「キャリア自律」という言葉が注目されているように、これからの時代のキャリア構築は会社に依存することなく、自身が主体的に行っていく必要性が高まっています。そこでこの記事では、キャリア自律を実践する一つの例として、未経験の業界・職種へ挑戦する「キャリアチェンジ」にフォーカス。キャリアチェンジをすることのメリットやデメリット、実現させる方法などについて、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
キャリアチェンジとは
まずは「キャリアチェンジとは何か」について理解しておきましょう。キャリアチェンジの意味や、キャリアアップとの違いについて解説します。
キャリアチェンジの意味
キャリアチェンジとは、一般的にこれまでの職務経歴の延長線上ではない未経験の領域に移り、新たな経験を積むことを意味します。キャリアチェンジには大きく分けると次の3つのパターンがあります。
- 異なる業界・異なる職種へ移る
- 業界は変えず、異なる職種へ移る
- 職種は変えず、異なる業界へ移る
また、キャリアチェンジの方法には、主に他の企業への転職と、社内の部署異動などがあります。
キャリアアップとの違い
キャリアの変動を表す言葉の一つに「キャリアアップ」があります。キャリアアップとは、一般的にこれまでの職務経験の延長線上で、「より高度な業務を担う」「より高い役職に就く」といった変化を指します。その結果として、年収アップやスキルアップにつながるケースもあります。
キャリアチェンジ転職の実現事例
監修者の経験をもとに転職でキャリアチェンジを実現した事例と、実現の要因となったポイントについていくつかご紹介しましょう。
・飲食業界の営業→外資系IT企業の営業
企業から評価されたポイント:目標達成意欲と高い営業実績・成長意欲
・会計コンサル会社のコンサル(マネジャー)→金融業の経理部長
企業から評価されたポイント:経理・監査の豊富な知見
・アミューズメント企業の社内SE(課長)→IT企業のコンサルタント(マネジャー)
企業から評価されたポイント: ITセキュリティの知見
・戦略コンサル会社のコンサル(マネジャー)→Web制作会社の経営企画(課長)
企業から評価されたポイント: Web・IT領域での豊富なコンサル経験・新規事業支援の経験
・人材系企業の営業部長→IT企業の人事部長
企業から評価されたポイント:人材領域の知見や人材育成力
キャリアチェンジを実現する人は年々増えている
近年、業界・職種を変えてキャリアチェンジをする人は増えていると言われています。 リクルートエージェントが、2022年度の転職決定者の転職パターンを分析した調査(※)を見ると、「異業種×異職種」が39.3%で最多となり、過去10年間で最も高い割合を占めました。
背景としては、IX(インダストリアル・トランスフォーメーション)・CX(コーポレート・トランスフォーメーション)などの変革により、全ての産業で業種や職種が再定義され、その結果、異業種・異職種の人材が積極的に採用されるようになったことがあります。また「人生100年時代」において、個人の意識も「終身雇用」から「終身成長」へと変化し、業界や職種を越えて成長機会を求める人が増えたことも考えられます。
年齢別の転職パターンを見ると、「異業種×異職種」転職の割合は20~24歳で最も高く5割を超えています。一方、25歳以上では「異業種×同職種」が3割を超え、その後は年齢が上がるにつれて同職種への転職割合が高くなっています。年齢が上がるとともに、培った経験やスキルを生かして、職種は変えずに新たな業種へチャレンジする転職者が増えるようです。
(※)出典:株式会社リクルート「転職者分析(2013年度~2022年度)」
キャリアチェンジのメリット
キャリアチェンジをすることで、どのようなメリットを得られるか代表的なものをご紹介します。
新たな経験・スキルを得られる
キャリアチェンジをすると、現職では得られない経験・スキルが得られる可能性が高まります。それにより、今後のキャリアの選択肢も広がるでしょう。将来の予測が困難な現代、転職市場では、異動・出向・転職などを通じて多様な経験を積み、「変化への対応力」を身につけた人が求められるケースが見られます。異業界・異職種へのキャリアチェンジにより、視野と知見の幅を広げることで、自身の市場価値を高められる可能性があります。
