「より規模の大きな企業で力をつけたい」「培ってきたスキルを発揮したい」など、中小・中堅企業から、大手企業への転職を検討している方もいらっしゃると思います。大手企業への転職を実現させるためのポイントについて、組織人事コンサルティングSeguros、代表コンサルタントの粟野友樹氏が解説します。
目次
「大手企業」とは?「大企業」とどう違う?
「大手企業」とは、法律上定められた定義はなく、明文化されたものもありません。会社法によると、最終事業年度の貸借対照表で「資本金として計上した額が5億円以上」もしくは「負債として計上した額の合計額が200億円以上」のいずれかの要件を充たす株式会社は「大会社」と定義されています。一般的にいわれる「大企業」は、これに近い概念です。
一般的には、資本金や従業員数など企業規模の大小にかかわらず、業界内でシェアや売り上げ、知名度などが上位に入る企業は「大手企業」として認知される傾向にあります。
中小企業庁が発表している「中小企業・小規模事業者の数」のデータ(※1)によると、2021年6月時点で日本の国内総企業数の99.7%は中小企業が占めており、会社法の定義を満たす大企業数はわずか0.3%と非常に少ないことが分かります。
(※1)出典:中小企業庁ホームページ(https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/chu_kigyocnt/2023/231213chukigyocnt.html )
大手企業の中途採用動向~企業規模が大きいほど採用意欲が旺盛~
リクルートワークス研究所(株式会社リクルート)が発表した「中途採用実態調査」(※2)によると、2024年度通期の中途採用(正規社員)の見通しについて、「増える」と答えた企業(22.4%)が「減る」と答えた企業(4.0%)を大きく上回り、「増える-減る」のポイント差は+18.4%となっています。
従業員規模別に見ても、すべての従業員規模で「増える」が「減る」を上回っており、採用意欲の高さが感じられます。
なお、従業員規模が大きいほど「増える」が「減る」を大きく上回っており、1000人未満企業では+16.4%ポイントであるのに対し、1000人以上の企業では+24.5%ポイントとなっています。中でも、5000人以上の企業では+30.9%ポイントとなっており、大手企業ほど採用意欲が高い状態にあることがわかります。
(※2)出典:リクルートワークス研究所「中途採用実態調査」(https://www.works-i.com/research/works-report/item/240118_midcareer.pdf)
大手企業に向いていると思われる人の傾向、スキル・経験とは?
まず、考え方や志向の面で大手企業に向いている人の特徴として、大きく次の3つが挙げられます。
- 大手企業の経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報・ブランド力など)を活用して、より大きなビジネスインパクトを持つ仕事をしたいという考えを持っている。
- 体系的・段階的に仕事ができる環境に身を置いて、着実に仕事を覚えていきたい、成長していきたいという意思を持っている。
- 多種多様な人材がいる環境で切磋琢磨していきたいと思っている。
一方識者が支援した事例を見ると、スキルや経験の面で大手企業が中途採用の人材に、「自社にいない/少ない人材」を求める傾向にあります。
具体的には、 次の2つスキル・経験がある人などが期待される人材と言えるでしょう。
特定領域の専門性を持っている
大手企業が中途採用を行う目的として多いのは、「その企業の課題を解決できる」あるいは「新たな領域への挑戦を担える人材」を求めているケースです。
例えば、デジタル技術を活用した事業を強化したい、海外の未進出の地域に進出したい、M&Aを強化したいなど、各企業の課題に応えられる知識やスキル、経験を持っている人が評価されているようです。
なお、事業環境が目まぐるしく変化する中、大手企業の中でも「変革しなければ」と危機感を持つ企業は少なくありません。自社の課題解決につながる専門性に加え、一から変革する力や挑戦心といったベンチャーマインドを持っている人が求められる傾向にあるようです。
ある程度の専門性を持ちながら、他分野も含めた幅広い経験をしている
例えば中小・中堅企業に在籍していると、営業をしながらマーケティング業務にも携わる、人事と経営企画を兼務する、営業担当として新規事業の立ち上げに携わるなど、専門性を1つ以上持ちながら、ほかの業務も経験している人も多いでしょう。
