『リクルートエージェント』の転職データと各業界に精通したコンサルタントの知見を基に、主要業界の求人・求職者の動きをレポートします。新型コロナウイルス感染症の5類移行を受けてさまざまな需要が回復する中、転職市場はどう変化しているのでしょうか。全17業界の最新状況を紹介します。
1.2023年度の転職市場の動向
まずは、2023年度の全体の解説です。
業界全体のポイント
求人動向はまだら模様。DX、GX、SX、HRXなどの変革推進の人材に需要。
「経営の本気度」が問われる。働く個人は二つの「ライフフィット」を重視。
産業構造の変革へ、求人数が過去最高の業界も
企業の採用動向は「快晴」と「曇り」が入り交じっています。自動車業界(ここでの対象は完成車メーカー・自動車部品サプライヤー)の一部企業では、数百~1,000人に近い規模の採用計画、建設業界で過去最高の求人数など、業界によっては採用活動のアクセルは全開です。
一方、米国のリセッションへの懸念などから、本当に必要な人材のみに採用を絞る動きも見られます。いずれの場合も「DX」推進を担う人材採用の手は緩めていません。IT人材の獲得競争は激化しており、とはいえ未経験・微経験者よりも、経験者採用をより強化する傾向も見てとることができます。積極採用の背景にあるのは、「IX(インダストリアルトランスフォーメーション)」です。製造業がものづくりだけでなく「サービス」を強化するなど、産業構造そのものの変革を進めるにあたり、それを推進する人材が必要とされています。これは全産業の共通課題でもあります。変革の中心にあるのがDX。直近では、ChatGPTに注目が集まっていますが、このような生成系AIのテクノロジーをいかにして競争力の向上につなげるかが模索されています。一部産業からは生成系AIを扱う「プロンプトエンジニア」の求人が出てきました。この採用の動きはこれから全産業へ広がっていくことが予想されます。DXに続くのは、脱炭素と経済成長の両立を目指す「GX(グリーントランスフォーメーション)」、企業の経営方針・戦略を持続可能なものにしていく「SX(サステナビリティトランスフォーメーション)」が挙げられます。
これらに関わる人材の採用も活発化していくことでしょう。そこで人材を獲得できるかどうかは、「経営の本気度」にかかっています。宣言するだけでなく、実際に資源を投じて本気で取り組むのかどうか、市場だけでなく求職者もシビアに見極めようとする傾向があるでしょう。
働く個人が転職先に求めるのは「ABW」
働く個人に目を向けると、コロナ禍以降、働き方・生き方を見つめ直す人が増加しています。転職活動では二つの「ライフフィット」の観点で企業を選ぶ傾向が見られます。「ライフスタイルフィット」と、長期視点での人生設計に基づく「ライフデザインフィット」の2つを重視する人が増え、柔軟な働き方の仕組みが求められていますが、企業はリモートワーク制度を用意しただけで安心してはいられません。その時々の仕事の内容に合わせて場所・時間の両方を選べる働き方「ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)」の観点を持ち、個人のニーズに応えていかなければ、人材獲得競争で優位に立つことは難しくなるでしょう。
また、「教育研修の充実」「正当な評価・報酬」なども、企業を選ぶ際により重視されるようになっています。「人的資本経営」の実現に、人事体制整備が必須近年、多くの企業が「人的資本経営」への取り組みを始めています。これを実現するには「HRX(ヒューマンリソーストランスフォーメーション)」も必要です。ジェンダーギャップを解消する採用や人事制度、リスキリング、エンゲージメント向上など、人的資本にまつわる課題は多岐にわたります。それに対し、人事体制が脆弱な企業は少なくありません。中長期で人材を獲得していくためには、多様化した個人の志向に対応し、働く場所としての「魅力」を高めていかなければならないでしょう。経営戦略と人事戦略をつなぎ、人事担当者が裁量権・意思決定権を持って人材施策を遂行していける体制を整えていくことが重要課題と言えます。
2.【業界別】17業界の転職市場動向
続いて、17業界の転職市場動向のポイントを紹介します。詳細は、各記事のリンクを参照ください。
IT・通信
【2023年度上半期】IT通信業界の転職市場は今後どうなる?
IT通信業界の転職市場動向のポイント
求人抑制の動きもあるが、即戦力のニーズは引き続き高い。「生成系AI」の求人も発生。
働き方の柔軟性は前提条件。その上で「賃金」「労働条件」を重視して企業を選ぶ傾向。
コンサルティング
【2023年度上半期】コンサルティング業界の転職市場は今後どうなる?
コンサルティング業界の転職市場動向のポイント
「生成系AI」「SaaS」「クロスインダストリー」などのキーワードで採用ニーズが上昇。
業界内では中堅・ベンチャーへの転職が増加。異業界出身者は「キャリア形成」を求める。
Web・インターネット
【2023年度上半期】Web・インターネット業界の転職市場は今後どうなる?