キャリアの希少性が高まる
複数の業界や職種の経験を掛け合わせていくことで、「希少性」が高まる可能性があります。
例えば、「A業界で○○職を経験した人」の数よりも、「A業界での○○職とB業界での△△職を経験した人」の数のほうが少ないことは明らかでしょう。掛け合わせる経験・スキルを増やすことで「希少な人材」となり、掛け合わせの経験・スキルを求める企業に出会えた場合は価値を評価され、高待遇で迎えられる可能性があります。
新鮮な気持ちで仕事に取り組める
同じ業界・同じ職種で長く働いていると、仕事に慣れてマンネリ化しがちです。新たな刺激や自身の成長感を得ることができず、モチベーションが下がってしまうこともあるでしょう。
そのような状況に陥っている場合には、キャリアチェンジをすることで、新鮮な気持ちで、モチベーション高く仕事に取り組めるようになるかもしれません。
キャリアチェンジのデメリット
キャリアチェンジには、デメリットもあります。同じ経験を長く積んだ方ほどデメリットを強く感じる傾向があるので、実行に移すときは慎重に考えてからにしましょう。
転職する場合、応募できる求人が限られる
中途採用では、「即戦力となる経験者」を求める求人が多くを占めるため、業界・職種未経験のキャリアチェンジは応募先の選択肢が限られてしまいます。未経験の場合は教育コストなどがかかるため、即戦力採用よりも条件が低くなる傾向があります。特に、キャリアを積んで待遇やポジションが高くなると、条件が下がることに抵抗感が生じることも少なくありません。したがってキャリアを積んだ方ほど、希望にマッチする求人が少なくなり、転職のハードルが高くなる可能性があります。
仕事に慣れるまで負荷がかかる
これまで身につけた知識やスキルを活かせない場合、当然ながら新たな知識・スキルの習得が必要となります。習得には時間を要しますし、仕事の進め方や商慣習を覚えて慣れるまで負荷がかかります。また、前職でのキャリアが長い人ほど、身についた習慣や固定観念にとらわれ、新しい仕事になじむのに苦戦するケースも見られます。
転職する場合、年収が下がる可能性がある
転職してキャリアチェンジをした場合、年収が下がることもあります。前職より給与水準が高い業界や企業に転職した場合は、年収アップとなるケースもありますが、基本的には「経験」が評価されて報酬に反映されるため、未経験の仕事に移った当初は年収ダウンとなることも考えられます。
とはいえ、現職よりも成長している業界や企業、あるいはニーズが高いスキルを身につけられる仕事に転職した場合、長期的には収入アップを果たせる可能性があります。目先の給与額ではなく「生涯年収」の観点でとらえることも一案です。
経験者と比べると、選考を通過できない可能性もある
「未経験者OK」をうたっている求人であっても、当然ながら経験者も応募しているケースがほとんどです。選考では経験者が優先され、選考を通過できないことも考えられるでしょう。未経験であっても、これまでの経験・スキルが活かせる部分を見出してアピールするなど、より綿密な事前準備が必要となります。
キャリアチェンジを実現する方法
キャリアチェンジの方法の例として「現職の企業での異動によって実現するパターン」や「転職して新たな企業で実現するパターン」などが挙げられます。キャリアチェンジを実現させるために何を検討し、何を心がけて行動を起こせばよいかをお伝えします。
経験・スキルを活かせる仕事を探す
未経験の業界・職種に挑戦する場合であっても、これまでの経験・スキルが部分的に活かせることもあります。まずは自身の強みを応用できる仕事を探しましょう。
中途採用において、企業は大きく次の4つの観点で選考を行います。
- テクニカルスキル……専門領域のスキル
- ポータブルスキル……業界・職種問わず持ち運びできるビジネススキル
- スタンス……仕事に向き合う姿勢、考え方、業務における価値観
- ポテンシャル……基礎的な学力・素養・職務遂行能力