大手企業では、特定領域の特定業務に長く携っている社員が少なくないため、いわゆる「T型人材」(特定領域の専門知識を軸にその他の分野でも豊富な知見を持つ人材)や「π型人材」(異なる複数の専門領域を極めた人材)のようなスキル・経験のある人は、管理職候補や経営幹部候補としても期待される傾向にあります。
大手企業に転職するメリット・デメリット
中小・中堅企業から大手企業に転職する際には、事業規模や従業員数、働く環境、組織風土などの違いにより、メリットに感じる点とデメリットに感じる点が出てきます。代表的なメリット・デメリットをご紹介しますので、大手企業が自分の志向に合っているかどうか、改めて検討してみましょう。
大手企業に転職するメリット
大手企業では、生産性を高め効率的に事業拡大するため、事業を分業化しているケースが大半です。したがって、社員一人ひとりの担当業務が明確化されているため、専門性は高まる傾向にあります。その道のスペシャリストも目指すこともできるでしょう。
また、人事制度が整備されていて教育研修、キャリア支援体制などが整っており、スキルアップやキャリア構築を計画的に行いやすいという側面もあります。
教育・研修制度や福利厚生が整っている点も大手企業の特徴です。社員数が多いことから、育休や介護休暇などの前例が豊富であり、多様な働き方に対応している企業が多い傾向にあります。
そして、資金力の高さや経営基盤の広さなどを背景に、より大規模な仕事に携れるチャンスがある点は、ビジネスパーソンにとって大きなメリットです。自身の介在価値を感じられるような、社会的インパクトのある仕事に関われるチャンスも多いでしょう。ビジネス基盤がある程度安定しているため、中長期的な戦略などに基づいて仕事がしやすく、キャリアの構築もしやすいと思われます。
大手企業に転職するデメリット
分業化が進んでいるということは、担当業務の幅が狭く、裁量権の範囲も狭いということ。仕事の全体像が見えにくいうえ、組織との一体感も持ちづらい傾向にあります。
また、組織が大きく、分業化により多くの事業部に分かれているため、部署をまたいでの連携が取りにくく、風通しの悪さや意思決定スピードの遅さなどを感じる場面は多いかもしれません。
そして、従業員数も組織階層も多いため、社内競争は激しくなる傾向にあり、昇進昇格に時間がかかる可能性があります。国内外に多くの拠点を持つ企業の場合は、希望しない異動や転勤もあり得るかもしれません。
大手企業への転職を実現させる4つのポイント
大手企業への転職を実現させるには、次の4点に留意して転職活動を進めることをおすすめします。
長期的な視点で転職活動をとらえ、幅広い情報源から情報収集する
大手企業では新卒採用の比重も依然として大きく、中途採用の募集人数はそう多くないケースもあります。希望する職種の募集が出るタイミングも企業によって異なりますし、人気業界の場合は応募が集中することもあるでしょう。また、求人情報を特定の転職エージェントのみが扱っている場合もあります。
したがって、焦って短期間で決めようとせず、長い目で、複数の転職エージェントやスカウトサービス、SNS、リファラル採用など、幅広いチャネルから情報を集めながら自分の力を発揮できる企業を探すことをお勧めします。
企業の募集背景を深く理解する
大手企業が中途採用を行う際は、企業側に何かしらの課題があり、それを解決できる人材を外部から得たいという目的があります。
また、採用選考においては、「自社の社員が持っていない経験や視点を持っているか?」などの観点で見られることが多いのも特徴です。
したがって、「なぜその求人が出されているのか?」「その企業の事業や組織にどのような課題があって、どう解決したいのか?」といった企業の募集背景を深く理解し、自分がそれに応えられる人材であることを選考過程で訴求することが重要です。
転職した先の仕事を通して実現したいことまで考える
大手企業を目指す動機が「大手だから」「知名度があるから」「年収が上がるから」「安定していそうだから」などであっても、面接などでそのまま伝えるのは避けたほうが良いでしょう。
「転職した先で自分は何ができるのか?」「何を実現したいのか?」など、転職で成し遂げたいことを明確にしたうえで、その会社である理由とともに伝えましょう。
組織風土や仕事の進め方の違いを理解する
大手企業には、事業範囲の広さ、経営基盤の盤石性などといった魅力がある一方で、中小・中堅企業と比較すると「ステークホルダーが多く、調整・根回しなどに時間がかかり、やりたいことが実現するスピードが遅い」「組織風土が保守的」などの傾向があります。
ギャップを感じそうな面についても理解し、本当にイキイキ働けそうかどうかじっくり考えたうえで転職活動に臨みましょう。
大手企業に「転職できた事例」「できなかった事例」を紹介