Web・インターネット業界の転職市場動向のポイント
経験者・即戦力採用に意欲的。IT・ネット専門職は他業界を意識した採用力の磨き込みが必要。
求職者はネット業界内だけでなく、他業界の事業会社も視野に転職を検討する傾向。
自動車
自動車業界の転職市場動向のポイント
「電動化」「コネクテッド領域の進化」を背景に、求人数の増加幅が拡大。
自身の手がけた製品が世界へ広がることに魅力を感じ、多様な異業界からの転職も。
総合電機・半導体・電子部品
【2023年度上半期】総合電機・半導体・電子部品業界の転職市場は今後どうなる?
総合電機・半導体・電子部品業界の転職市場動向のポイント
半導体業界は再編や工場新設に伴い採用が活発。総合電機はIT事業で人材を強化。
求職者には、幅広い業界から半導体業界へ転職するチャンスが広がる。
建設・不動産
【2023年度上半期】建設・不動産業界の転職市場は今後どうなる?
建設・不動産業界の転職市場動向のポイント
建設・不動産ともに、事業の多角化にあたり、異業界人材の迎え入れも。
求職者は「柔軟な働き方」を求める傾向。企業は「ABW」への取り組みが課題。
銀行・証券
銀行・証券の転職市場動向のポイント
銀行は活況、証券は変わらず堅調に推移。銀行の新規事業などでは異業界出身者も歓迎。
制度・環境変革が進み、離職防止につながるケースも。銀行では幅広い業界から流入。
環境・エネルギー(グリーン)/サステナビリティ
【2023年度上半期】環境・エネルギー(グリーン)/サステナビリティの転職市場は今後どうなる?
環境・エネルギー(グリーン)/サステナビリティの転職市場動向のポイント
新たな市場の創出に向け、これまでにない求人が続々。求める人材要件の言語化が課題。
求職者は社会への貢献実感を求め、求人企業の「経営の本気度」に注目。
スタートアップ・ベンチャー
【2023年度上半期】スタートアップ・ベンチャーの転職市場は今後どうなる?
スタートアップ・ベンチャーの転職市場動向のポイント
宇宙ビジネス・ロボティクス・生成系AI・メタバースなど成長領域の求人が続々。
求職者は、成長やスピードを求めて大手からスタートアップへ。自由な働き方にも期待。
生保・損保
生保・損保の転職市場動向のポイント
生保ではDX関連・代理店営業、損保では「総合職」の求人が増加。
いずれも異業界出身者の受け入れに積極的。同業界内で職種チェンジのチャンスも。
消費財・総合商社
【2023年度上半期】消費財・総合商社の転職市場は今後どうなる?
消費財・総合商社の転職市場動向のポイント
消費財メーカーで営業・マーケ・購買の求人が増加。商社では通年採用を導入する動きも。
求職者側は、これまでは採用要件に満たなかった人にもチャンスが広がる。
外食
外食業界の転職市場動向のポイント
業績回復で、店舗運営人材の採用が活発化。「商品開発」「海外店舗開発」の求人も。
求職者側は、勤務地の選択や短時間勤務など働き方の制度が充実している企業を好む傾向。
小売
小売業界の転職市場動向のポイント
「海外出店の強化」「OMO」「PB展開」などを背景に、企画・推進人材のニーズが高い。
コンサル・総合商社・メーカー等異業界からの転職者も。「リモートワーク」も選択基準。
医療・医薬・バイオ
【2023年度上半期】医療・医薬・バイオ業界の転職市場は今後どうなる?
医療・医薬・バイオ業界の転職市場動向のポイント
「創薬」から「育薬」への戦略転換でMSLのニーズが増加。ヘルステック企業も活発。
求職者は将来のキャリアを考え、異業界を目指す。CROはリモートワークで働きやすく。
化学
化学業界の転職市場動向のポイント
全体の求人はやや減少。「新規事業」「サステナビリティ」「環境」などの採用は継続。
求職者は、自身の専門分野に注力する企業、ライフスタイルに合う企業を求める。
人材
人材業界の転職市場動向のポイント
人材紹介・人材派遣ともに新規事業を拡大。「営業」「無期雇用派遣スタッフ」を採用。
求職者は「成長」を求める一方で、「ワークライフバランス」も重視。
教育
教育業界の転職市場動向のポイント
教室長の採用は堅調。マーケティング・Web・映像関連の人材ニーズも増加傾向。
異業界出身者は「教育理念」で企業を選択。ただし「働き方」への懸念は根強い。
HR統括編集⻑ 藤井 薫
988年リクルート⼊社。TECH B-ing編集⻑、Tech総研編集⻑、『アントレ』編集⻑を歴任。2008年からリクルート経営コンピタンス研究所、14年からリクルートワークス研究所兼務。変わる労働市場、変わる個⼈と企業の関係、変わる個⼈のキャリアについて、多様なテーマ(AI全盛時代の採⽤戦略、多中⼼時代のHRM、アントレプレナー・パラレルキャリアの⽣き⽅など)をメディアで発信中。近著『働く喜び未来のかたち』(⾔視舎)。