キャリアチェンジ転職の場合、「テクニカルスキル」をアピールすることは難しいものです。「ポテンシャル」を重視されるケースもありますが、一般的には社会人経験の短い若手層に限られるでしょう。
したがって、ある程度経験を積んだビジネスパーソンであれば、「ポータブルスキル」を活かすことを意識してください。「課題分析・解決力」「企画提案力」「折衝力」「調整力」など、自身が強みとするポータブルスキルを整理・認識し、それが求められている業種・職種・企業を探しましょう。さらに、「スタンス」がマッチする企業を選ぶことで、受け入れられる可能性が高まります。
異動か転職かを検討する
キャリアチェンジで目指したい職種が明確な場合、転職の前に社内での異動によって希望が叶えられるケースがあります。社内キャリアチェンジをサポートする制度を整える企業も増えているため、まずは異動、そして転職という2つの選択肢から検討してもいいでしょう。
異動の場合
異動によるキャリアチェンジを目指す場合には、次のような方法を検討してみましょう。
・上司や人事に希望を伝える
上司や人事担当者との面談などで、自身のキャリアビジョンやキャリアパスの希望を継続して伝えていきましょう。すぐに異動できなくても、希望部署の空きができた際に声をかけてくれたり、推薦してくれたりする可能性があります。タレントマネジメントシステムなどでデータベース化されることも考えられるので、まずは希望を伝えましょう。
・自分から手を挙げる制度を利用する
社内公募や社内FA制度、社内副業制度、社内キャリア相談制度(人事や外部のキャリアコンサルタント有資格者などが対応するもの)など、社員自身が手を挙げて部署異動を希望できる制度がある場合は、ぜひそれを活用しましょう。
転職の場合
異動ではなく転職を目指す場合は、次のポイントを踏まえて転職活動に臨むといいでしょう。
・条件にこだわりすぎない
転職の希望条件が多すぎるため、合致する求人が見つからず、転職活動が長引くケースはよく見られます。キャリアチェンジであればなおさら、条件にこだわりすぎると転職実現が難しくなる可能性もあります。新たな経験・スキルの獲得を最優先とするなら、給与・勤務地・企業規模などの条件面を緩和し、選択肢を広げることも有効です。
・応募書類作成や面接対策をしっかり行う
業界・職種経験者、未経験者に限らず、応募書類作成や面接準備には力を入れるようにしましょう。
とりわけ未経験者の場合は、まずは希望先の業界・職種について研究し、どのようなポータブルスキルが求められているかを把握します。自身のキャリアの中でそのポータブルスキルを発揮した場面を振り返り、成果とともに伝えられるようにしましょう。
職務経歴書には、自身の経験・スキルが応募企業でどのように活かせるかを記載します。面接では、応募企業に入社した後も「再現」できるスキルについて、具体的な成功体験エピソードを交えて話せるようにしましょう。
・転職理由を明確にする
特にキャリアチェンジの場合、応募企業から「なぜこの業界か」「なぜこの職種か」という転職理由を明確に求められるケースが少なくありません。単なる憧れやイメージだけでは、採用に至ることは難しいでしょう。自身のこれまでの経験・スキルとの接点をもとに、説得力のある転職理由を語れるようにしておくことが大切です。
キャリアチェンジに迷ったらプロに相談を
キャリアチェンジを図りたくても、異業界・異職種の知識がなければ、自身の経験・スキルを活かせる転職先を選ぶことができない可能性もあります。そこでおすすめなのは、転職エージェントの担当者に相談することです。キャリアチェンジ転職の実現事例なども踏まえて、どのような業界・職種への転職可能性があるのか、情報提供やアドバイスを受けることができます。それにより、自身が想像していなかったチャンスに気づけることもあります。
キャリアの棚卸しをして、キャリアチェンジ転職で活かせるポータブルスキルや強みを洗い出す作業も、自分一人ではうまく進まないこともあります。そのようなときも、ぜひプロのサポートを活用するといいでしょう。
組織人事コンサルティングSeguros 代表コンサルタント 粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。
記事掲載日 :
記事更新日 :