新型コロナウイルス感染症の拡大に備える改正特別措置法に基づいた初の緊急事態宣言から2年半以上が経過し、転職市場はどのように変化しているのでしょうか。株式会社リクルートの人材領域の最前線で採用/転職支援を行う担当者から、15の業界について、順に解説します。
1.2023年 転職市場の展望
2023年も引き続き、転職市場は活況を呈し、景況感の変化はあっても人材獲得競争の過熱は続きます。働く個人の希望は多様化が不可逆で、採用ターゲットの明確化と体制の深化が人材獲得のカギです。
全体の解説と、業界ごとのポイントをご紹介します。
過去最高水準の求人数。来年度もこの傾向は続く
『リクルートエージェント』の求人数は、全ての職種でコロナ禍前の水準を超え過去最高値を更新しています。『リクルートエージェント』利用企業に聞いた「2022年度上半期 中途採用動向調査」(22年7月〜9月調査)では、実に81.0%の企業が中途採用計画に対して未充足となっており、景況感の見通しを加味しても、人材不足の様相は変わりません。
採用職種や採用ターゲットが多様化している傾向もあります。今までにない職種を採用する際には、企業は、「人事―現場―経営」の三位一体の採用体制や入社後活躍のための環境を、これまで以上に整備できるかが、人材求心力に影響します。採用要件も事業戦略に紐づけて明確にするなど、一段とターゲティングも重要になります。
また、人材獲得競争が熾烈になっていく中、報酬体系を変える動きも出てきました。本当に採用しなくてはならないポジションを中心に、外部労働市場の視点を加味した条件提示をする企業も増えてきています。「2022年度上半期 中途採用動向調査」でも、人材獲得の工夫のため「中途入社者の賃金・処遇に外部労働市場の市場価値の観点を加えた」という企業は14.9%でした。全ての企業でできていることではないからこそ、差がつくポイントになるかもしれません。「2022年7-9月期 転職時の賃金変動状況」では、「前職と比べ賃金が1割以上増加した転職決定者数の割合」は33.4%となり過去最高値を更新しています(2020年同期差:+6.8pt、前年同期差:+2.9pt)。外部労働市場を意識しなければ、じわじわと社内人材のリテンションにも影響するようになるでしょう。
争奪戦を制する企業の特徴は、変化と深化
先に述べたように、引き続き中途採用は難しい状況が続く見通しですが、採用が比較的順調な企業は総じて、人材争奪戦の状況を経営―現場レベルに至るまで全社で認識し、採用プロセスや受け入れ体制を「深化」させています。実際、社内体制の再構築に取り掛かり、多忙で多様な求職者(ひいては社員)に寄り添うことができている企業は、人材求心力で明らかにリードしています。景気が厳しくなれば、全社一気通貫の採用体制や社内体制をトライ&エラー&ラーンする機会は少なくなっていきます。目の前の応募数だけではなく、採用のリードタイムや入社後活躍までをにらみ、そもそもの採用体制、人事制度、オンボーディング、評価制度などHRM全体を深化させていくことが必要です。
働き方の多様化は不可逆。個人に選択肢を
働く場所・時間の制約をできるだけ受けたくないという声は、今やほとんどの求職者から聞かれる状況です。また、求人が選べる状況の個人であるほど、働き方が希望に沿わなければ応募には至りません。
コロナ禍の変遷を見つめる企業の中には、「この危機はいつ終わるのか」「リモートワークはいつ終わるのか」という会話があふれているかもしれません。しかし、これは問いの立て方が間違っているかもしれないのです。我々が問うべきは「この危機で、いかにコロナ前より深化できるのか」ではないでしょうか。コロナ禍で自らのキャリアを見つめ直した働く個人は、すでに生き方や働き方を深化させています。企業も、変化に強い採用戦略や採用プロセス・体制の深化が求められています。
国の動きとしても、副業やリスキリング、個人のキャリア形成に関する施策は今後加速していきます。企業も採用の先にある個人の才能開花に向けて、HRMをどれだけ深化できるかが、この危機から問われています。
2.【業界別】15業界の転職市場動向
IT通信
IT通信業界の転職市場動向のポイント
濃淡はあるが、全体としては引き続き活況。エンジニア不足は顕著。ビジネス職種の求人増。
未経験でIT業界を目指す方が増加。経験者は、求人が多いからこそ応募先の見極めを。
コンサルティング
【2023年】コンサルティング業界の転職市場は今後どうなる?