大手企業に転職できた人・できなかった人の事例を、識者の経験をもとにご紹介します。それぞれの要因も解説しますので、今後の転職活動の参考になると思います。
転職できた事例:「自分の経験を求めている大手企業を探した」
従業員数数十名規模のIT企業で人事を担当していたAさん(30代半ば)。入社以来ずっと人材採用業務に携わっており、仕事内容に変化がないこと、自分の成長が感じられないことに徐々に焦りを覚えるようになっていました。
転職を決意したAさんが注目したのは、大手ネット系企業B社。事業成長のための課題解決を人事の側面から担う「HRビジネスパートナー」(HRBP)の募集でした。人材採用のみならず研修、人事制度設計など幅広く携ることになるため、人事としてステップアップできると考えたのです。
AさんがB社にアピールしたのは、採用関連業務全般を上流から下流まで1人で担当してきた点。その豊富な経験とスキルが、採用をメインに戦略づくりから任せられる人材を求めていたB社の意図と合致し、転職が決まりました。
Aさんは現在、新規事業部門でのHRBPを担当。役職も年収も上がり、イキイキと働いています。
【ポイント】:採用緊急度の高い募集に注目し、求める人材像に沿ってアピールした
Aさんは、採用業務ばかりを任されることに不安感を覚えていましたが、結果的に新卒・中途・アルバイト・パート・派遣など、あらゆる立場の人材採用を川上から川下までほぼ1人で担当していました。そのため、経営層との距離も近く、常に経営視点で採用戦略や採用人材のペルソナを考え、応募者一人ひとりに向き合っていました。
そしてB社では、新規事業におけるHRBPの採用が急務でした。新しい事業を軌道に乗せるには、何より人の力が重要です。事業の先行きを読みながら、人事の課題に臨機応変に対応できる経験豊富な人が求められていました。
AさんはB社の求める人材像を読み込み、採用業務を一人ですべて担当してきたことを中心にアピール。新規事業だけに社内のリソースも少なく、ハイクラス人材を始めとする即戦力採用が急務だったこともあり、採用を一貫して手掛けてきたAさんのアピールが高く評価されました。
転職できなかった事例:「大手企業に入ることだけが転職動機だった」
中小会計コンサルティング会社で、コンサルタントとして働いてきたCさん(30代後半)。従業員数50名程度という小規模の会社で、業績に安定感がなく、年収もなかなか上がらない点に不満を抱いていました。そこで、安定している大手事業会社に転職して、高い年収と社会的な認知を得たいと考え、転職活動を始めました。
ただ、志望度の高い企業はことごとく不採用に。コンサルタントとしての経験は豊富でしたが、マネジメント経験が不足している点と携わった案件がいずれも小さい点が懸念点になりました。また、他者との協業よりも自己主張が強い傾向にあり、自社の中でチームワークを持って働けないのではないか、論理的に周囲を説得したりリーダーシップを持って巻き込んだりするのは難しいのではないかと判断されてしまいました。
結果的に「大手に移りたい」との思いばかりで「なぜこの会社なのか」が伝わらなかった点も、マイナスポイントになったとのことです。
【ポイント】:「この会社に入社したい」という説得力がなかった
Cさんは「大手企業に転職したい」という思いばかりが先行してしまい、企業研究や求める人材像を深掘りできていませんでした。そのため、「なぜこの会社を志望するのか」が明確に伝えられず、企業の不安感が強まってしまいました。「知名度の高い大手企業で働くこと」だけが転職の目的になっていたことが、転職できなかった大きな要因と言えるでしょう。
「入社後、何を目標とし、どのようにスキルアップしていきたいのか」など、転職先で実現したいことについて具体的なイメージがあれば、自分の希望にマッチする企業を探しやすくなり、志望理由に対する企業の納得度も高まったはずです。
社会人経験が長くなると、マネジメント経験もしくはリーダー経験が求められることもあります。たとえ役職経験はなくても、チームを取りまとめた経験や新人・後輩を育成した経験などはアピールポイントになり得ますので、自身のキャリアを振り返り棚卸しすることが大切です。
もちろん、マネジメント経験がなくても豊富な経験と専門スキルがあれば、スペシャリストとして評価されるケースもあるので、企業の募集内容に沿ってアピール方法を考えましょう。
粟野 友樹(あわの ともき)氏
約500名の転職成功を実現してきたキャリアアドバイザー経験と、複数企業での採用人事経験をもとに、個人の転職支援や企業の採用支援コンサルティングを行っている。
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