など、実績を上げた際に共通している行動や姿勢があれば、それが自分の成功パターンだと言えるでしょう。
自分の強みと、これから伸ばしたい点を書き出す
自分の成功パターンが把握できたら、「強み」として文章化します。その際、「キーワード(箇条書きにした成功要因)」と「その理由」をセットにして文章を作成すると良いでしょう。強みが多ければ多いほど、応募企業のニーズにマッチした自己PRを選択することができます。
加えて、「今後伸ばしていきたい点」と、「そう感じる理由」を書き出していきます。面接で「将来のキャリアビジョンは?」「ご自身の中で課題と考えていることは?(弱みは?)」といった質問を受けることもあるため、準備しておいて損はありませんし、キャリアビジョンを達成するためには今の自分に足りていない分野を重点的に鍛えることも重要です。ぜひ、課題も含めて自己理解を深めておきましょう。
自分を表す「キーワード」を抽出する
自分の強みや今後の課題を文章にしたら、最終的に「自分は◯◯な人間です」と一言でまとめられるキーワードを抽出します。このキーワードは自己PRの冒頭で自身の強みや特長を端的に伝える際の文言になります。
キーワードは、これまでの自分の強みや今後伸ばしたいと考える点から抽出し、無理に良い言葉を選ぶ必要ありません。大切なのは、自分がどのような人間であるかを伝える際に、「なぜそう主張できるか」「どのような経験からそう言えるのか」という根拠をしっかりと持っておくことです。
キャリアの棚卸しの実践例
実際のキャリアの棚卸しの例を紹介します。
経験や実績、習得した能力・スキルと、その要因の分析例
ある企業でM&Aを担当した方の例です。
所属 | A社(20xx年xx月〜20xx年xx月在籍) |
担当業務・役割 | 建設会社Aの国内M&A案件:20xx年xx月~20xx年xx月(x年xヶ月) ・M&Aアドバイザリーサービス ・バイサイドFA ・主担当として案件全体の管理(マネジャーとして案件獲得・チーム組成・PM) |
成果・達成した目標 | 当初に想定した買収価格より合理的な価格での買収に成功 |
社内外の人々との関わり | ・社外(顧客、協業・取引先など) 買い手となる顧客先の経営層だけでなく、現場社員にもヒアリングを実施。顧客先の顧問税理士・弁護士と連携して各種条件を詰めた 譲渡希望企業や融資先となる金融機関との橋渡しを行い、交渉・調整を行なった ・社内 財務・法務部門と連携し、財務・ビジネスにおけるデューデリジェンスや企業価値算定を実施 M&Aチーム○名を取りまとめ、PMとしてプロジェクト全体の進捗を管理 |
習得した経験・スキル | PMIに関する、中長期的なシナジー効果を生み出すための戦略や実行計画の立案と、各領域専門家との連携 |
評価された点・業務を任された理由 | M&A戦略の立案からPMIまでを数多く担当してきた経験や実績を社内外から評価されたために、本プロジェクトを任された |
創意工夫した点 | 経営数字面だけではなく、経営者の想いや理念のヒアリングを徹底し、情理を尽くした仕事を心がけた |
やりがいを感じていたことなど | ディールを単に成立させるだけではなく、PMIの部分まで深く関与し、顧客の事業成長に貢献できたと実感でき、経営陣から頼りにされ感謝されること |
強み、キーワードの抽出例
前述した経験から、強みや得意分野、キーワードを整理すると、次のようにまとめることができるでしょう。
強み | 利害の異なる関係各所をまとめる調整力 |
得意分野 | ○○業界・△△業界におけるM&Aや事業再編のスキーム策定・実行 |
こだわり・信条・価値観 | 経営数字の改善のみでなく、譲受希望企業・譲渡希望企業の理念や価値観まで重視したM&Aを行うこと |
キーワード | 自分は、顧客企業相互の理念・価値観という大前提・大元に立ち戻ることで、難易度の高いM&A交渉を完遂することができる人間 |
キャリアの棚卸しを行う際のコツと注意点
キャリアの棚卸しを効果的に行うには、次の点に注意しましょう。
思い出したことから大まかに書き出していく
キャリアの棚卸しでは、全期間の経験をアウトプットすることが大切です。しかし、時系列で書き始めても記憶が曖昧で進まないこともあるでしょう。その場合、思い出したことからザッと書き出し、抜け・漏れがあれば後から追加していきましょう。あくまで自己認識を深めるための作業であり、人に見せるものではないので、言葉遣いや体裁はあまり気にせず、自分に正直に書き出していくのもポイントです。
経験の整理にはツールの活用がおすすめ
書き出した経験を俯瞰し、自身の成功パターンや課題を探すときは、それぞれの出来事やその時の思考の共通点を見つけてグループ化するとわかりやすくなります。その際は、仕事のアイデア出しの要領で、ツールを活用すると便利です。例えば、何度も貼ったり剥がしたりできる付せん紙や、マインドマップ作成用のアプリを使うのもおすすめです。また、会社のキャリアデザイン研修などで使用した資料やツールがあれば、活用しても良いでしょう。
キャリアの棚卸しは定期的に行うのも大切
組織での立ち位置や役割の変化、ライフステージの変化、市場の変化など、さまざまな環境の変化に伴い、目指すキャリアは変わるものです。キャリアは経験を積み重ねるほどに長くなり、自律的に構築する領域が広がっていきます。そのため、定期的に棚卸しを行い、その都度これまでの自分はどうであったか、今後はどのようにしていくべきかを見直していくことは大切です。
キャリアの棚卸しは、転職だけでなく、成果を出せるビジネスパーソンとしての習慣づくりにも繋がります。振り返りによって自身の変化や成長を実感でき、仕事での自信やモチベーションにつながることもあります。定期的にキャリアの棚卸しをすることで、自らキャリアアップできる可能性を高めることもできるでしょう。
転職エージェントを利用すると、担当のキャリアアドバイザーがキャリアの棚卸しをサポートしてくれるケースがあります。求職者の経験やスキル、経歴などを客観的に見てアドバイスしてくれるので、転職活動に活かすことができるでしょう。
また、スカウトサービスの場合は求職者の経験・スキルを見て興味を持った企業や転職エージェントからスカウトが届きます。思いもよらない求人のスカウトが届くケースもあり、自身の市場価値を知る良い機会になり得るでしょう。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。
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