コンサルティング業界の転職市場動向のポイント
業界全体で見ると採用意欲は引き続き高い。案件の多様化に伴い求人も増加。
未経験からコンサルタントを目指す方が増加。働き方はより柔軟に。
インターネット
インターネット業界の転職市場動向のポイント
営業職を中心に引き続き求人は活況。採用上のコミュニケーション設計が重要に。
求職者は引き続き柔軟な働き方や制度を求める。
自動車
自動車業界の転職市場動向のポイント
採用は活況。来期の量産に備え、採用ターゲットを広げての積極採用も。
求職者は働き方の柔軟性を重視し、所属企業の対応次第で転職に踏み切る方も。
総合電機・電気・半導体・電子部品
【2023年】総合電機・電気・半導体・電子部品の転職市場は今後どうなる?
総合電機・電気・半導体・電子部品の転職市場動向のポイント
企業によって状況は異なるが総じて活況。大量採用のための採用体制の再構築が急務。
求職者は勤務地をはじめとした働く場所や時間の柔軟性を求める。
環境・エネルギー(グリーン)/サステナビリティ
【2023年】環境・エネルギー(グリーン)/サステナビリティの転職市場は今後どうなる?
環境・エネルギー(グリーン)/サステナビリティの転職市場動向のポイント
社会の関心は高まり続け採用も過熱。セクターを越えた転職も求められる。
求職者の関心は高い一方で、ターゲットは少なく経営視点も求められている。
化学
化学業界の転職市場動向のポイント
採用は引き続き活況。女性管理職の採用ニーズも広がり始める。
求職者はベンチャーに関心を持つ方が以前よりも増えている傾向にある。
医療・医薬・バイオ
【2023年】医療・医薬・バイオ業界の転職市場は今後どうなる?
医療・医薬・バイオ業界の転職市場動向のポイント
採用が落ち着いたポジションもあるが、総じて求人は多い。
求職者は営業経験者が増え、異業界へのチャレンジには医療業界の知識+αが必要に。
建設・不動産
建設・不動産業界の転職市場動向のポイント
グリーン関連の求人が増加。求人は多い状況。労働環境懸念での人材流出は止まらず。
求職者は、DXやグリーン関連に関心。慎重になりつつも働き方懸念での転職活動は増加。
銀行・証券
銀行・証券業界の転職市場動向のポイント
銀行・証券ともに採用は活発。人事制度も整いつつあり積極採用が続く見通し。
求職者は同業他社への転職でも環境を変えられる状況に。
生保・損保
生保・損保業界の転職市場動向のポイント
DX関連ポジションを中心に採用職種は幅広い。リテンションに課題。(生保)
ビジネス範囲の広がりに応じて求人も多様化。(損保)
消費財・総合商社
消費財・総合商社の転職市場動向のポイント
来期以降を見据えて採用が回復傾向に。営業職のニーズが高まっている。(消費財)
ビジネスの多角化により、多様な領域・職種で新規求人が増加。(総合商社)
人材・教育
人材・教育業界の転職市場動向のポイント
人材・教育ともに採用は引き続き活況。
求職者に対しては、他業界にはない魅力をしっかり訴求することが重要。
外食・店舗型サービス
【2023年】外食・店舗型サービスの転職市場は今後どうなる?
外食・店舗型サービスの転職市場動向のポイント
採用は活況。多様な職種で求人が増えている。
DXへの取り組みや働き方の改善など、社員が働き続けられる環境づくりが重要。
ベンチャー領域
ベンチャー領域の転職市場動向のポイント
マーケティング職のニーズが増加。拡大を見据えた企業は自社を客観視できるかがカギ。
求職者はキャリアを長く捉え始めており、戦略的にスキルを身に付けている方が活躍。
3.関連動画『【マクロトレンド編】転職市場 最新トレンド』を見る
本記事に関連する内容として、YouTube番組『リクルートダイレクトスカウト ビジネストレンドビュー』で、マクロな視点から転職市場のトレンドを前編・後編にわけて解説しています。ぜひ参考にしてみてください。
【マクロトレンド前編】転職市場 最新トレンド|リクルートダイレクトスカウト ビジネストレンドビュー
【マクロトレンド後編】転職市場 最新トレンド|リクルートダイレクトスカウト ビジネストレンドビュー
藤井 薫
1988年リクルート⼊社。TECH B-ing編集⻑、Tech総研編集⻑、アントレ編集⻑を歴任。リクルート経営コンピタンス研究所。変わる労働市場、変わる個⼈と企業の関係、変わる個⼈のキャリアについて、多様なテーマ(AI全盛時代の採⽤戦略、多中⼼時代のHRM、アントレプレナー・パラレルキャリアの⽣き⽅など)をメディアで発信中。著書『働く喜び未来のかたち』(⾔視舎)。
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